16 宇宙SNS
そこはきれいな壁紙とおしゃれな床で彩られ、見たこともないような美しい植物の鉢植えや芸術品が深い思索をもって配置された、広い広い通路に見えた。
通路の左右には個性的できらびやかな扉がたくさん並び、果てしなく遠くまで続いている。
宇宙SNS。
もはや物質世界ではない。
人類が生まれた宇宙より更に上の階層にある上位世界だ。
この通路も扉も、誠一郎が世界を認識しやすくするために自身の知識で解析して類似のものに落とし込んだ後の簡略化、あるいは翻訳した表現でしかない。
本来は霊的エネルギーが渦巻き、人知を超えた上位存在の闊歩する異世界である。
この世界では誠一郎のような人間は生命体として下等であり、地球でいうと二次元の紙に書かれた子供の落書きレベルの存在だった。
三次元を遥かに超える高次の世界。誠一郎はすぐに解析され尽くし情報処理されてアーカイブされた。
所持している超能力が宇宙SNSの要求レベルに達していなかったため、対等な上位存在とは認識されずどこかから紛れ込んだ作品としてナンバーを割り当てられ陳列された。
必殺のサイコダイブはこの世界自体が精神的なものなので、動いたり飛び上がったり物に触る役にたつ程度だった。
二年間を共にしたスマホは、流れくる情報量をすべて受け止めてしまい、処理が追いつかずフリーズしている。数千年はかかりそうだ。
誠一郎は人間だったため、余分な情報は無視してスルーできた。それほどこの世界の情報は多かった。
たまに頭の上を凄まじい量の情報が飛び交っていくが、言葉も意味もわからない。
手を伸ばして触ってみるとどうやら映画のような画像と音楽と物語の無料のWeb広告らしいが、その情報量は人類の歴史百年分より多かった。
たまらず途中で広告から離脱する。
五感で味わえる味もついていたため口の中に上位存在の嗜むおやつとお茶の味が残る。
異世界の上位存在映像美少女とのキャッキャウフフもありそうだったがもちろん別料金だ。
この広い広い世界を探せば無料で楽しめるやつもあるかもしれない。
チラチラと上位存在の気配がする。誠一郎を目新しい作品として閲覧していくが、すぐに飽きて去っていく。ブラウザバックというやつか。
ただ、この世界は著作権に対する意識がとても高いため、誠一郎の閲覧料金が溜まっていた。小銭程度の額なうえにすぐに飽きられたが、更新日が新しいうちに少し稼げたようだ。
誠一郎は生に対する執着も地球への未練もなかったが、自分の死後の世界と認識しても良さそうな場所がこんなところとはとても意外だった。
上位存在達は誠一郎を羽虫のように潰さず、未熟な作品として保存してしまった。
このまま高次の世界の片隅で、上位存在の無料広告を味わいながら永遠に存在し続けるだけなのか……
高次世界は壁紙や床すら飽きさせないデザインの深みがあり、テーマとメッセージと音楽と味と更に高度な情報のすべてが融合した美しさがある。五感ではそこまでしか分からないが、もっと他の感覚を揺さぶる芸術も隠されているのだろう。一生……30年程度は余裕で楽しめた。そんな世界だった。
飽きることも飢えることもない。
生きる、死ぬ、殺す。これだけを求めて生きた。戦った。結果、死なず殺せない世界で途方に暮れている。
ある日誠一郎は、人類の歴史が一冊にまとめられたアーカイブを見つけた。
それはシークレット・ドクトリンを著したヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキーがアカシックレコードとかアカシャ年代記と呼んで実在を想像していた情報庫そのものだ。
高次世界の上位存在にとっては誠一郎が戦った宇宙人が提供するちょっとした読み物程度の価値しかないらしい。
誠一郎は自身の閲覧料で溜まっていた高次世界の貨幣を消費し、最後のページだけ閲覧することにした。
人類はどのように終わったのか。
生きてるうちはそんな事は一切気にしなかったが、高次世界にいるうちに感化されてしまったらしい。
それは悔恨かはたまた郷愁か。
最後のページでも五十年程度の詳しい記録があり、読むのは一苦労だったので末尾から読みはじめる。
それはたった一人になった隼人の記述だった。
鬼となり、人を捨て、戦い抜いた記録。そこに救いはなかった。
宇宙人によって地球の人類は全滅した。
仲間をすべて失い一人取り残された。地上を攻めて撤収する宇宙人の腕をベスパでよじ登り、そのまま水星公転軌道まで鉄パイプ片手に数年かけて走り抜け、宇宙人の本体に衝突して死ぬ。宇宙人の表皮に突き刺さった壊れたベスパと一本の鉄パイプが隼人の墓標だ。
あの日に集い、仲間になった四人。その結末を知った。
誠一郎は泣いた。そして隼人の救いを願った。
落ちた涙がページの最後にあたり、文字がにじむ。
それは奇跡か。それとも高次世界の存在が下位の世界の歴史を一方的に改変できるというありふれた事実か。
誠一郎はためらいなく刀を抜いてありったけの超能力を込めて滲んだ部分に投げ込んだ。
刀が吸い込まれるように消えた。
できたことはそれだけだった。
所持金は尽きた。
あとは上位存在たちをあっと言わせるために、残った鞘で日課の素振りと走り込みを開始した。
誠一郎にできるのはその生き方だけだった。