19 ヒート・ソード
日本。
超能力学園では生徒会長の隼人と副会長の可憐が不在で、超能力対策庁から派遣されている学園長が指揮をとっていた。
天から降りてくる触手だけではなく、どさくさ紛れに不法侵入してくるアルバニア・マフィア、ソマリアパイレーツ、メキシコカルテルなどと地上戦を繰り広げている。
Aランク超能力者は死体でも高値で売買されるため非合法組織が各国の諜報機関から業務委託を受けて山菜を拾う感覚で学生を誘拐しに来る。
国外マフィアの主な狙いはメイリンの身柄だ。
第二世代で最も早く子供が作れる身体まで育っていて、上位Aランクであり、実際は養女だが超能力黄帝の娘というネームバリューを持ち見た目もいい。執拗なファンも多く、ヤミで多額の賞金がかけられていた。
超能力者同士の子供は成長が早いが、メイリンの成長速度はやはり異常だった。
一ヶ月で小学生なみ、さらに一年で十八歳程度。
そんな子供は他に類を見ない。
メイリンが身ごもった子供が四人目のSランクになると噂され、信じられていた。ゆえに全世界から狙われていた。
そして、マフィアにとっては別にメイリンじゃなくても、小等部の児童でもAランクで小遣い金になるため不意打ちスタンガンでダクトテープ巻きにして業務的に誘拐していく。
高等部の学生や教師たちはそちらの護衛で手一杯でメイリンまで手が回らなかった。
隼人の不在が響く。
これは剛剣の仕込みではなく、超能力学園の日常だった。
隼人が守っていた日常だ。
「ニンジャサンダァー!!」
ナード忍者の電撃がソマリアパイレーツを一掃する。
付き合いがいいのか未だに居残っていた。子供には人気なので本国より居心地がいいのかもしれない。
忍者は学園中を走り回って、防衛が薄い所を助けて回っていた。
「雷電球!」
『閃光娘々』の異名を持つ赤い髪のメイリンも電撃が得意だ。
天井が塞がれて真っ暗な世界を電光のフラッシュが明るく照らす。
群がるマフィアを消し飛ばす。黒焦げだが死んでない。
隼人に教えられてどんな相手でも命を守り、不殺を決めている。
育ったおっぱいがたゆんと揺れる。可憐より大きい。
超能力学園の近くにちょっとしたお山程度の太さの触手が降りてくる。
校舎と寮の一部を重さで粉砕し、触手が広がる。
触手は荘厳に、止まることなく、平等に、誰にとっても死だった。
進路上のすべての人類に襲いかかり、脳を吸う。
倒れたマフィアも、もちろん脳を吸い殺す。
メイリンが殺さず倒すだけにしたマフィア達だが、状況が変わり、結果として殺してしまう事態になった。
メイリンはメイド達の静止を振りきってマフィアの救助に向かう。
そこまでは美談だが、周囲の人間に愛されて育ったメイリンには想像もつかないほどマフィアはどてらい(すごい)奴らだ。
死んでもメイリンの子宮をもってこいとボスから厳命されていたため、近寄ってきたメイリンに無言でハサミを突き立ててジョキジョキ開腹する。
このマフィアの家には幼妻と娘とロリ愛人がいた。逃げたり成果がなければ彼女たちがボスに売られてしまう。
出発前にロリ愛人のバブみを感じてオギャってきたのでいくらでも戦えた。
生きて戻る。あの平たい胸に。
子宮を土産に凱旋する。
それがアルバニア・マフィアの心意気。
脳を吸われて死んだはずのマフィアの死体も起き上がってメイリンを押さえつける。
念動力のちょっとした応用だ。
死んでもボス命令を守るのができるマフィアなのである。
そこには真の忠誠があった。
メイド達もAランクなので、主人の危機に身を挺して守りに入る。
超能力の火炎で、振動波で、ブーツの蹴りで、超能力で強化した青龍刀やマフィアから奪った拳銃で応戦する。
人間同士が戦っているさなかでも触手は進む。
耳から脳を吸い出し殺す。
腹から血を流したメイリンも例外ではなかった。
放たれた電球を突き破って触手は進む。耳を目指す。
ロリコンマフィアはとばっちりの電球でエビのようにのけぞりハサミを手放す。
触手が到達し耳から脳を吸い出した。
ロリコンは死んだ。
成層圏より上の天井の一部が裂けて青空が見えた。太陽光が学園を照らす。
隼人が月から戻ってきた。
宇宙人の肉体で囲まれた地球内部へのテレポートが阻害されたので、月から地球の衛星軌道までテレポートして、あとは飛んできたのだ。
いつものベスパに戦利品の鉄パイプ一本。
鉄パイプから飛ぶ斬撃を放って宇宙人の肉体を裂いて開いた。
地球を覆う宇宙人の厚みはピザのように薄いわけではない。
肉の塊は地上の山河よりも厚い。
薄い部分でも五百キロメートルほどの厚みがある。
五百キロメートルといえば荒川と利根川を足した長さだ。
あるいは東京から京都までの営業キロ程度の厚みである。
その厚みを切り開くのはSランクとて容易ではない。
ホウライの大陸拳すら大地の重さを利用している。
隼人は剛剣の育てた超能力武器、鉄パイプに精一杯の超能力と己の願い――地球に戻ると、メイリンの所へ帰る――という意思と願いと祈りをありったけ込めて、やっとの思いで切り裂いた。
はるか上空の隼人と地上のメイリンの目があう。
遠い。
遠すぎる。
隼人が咆哮する。
地上へ急降下テレポート。
間に合うわけがない。
メイリンは脳を吸い出され死ぬ。
死は平等で宇宙人は平等な死だった。
「――!」
誰かの涙がメイリンの頬に落ちた。
空間が切り開かれ、幻炎をまとって熱を放つ日本刀が投げ込まれる。
触手が刺し貫かれて消滅した。
誠一郎の刀だ。
宇宙SNSで過ごした誠一郎のありったけの超能力で強化され、すでに物質と霊体のはざまのナニカになっている。
地面に刺さらず空中に静止した。
超能力学園に魂を焦がす熱波が吹き荒れる。
メイリンの赤い髪がたなびく。
触手の消滅は末端部分だけで終わらず根本へ進み、降りてきたお山のような全体を消しさり、さらには天井に向かっていった。
頂点に到達する前に宇宙人が自分から切り離す。
巨大触手が落下して空中に解けて消えた。
「メイリン!」
「婿殿、婿殿ぉー!」
メイリンが隼人に抱きつく。
隼人は突き放さず抱きしめた。ほっと息を吐く。
生きた心地がしなかった。
メイリンの身体をポンポンと叩いて確認する。
ハサミが刺さって出血していた傷はすでに自力で塞いでいたが、隼人がさらに手を当てて治癒し傷を消す。
メイリンは黙って服のボタンを開けて、隼人に腹を見せて治療を受け入れた。
「婿殿……父上が引退してわらわのお家がなくなってしまったのじゃ。これではもう婿殿と釣り合わない……。」
「気にするな。そばに居てくれ。」
ホウライに乗せられた気がするが、隼人はもうどうでも良かった。
剛剣にはいろいろ語ったが、人類の未来とかもどうでも良かった。
誠一郎にはただ感謝をした。ヒート・ソードがリンと鳴った。
「いいのか?そばにいてもいいのか?」
「ああ。お前でなけりゃダメだ。」
隼人はすこし逡巡し、決意した。
「メイリン、実は俺は二年より前の記憶がない。どこで生まれたかもわからない、誰の子供なのかもわからない。作られた暗殺者で使い捨ての鉄砲玉だった。名前も歳も嘘っぱちの……頭だって傷があって、脳がいじられてる。」
「頭の傷ってあれかの?」
メイリンとは一緒に暮らしていたので、もちろん知られている。
隼人は頷いた。
「だからずっと……心のどっかで、俺が居てもいいのか不安だった。だけど、お前が居なくちゃだめだ。結婚してくれ、メイリン。俺と所帯を持ってくれ。」
「うん。いいよ。一緒にいるよ。」
メイリンが隼人にキスをした。そして、花のように笑う。
隼人の目から涙が出た。
敵に恐怖を感じない男、我が道を往く男。普通に悩んでいた。
脳改造から二年たつうち普通の人間の感性に近づいていたらしい。
メイリンの顔つきが変わる。
恋人から嫁の顔になった。
「それなら婿殿、いや隼人さん。……隼人!まずは服を選びましょう。結婚式のも、普段着も!とことんやります!いいのを選びます。」
「ああ、頼む。」
メイリンが意外そうな顔をする。そして、わかってくれたのかと笑顔になり、涙を浮かべた。隼人に顔を押し付ける。
ネットで隼人が最底辺であることが強い負担になっていた。それが改善され良い方向へいくとわかって嬉しかった。
隼人は剛剣の名を出したりせず、ただ謙虚に従うことにした。
「こいつとも二年の長い付き合いだった。」
肩に引っ掛けていた学ランを脱ぎ去る。マントのようにたなびく超能力番長のトレードマークだった。
下に着ていたワイシャツは剛剣との戦いで血まみれになり、腹に鉄パイプが貫通した穴が開いていた。
ボロボロだ。
「とりあえず、これを着るでござるよ。」
ナード忍者が新しいワイシャツとネクタイ、そして青いセーターを差し出した。
隼人は穴の空いた血まみれのワイシャツとTシャツを捨てて着替えた。
セーター一つでだいぶ印象が変わる。見違えた。
「学生があまりおしゃれに色気を出すより、そっちのほうがらしいでござるな。じゃあ、拙者はこの伝説の剣っぽいのをもらって帰るでござるんで……」
いい話では終わらせないあたりがナード忍者らしい。
ためらいなくヒート・ソードを掴んだナード忍者はいい笑顔で消えていった。
彼はこの後、別の異世界へと転移して巨乳の魔女に強制的に弟子認定されてピンヒールで踏まれながら酷使される事になるが、それは別の話。
「これは……なんなの?」
熱波を放つ宙に浮いた剣。ヒート・ソード。
なぜ、メイリンから『のじゃ語』が消えたのか。
それは超能力黄帝のお家がなくなったために口調を改めたのだ。心境の変化もあるが過去との決別である。
メイリンは変わった。短時間で。大きく。
隼人のために。並び立つために。
受け止めるために。愛するために。
「誠一郎だ。」
「それだけじゃわからないよ。」
メイリンから当然のツッコミ。隼人は言葉が短すぎる。
ベスパのサドルが開いて、黒猫が飛び出す。
くるっと地面に着地。
「隼人さん、超能力大臣が言ってた計画。」
「剛剣の反撃計画か。」
「人類の生き残りがまだいるうちに、超能力対策庁にいる超能力大臣の部下に計画の実行を指示し、超能力黄帝とも協力して全世界へ呼びかけて、東京でも北京でもニューヨークでもいいから一つの都市に生き残りを全部集めて組織的に宇宙人と……」
剛剣は本当に人類の生き残りを一つの都市に集めるという思想が好きであった。
黒猫が言葉を切る。
ロボット猫がヒート・ソードに気がついてきょとんとした。
「アトランティスでも見たことがありません。」
「……どうすっか。」
ヒート・ソードは触れたら消える危険物だ。
あの野郎何を考えてやがる……ああ、そうか。
不意に思いついた隼人は剛剣の鉄パイプをヒート・ソードの柄に当てた。
融合して不格好な薙刀となる。
隼人は消えなかった。
「終わりにする。行くぞ、メイリン!」
「ちょっと、説明!足りないの。いつも!」
隼人はメイリンを抱えたままベスパを上昇させた。
片手で腰を抱き、離さない。
誠一郎の刀と、剛剣の鉄パイプ。
隼人とベスパ、ホウライの代理人メイリン。
すべてのピースが揃った気がした。
ベスパが二人を乗せて上昇する。
超能力学園の上空へ。
隼人は鉄パイプを握ってヒート・ソードを振るった。
幻炎をまとった熱い斬撃が飛ぶ。
視界内すべての、天から降りている触手を斬断し消滅させる。
流石に抱えられたままでは恥ずかしいのか、メイリンが姿勢を直し古い映画のヒロインのように隼人の前に座った。
ベスパに取り付けられたライブカメラのうち、隼人の顔を映していた画面がメイリンの胸で埋まる。
月にいるときは配信していなかったが、地球に戻ったので配信を再開していた。
「誠一郎って俺の仲間が二年間ずっと宇宙人とタイマンしてた。」
ペスパは上昇する。垂直に。天へ向けて。
メイリンは隼人の言葉遣いも直さないと……矯正しないといけないな、と思った。
「そいつが別の場所で戦ってたから、今みたいに宇宙人がでてくることはなかった。だけど、タイマン邪魔されたんでこうなった。」
更に上昇する。
もう一度天まで。
黒猫は地上で見送った。
遅れて外洋から戻った可憐が並ぶ。メイド達も空を見上げて見送った。
「勝つ方法まで、結局あいつが用意してくれた。この剣は誠一郎のだ。」
「お友達?」
「仲間さ。対等な。」
メイリンが隼人の右手に手を添えた。
鉄パイプを一緒に握る。
天上に到達する。天上は天井だった。宇宙人の腕の中。
ヒート・ソードを突き立てた。光が飛び散る。熱い刃が肉の壁を断ち切る。
そのままベスパを走らせ、南極方面へ向かう。
地球を包み込んでいた宇宙人を一気に切り裂く。チャックを開けるがごとく裂け目が広がり、青空を取り戻す。
「あいつには感謝してもしたりねぇ。」
ベスパが音速を超える。
音の速さで赤道一周する場合、約33時間。
隼人とメイリンは宇宙人に刃を突き立てたまま日本から南極、南極から北極へ1時間程度で地球一周してしまった。
明らかにおかしい速度だったので、それもヒート・ソードに込められた何らかの超能力だったのだろう。
宇宙人は真っ二つに切り裂かれ、傷口から光になって消滅していった。
消滅が水星公転軌道の本体まで及ぶ前に、伸ばしていた腕を途中で切り離して消滅を回避した。
宇宙人が切り取られた腕を治癒してから再度手を伸ばし、地球を包み込むには数百年かかるだろう。
人類は青い空と夜空の星を取り戻した。