04 シークレット・ドクトリン
思い思いの格好で車座になっていた四人が一斉に向き直った。
宇宙人はラフな格好で都内を散策し、そのついでに寄ってみたという感じだ。
手に武器はない。
ちゃんとした汚れてない衣服を着こなしてピカピカな靴を履き、外見に異様なところはない。
顔や体格は蓬莱山に侵入してきた人物とはまったくの別人だが、ホウライは外見で物事を判断しない。
新しい顔については現代風ではないが、かなりの美形だった。エルフ顔というかなんというか。雰囲気のせいか男か女か判断しずらい。
この顔のせいで後に一騒動起こるが、それは別の話。
誠一郎が一歩進む。
「古式一刀流、結城誠一郎。」
抜刀。そして両腕をだらりと下げる構え。伝えるべきことは伝えた。あとは死ぬのみ。
生きる、死ぬ、殺す。これが誠一郎の人生哲学だった。一人でも人を殺せば自分の人生が終わる社会で、ひたすら刃を研いでいた。
対する宇宙人は名乗らずスルー。ホウライしか眼中にないといった風情だし実際そのとおりだ。
「『ガイジやん』嫌だって言っても『マジヤバイ』行くんだよ宇宙の中心へ。」
宇宙人の口調は蓬莱山の時と全く異なっていた。複数の声が混じっている。男、女、大人、子供。
「あのね、わかる?『マジヤバ』ワガママなんだよ。無駄。『ガガイのガ』なにいってんの?ガキかよ。『バズるんですけど』はっず!おまえはっず!『イノベーションした』クソガイジやん!誰がこの場のマウントとってるのかわかる?『ウケるんですけど~』僕だよ。僕『ボク』僕……」
「何だあいつ。三、四人混ざってるのか?」
怪訝そうな隼人。
「ネットのつぶやきや掲示板みたいな事を言ってますね。一番目に付きやすい人類の蔵書を読み取ってきたんでしょうか。知識と語彙を吸収するにしてももっとマシなのにしてほしいですね。シェイクスピア原書とかおすすめですよ。かのエイブラハム・リンカーンも最初はただの田舎青年でしたが、シェイクスピアを読んでからはウィットに富む言い回しで人々を魅了する話術を手に入れたといいます。」
剛剣がインテリさを見せる。
「……敵のペースに乗せられないで。あと、あと宇宙人? 呼吸とまばたきくらいしよう。」
言われて宇宙人は意外そうな表情を作った。そして呼吸のフリを開始した。擬態が雑だ。表情だけで人間のフリをやってる。
「擬態は完璧じゃなかったの?」
誠一郎がホウライに尋ねる。
「以前に出会った面影すらない。数人喰ってきたと見える。」
「もう恐竜や原人や『ヴァジリスクタイム!』アトランティス人も行ってるんだよ。『あ~ね』不老不死まで進化したら例外ないの。『パネエ』」
誠一郎は日本刀の刃で光を反射させ、宇宙人の瞳を射た。
しかし、宇宙人は無反応。
「歩く姿勢からみて骨なし。呼吸してなかったから肺なし。だから心臓も血もなし。光に目玉が反応しないから眼球も擬態。」
誠一郎が宇宙人を観察した結果を話す。
「どうやって外の物事を判断しているのかな。」
「おそらく全身に感覚器官があるのと、上空の環から地上を空撮して情報を得ているのでしょう。90年台の人工衛星ですら車のナンバーを読み取る事ができました。宇宙人の目がそれより悪いとは考えにくい。」
剛剣が考察する。
誰も油断しない。
「太陽僕が作ったんやん!『マジ卍』ガス集めて火付けたった。『やばたにえん』地球も一緒にコネまくってさ。『まじパリピでウェイ』それも序の口だからほめて?『すごやば』ほらほめて?崇めるべき。尊い。まじとうとみ。」
スパッ
宇宙人の首が裂けた。
「首を三寸(九センチ)切っても死なないか。」
一瞬。
予備動作なしの踏み込みで宇宙人に駆け寄り刃の先端を滑らせ、最短距離の切り上げで頸動脈を掻っ切った……が、切り口から血もでず外皮の肌色とおなじ肉があるだけだった。
気配なき斬撃。
『無拍子』。
「よっ。」
誠一郎が瞬間移動したかのように居場所を変える。
衝撃でアスファルトにヒビがはいる。
両足の靴の裏から薄い煙が発生する。
猛烈な踏み込みと急停止による摩擦で革靴の裏面が灼けたのだ。
攻撃はすでに終了している。
宇宙人の顔面が十字に切り裂かれ、数秒遅れて衝撃で仰け反った。
縦方向の唐竹割り。
横方向の真一文字。
ふたつの剣撃はほぼ同時に宇宙人の頭部に着弾して爆ぜた。
二百分の一秒差の十字斬撃。
古式一刀流奥義「忽」の剣である。
「見えましたか?」
剛剣がホウライに問う。
ホウライは首を横に振った。
高校生の斬撃は、仙人にすら見切ることできなかった。
「結構、奥義なんだけどね。開祖も歴代も対人戦しかやってないから、化物相手は組み立ててある技が通じにくくて本当に困る。」
首筋から上を裂かれた宇宙人は棒立ちだった。
倒れない。
切断されない。
死んでいない。 殺せてない。
生きている。
人類未踏の対戦相手への初撃は不発に終わった。
誠一郎は予想内という雰囲気。 まさか化物と戦い慣れているとでもいうのか。
宇宙人が口を動かして言葉を紡ぐ。
顔面十字傷、いっさいお構いなしだ。
「肉体の進化が完成したら今度は精神が進化するの!どこの星系でも同じなの!『カクチャン』だけどそれはダメダメ。精神が進化し続けて宇宙の底にテレパシー到達『すごやば』やったら宇宙SNS届いてまうやん。『それな』あそこのインスタ映する『マジバエル』知的種族に比べ人類の遅れてること差は絶対。『ナイチャン』馬鹿とナイーブは近寄るの禁止な。」
宇宙人の放つ言葉は断じて会話ではない。
裂けた傷が粘液がくっつくように癒着した。
同時に顔が新しくなる。エルフ顔は消え、別の顔に差し替わった。
誠一郎がゆっくりと元の位置に戻る。仕切り直しだ。
「宇宙SNSの誇る先達種族の洗練された文化『エッッッッッッッッ』に人類の未熟な芸術は太刀打ち論外。『パネエ』一方的に尊みしゅごいなにこれしゅごしゅぎヘブン『ドチャシコ』ならまだし、あそこ著作権意識が人類よりはるかにむっちゃ高いから『これすき』人類基本スキル模倣剽窃は即座に宇宙SNS警察に取り上げられて永久に記録され『晒しアゲ』想像に難くなくない。そんなの僕が育ててるるるる『つらい』星系から出ちゃったら恥ずかしくてずっと噂されるし……『ありえない』人類は宇宙SNSというニュー『フロンティア』ワールドに踏み込むべきではない。『チョームカつく』じゃあ叩いていいよね。『人類が悪いし』そう思いませんか皆さん?『美しい言葉に触れてきれいな心』みんなそう思うよね。『アグリーです』だから正しい。」
宇宙人は情報を垂れ流し続ける。
観察していた剛剣が口を開いた。
「宇宙人の発言ですが……例えば、例えばの話ですが、宇宙人が五十億年以上前から存在していてとても高いステージにある上位生命体と仮定して、下位ステージにある人類とコミュニケーションを取るため手段として、その辺の若者たちの知識を吸収したとします。そして、自分より大きく劣るステージの存在、例えば石ころの裏にいる微生物に最近の若者言葉でコミュニケーションを試みた結果ああいいった口調や態度になってもおかしくないかと。」
「俺たちは微生物かよ。」
体積比ではそれより小さいかもしれない。
「宇宙人がちょいちょい入れてる不気味な合いの手はなんなんだ? しゅごぃ……主語意? とか。」
隼人は意味が理解できていない。
「この日本で最も新しい最新最先端の日本語です。」
剛剣が宇宙人の言語を補足する。
「……本当か? 高校でも聞いたことがないぞ。 しゅごぃとか大人の社会で使われんのか?」
「使われているのはネット上のごく狭いコミュニティのみです。いわゆるネットスラング。ネタ。現実で口走るような日本人はごく少数です。」
「最先端って言えるのかそれ……」
「文句のつけようもなく最先端です。明日には飽きられて消えるかもしれない、一過性の言葉ですよ。」
「海の底で会った時のほうがマシだったのは、知識を更新するための余計な人類が周囲にいなかったためか。」
ホウライが語る。
「ならば最初に会話した知識はどこから仕入れたのか。」
「海の底……アトランティス……ヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー著作のシークレット・ドクトリンですかね。」
剛剣は博識だ。教養がある。
シークレット・ドクトリンこと秘密教義は近代オカルト文化の大体の元ネタとなっている、有名な本だ。
「確か、宇宙卵を生命という一筋の光が照らして眠っていた宇宙物質スヴァバヴァットからオエアオホオという神ともドラゴンともとれる無形の正方形なる宇宙の力の具現が現れ太陽を創造し、様々な物質を組み合わせてつくった人類を時間と地球の車輪を回して七段階かけて進化させていく。アトランティス人は第四の人種で、今は第五の人種の時代。ということは、宇宙SNSとは第七人種の至る世界のこと……?」
ちなみに人類種の素材は媒体アートマ・ヴァーナハと霊的物質アートマ・ブッディ、外形ストゥーラ・シャリーラ、中心根火花サプタバルナなどだが、本筋とは関係がないので省略する。
「やたら詳しいな。」
ここまでよく覚えているのは剛剣の中にある種類の警戒があったためだが、この場で深くは言及しない。
「肉体的進化の完成品は宇宙の中心に出荷して宇宙を回す。『インキュベータだ』のこった作物は腐る前に収穫して次の種を育てるの!『ウェイ』ずっとそうしてきたしそのための太陽、そのための地球?おまえらが擁護するしか無い人類の代わりはずっと前からもう用意してあるし?『マ?』マ。」
誠一郎は左手の鞘に日本刀を納刀。
剛剣たちが背後で会話している間に、誠一郎は目覚めたスマホと相談して電子戦や頭脳戦を仕掛けてはどうかと打ち合わせしたが、どれも勝ち目が見えなかった。
電子戦については宇宙人のIPアドレスに接続した瞬間に100%逆ハックされネット文明が崩壊するとスマホが警告。
頭脳戦についても、地球の十五倍の計算力を持つ相手に対して効果的な質問・出題の見当がつかなかった。
誠一郎が刀を収めたのを見届け、隼人が俺の番かと立ち上がる。
だが、立ち上がった隼人を誠一郎は後ろ手に制した。
まだまだ誠一郎には秘策が残っていた。