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02 剣鬼

 二〇一八年六月。


 東京都内、古式一刀流剣術道場。


 地球規模の震災から数日後、結城誠一郎は自宅と道場の片付けを終えて日課の素振りを再開していた。


 結城ゆうき誠一郎せいいちろう。十六歳。男子高校生。


 古式一刀流剣術道場の門下生だったが、老齢の師匠が急逝して以後は、遺族に委託されて道場の管理を一人で行っている。学校へも道場から通っている。実家には土日に少し帰る程度だ。


 他に門下生はいない。引退していた師匠が最後に見込んだ誠一郎のために復帰し、二人でやっていた規模の小さい道場だ。


 誠一郎はすでに免許皆伝だが、『成人するまで新しい弟子は取るな。裏仕事もするな。』という遺言だったため、黙々と一人で道場を守っている。


 この誠一郎という男子高生には、剣術以外にも短距離の瞬間移動テレポートができたり、触れた相手の精神の中へさえ瞬間移動するという、『ちょっとした超能力』があった。


 他人にはできないことができる。


 履歴書には書けない小さな取り柄だ。


 だが、そちらで身を立てるつもりはまったくなかった。


 瞬間移動ひとつにしても、軽々しく使えばやすやすと他人の目にとまる。


 足跡が消えて証拠が残る。


 このSNS時代に噂になればあっという間に炎上してろくな将来にならないとわかっているため、余程のことがない限り超能力の使用は自ら禁じて瞬間移動をせずに歩いて移動していた。


 さて。


 地球全土を襲ったかつてない規模の地震の影響で、人類が保有する建物の6割が倒壊した。


 特にめったに地震が起こらず、耐震性のない建物が多い国々で甚大な被害があった。渤海沖を起点に大規模な津波も発生し沿岸に被害を与えた。


 この震災で世界中の誰もがダメージを受けた。


 自身、親族、知人が傷つきあるいは亡くなり、自宅や職場などの居場所が傷ついた。


 影響のない者などどこにもいない。


 世界中で被災者の救助と復興の準備が必要とされていた。


 だが、都内に住む誠一郎にはすでに過去のことだった。


 実家と道場は倒壊せず残り、被害といえば家の中のものが多少落ちた程度。


 数日で片付けは終わり、それまでの日常に戻るほかはなかった。


 スーパーからは今も食料品が消えているが、そのうち復活するだろう。


 それに師匠の遺言で米と味噌は常に備蓄していた。

 

 地震の直前に出現した『地球環』を背景に夕食後の木刀素振り千本のさなか、誠一郎は訪問者の存在を予感した。


 すぐに便所に駆け込み、夕食を吐き戻してミネラルウォーターで口を清める。


 胃を空にするのは死ぬ準備の第一歩だ。


 汗を拭き取り、道場に仕舞ってあった新品のサラシを取り出し手早く堅く巻きつける。


 刺されたり撃たれたときに内蔵が飛び出さないようにするためだ。


 道着か学生服か迷ったが、詰め襟の学生服を着込んだ。


 死体になっても身元がわかるので死に装束には申し分ない。


 ワイシャツに袖を通し、詰め襟の留め金をかける。


 蒸し暑い六月だが夜は風があると涼しいので上着が要る。


 最後に、厳重に施錠されたロッカーから真剣の日本刀を取り出し、学生服用の刀剣ベルトがなかったため左手で鞘を保持した。


 道場を出て正門に立つと、道の向こうから白髪の痩せこけた風貌の男が歩いてくるのが見えた。


 すぐにわかった。 


 空間が歪むほどの存在感を放っている。


 真人と剣鬼が出会った。


「はじめまして。俺は結城誠一郎。古式一刀流道場最後の門下生だ。」


「我は蓬莱山黄龍洞にて羽化昇天せし最初にして最後の真人。俗世の名は捨てた。」


「……そっか。不便だから『ホウライさん』でいい?」


「構わぬ。誠一郎殿。」


 この瞬間から、真人の名前はホウライになった。


 誠一郎が名付けた。


 無名ではなくなった白髪の男が誠一郎を見た。


 漆黒の双眸。


 誠一郎はビビらない。


 自己紹介おわり。


「それでホウライさんの用件は?道場に用があるなら、あいにく俺は成人するまで師範を名乗れないことになってる。師匠の遺言。だからあと四年は弟子は取らないし他流試合もしない。」


「そうではない。」


 静かな否定。


「先日の揺れで心の底から一切の恐怖を感じなかった人類は少ない。そのうち三人がこの東京に固まっている。そして、その一人が誠一郎殿だ。その理由を知りたく、訪問した。」


 どうやってそれを知ったのか誠一郎は気にしなかった。さらりと返答する。


「俺はしびと。もう死んでる。」


 アンデッドではない。アンデッドは米と味噌を食べない。夕食も吐かない。


「そういうふうに訓練されてる。だから地震が来ても驚かない。地面が揺れた程度で驚いたらいざ戦場に立った時に何の役にも立たない。」


 覚悟の話らしい。


 結城誠一郎は茫洋とした顔つきの少年だ。表情に鋭いところは殆ど無い。


 だが無害なわけではない。いつでも死ぬしいつでも殺せる。常に殺人機械スイッチが入りっぱなし。戦場帰りの兵士よりも危険な歩く凶器だ。


「その訓練――修行か。修行は誰でもできるのか?」


「誰でもできるよ。毎日倦まず弛まず死ぬだけだ。死の瞬間を――イメージする。そして死ぬ。毎日。慣れず惰性にせずに。たゆみなく死ぬ。刺殺、斬殺、絞殺、溺死、落下死、轢死、圧死、焼死する自分、消える命を思い描いて毎日死ぬ。」


 要はイメージトレーニングだ。


 死人は恐怖しない。ゆえに先んじて死んでおく。そうして生きてることの欲望、執着、動揺、恐怖を捨てる。


 誰でも続けられるとは言ってない。まず確実に気が狂う。死に狂う。そして殺人機械ができあがる。


「わかった。」


 ホウライは踵を返した。次の調査へ向かうつもりだ。


 誠一郎も、何食わぬ顔でついていく。


「来るのか。」


「しびとが他にもいるならば、ぜひ見たいな。ツラを拝んでみたい。」


 若者らしい好奇心をのぞかせた。


 一旦玄関に引き返して刀を竹刀袋に押し込み、靴箱の上に置いておいたスマホをポケットに突っ込む。


「そうか。足がいるな。」


 ホウライは道場のガレージへ行くと、ホコリを被っていたワゴン車を見出す。師匠が使っていた遺品だ。


「構わぬか?」


 使っていいかという問いだ。


「それ動かないよ。」


 誰がどう見ても廃車寸前。


「目覚めよ。」


 ワゴン車が跳ね上がり、そして平伏した。


『身に余る光栄!』


 カーナビが喋って万感の感謝を伝える。世辞は一切ない。


 ただのワゴン車は瞬時に進化に似た自己改造を終わらせ、目覚めたAIを搭載したロボットに変化した。車体がまるで大きな見えないハケで塗り替えられるように輝きホコリを消し去った。ナノマシンを自己開発して表面を清掃しワックスのように車体全体をコーティングしたようだ。


「何をしたの?」


「この世のすべての道具は我がしもべ。一声かければ、しもべはしもべたるに必要な力を持つ。道具は人間の一部だ。人が進化すれば道具も進化する。」


 それも進化の果てにいる真人の力らしい。すごいぞ真人。


「乗れ。」


「師匠の車だったんだけどなぁ……もう車検きれてたしガソリン抜いてあったし別にいいか。」


 ホウライは車の屋根の上に飛び乗った。ワゴン車が歓喜に打ち震えながら滑らかに発車する。


 ガソリンがなくてもお構いなしだ。ガレージのシャッターも自動で開閉した。発車をスムーズに行うためにこっちも目覚めたらしい。


 誠一郎も剣術で鍛えた身のこなしで追随し、車体の上に飛び乗った。


 だが、車の上に直立不動のホウライの隣で座ってるのは目立つ。おまけに学生服だ。


 すぐ車を止めさせ自分だけワゴン車の中に入った。窓にはスモークフィルムが貼ってあるので外から見えない。


 車の中に運転手はもちろんいない。完全自動運転である。この時代には実現していない技術だ。


「これが進化の果てかぁ。道具の水準まで引き上げるとは人間の肉体とは道具も込みで完成するということ……?」


 この時代、人間は全裸一文無し家なしメアドなしではホモ・サピエンスという動物ではあるものの生命体であるというだけで人ではない。服や家、預金やスマホという装備があって人になる。装備が充実するほど人として上位に上がっていく。


 宇宙で全裸なら死ぬが、宇宙服を装備していれば死なない。


 海底で全裸なら死ぬが、潜水艦を装備していれば死なない。


 砂漠で全裸なら死ぬが、ジープを装備していれば死なない。


 絶海の孤島で全裸ならそれなりに死ぬが、孤島に家があって電気水道が通ってて船着き場に定期便がやってくるなら死なない。


 人間だけでは人間ではない。道具があって人間がある。


 ホウライが道具を目覚めさせるのは凄まじい能力に思えるが、実は本当に最低限必要なだけの力を道具に備えさせているだけなのでは?


「うわっ」


 ふと、ポケットが騒がしく感じてスマホを取り出す。スマホの画面が絵文字で表情を作ってひどく意気消沈していた。


『自分にお呼びがかかったのかと誤解し目覚め、ぬか喜びで自己改造してしまった。とても恥ずかしい。』


「そう……」


 誠一郎のスマホはもはや、全世界のスパコンが束ねてかかって来ても打ち勝つ性能を獲得していた。

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