14 月に吠える
超能力の強さでいえば、隼人のほうが剛剣より優れている。
だが、その他はすべて剛剣が上回っていた。
高身長、恵まれた体格、鍛え抜いた筋肉。それらは接近戦を行う上で圧倒的なアドバンテージになる。
力も速さも器用さも耐久力もリーチも武術の腕前も戦闘の機微も知略も経験もすべて剛剣が上。
空手、柔道、剣道の有段者でキックボクシングやムエタイもかじっている。
普段はスーツやシャツの下に隠れているが、ギリシャ彫刻のように美しく力強い肉体はハリウッドスターの如し。
おまけに友人や愛人も多数いる陽キャでパリピで勝ち組である。
対して隼人は身長は平均より低めで、痩せ型で筋肉もあまりないというか実は超能力抜きだと武術などは一切学んでない。
先に殴ることを心がけていて気迫負けすることが絶対ないので喧嘩が弱いわけではないが、達人か素人かでいえばド素人。
髪型もダサい部類で服装のセンスもよくない。いつも学ランを肩に引っ掛けワイシャツの下は赤などのカラーTシャツ。
メイリンがメイドに命じて服装を改善しようとすること度々だが、本人はファッションをひたすら避けている。
我が道を行く硬派な言動といえば聞こえが良いが自分から友達を作りにいかないため仲のいい友達がいない。
孤独な陰キャで誰にも心を開かない、押しかけ嫁のメイリンがいなければ孤独死確実な負け組である。
古代人の月面地下基地。
剛剣の鉄パイプに殴打されて隼人が倒れ伏す。血まみれだ。
『約束を……はやく果たすのだ。』
「ええ。ようやく手が空きました。」
剛剣はテレポートを発動させて古代人を地球へ転送した。
翼のある巨体が消えうせ、地下基地の空間が一気に広くなる。
黒い空中戦艦は古代人の王が残した船で、月の基地から遠隔操作できた。
その機能の一つとしてサイコダイブを中断させるものがあり、剛剣が古代人と交渉して利害が一致したので今回の計画を実行することになった。
「……ずいぶんヘンテコな知り合いもいたもんだな。」
「最初は宇宙人の尻尾を掴むために、いろいろと手を尽くしていたんですよ。地球外生命体の捜索なんて本当にガセと徒労だらけの作業でした。しかし、ようやく網に引っかかったと思ったら、はい。古代人の残骸だったわけです。」
「……残骸?」
「あの古代人は昔のままの姿ではありません。この月面基地で生きていくためにか、長い時間を過ごすうちにそうなってしまったのかはわかりませんが、複数の古代人が融合してああなった合成キメラです。」
「最初からああじゃなかったってことか。」
「宇宙人に喰われることで別れた仲間に会うと言っていましたが、果たして喰われる脳があるか疑問ですね……。」
剛剣は心配そうにひとりごちた。
「古代人はここで数千年間ずっと生き続けていましたが、精神的な進化を迎えることはありませんでした。それは私の疑問と研究の対象です。現在の仮説では、地球の環境にいないと適切な進化ができないのだと考えています。この基地で生きるだけでは環境が変化せず受ける刺激も一定で、なおかつ地球から受け取るパワーのようなものがなかった。」
剛剣は語る。
「月に来てわかりました。ここには力がない。人類には地球が必要なんです。おそらく宇宙に出ても人間は進化も発展もできない。無重力状態が続けば人体そのものが変化……筋肉や骨格、血管や神経や内蔵、脳細胞がある程度は重力がない環境に適応はするとは思いますが、それは適応止まりです。進化ではない。環境の変化に乏しいことと、地球から離れることでそのパワーを受け取れなくなって次第に種として先細りして滅ぶでしょう。」
「気の長い話だな。人類滅亡を決めてる奴がそんなことまで気にするのか?」
「思考実験は常に有用です。」
「人類は多分、メイリンの次の世代で底が抜けるぜ。」
剛剣がうなずく。
「わかってましたか。」
「流石にな。心の壁、いまはまだ保ってるがいつか、いや。すぐに崩れてもおかしくない。一人が崩れれば雪崩が起こって人間の心がすべてくっつくだろう。」
「それが起きると、私の野望が果たせなくなります。」
人類滅亡の夢は大きい。
タイムリミットが近いとわかってなお燃え上がる。
剛剣がヘレナ・ペトロヴナ・ブラヴァツキー著作の本で知った第七人種。霊的に進化した人間ができるまえに急がねばならない。
「諦めろ。」
隼人の最後通牒。短い一言だが、人類への憎しみを捨てて真人間になってやり直そうぜという意味を込めている。
「私に勝てない相手の言うことなど聞けませんね。……隼人。君では私に勝てません。」
「やってみなきゃわからないぜ。」
「そのざまで。」
まだ隼人は寝っ転がってる。
「二年前の君は私を暗殺するためのコマでしたが、そもそも仕掛けた組織も私を殺せるなどとは思っていなかったんです。組織のメンツを保つために、ありていに言うと私をびっくりさせるための鉄砲玉だったんです。退魔組織はまだここにあるぞ、というメッセンジャーです。」
逆神の血が濃い剛剣は強い。二年前から。普通の人間よりはるかに。
ゆえに並大抵の暗殺者ではビクともしない。
「君が喧嘩を売って私が買いました。チキンレースを提案したのは君ですが崩れた高架道路を選んだのは私です。」
「そうだったな。」
「私は正直、君がビビって逃げると思っていたんですよ。」
「舐められたもんだな。」
「ええ、舐めてました。そして楽しくなりました。君が恐怖心というネジを破壊された鉄砲玉だと気がついたんです。恐怖心を消すことは中東の薬漬けアサシンがやってきましたが、劣勢になると興奮が切れるのか、こっちが殴ってるうちにすぐに普通のテンションに戻ってビビってしまうんですよ。」
暗殺者の相手は日常茶飯事と言い切ってる。
「普通に狂ってて、どんな勝負でもやる君が目の前に出てきたときは正直興奮しました。君がスリルに付き合ってくれたので楽しい遊びになりました。まぁ私はあの程度では死にませんが。」
暗殺者を暇つぶしと断言する。
隼人は剛剣にとってのおもちゃだった。
チキンレースの際も、配下たちをわざわざ下がらせて人払いしていたのだ。戦いを楽しむためだけに。
「お前なら、事故っても落ちても死ななかっただろうな。だが、俺は俺のやりたいようにやるだけだ。今も昔も。」
「ならばどうしますか。今度こそ玉砕して死にますか?」
鉄パイプ二刀流の剛剣は死神のようだ。
隼人一人では絶対に勝てない。生き残れない。
あの夜のチキンレースのように隼人が曲がらなくても、衝突の結果は隼人が死んで体の丈夫な剛剣が生き残るだけだ。
「喧嘩で勝てないなら、またチキンレースでもしてみますか?サイコダイブならワンチャンあるかもしれませんよ。」
超能力者は誰でもテレパシーとテレポートを使えるのでサイコダイブを試みることもできる。
しかし、剛剣は二年前すぐに超能力対策法で国民全員にサイコダイブを禁止した。
理由は危なすぎるからである。
誠一郎が言ったとおりならサイコダイブに失敗すれば必ず死んでしまう。
それを聞いていた剛剣は超能力対策法にサイコダイブ禁止を明記し、周知した。
だが、人の心をのぞくという超能力は人を惹きつける。
最初の一年のうち日本だけで数千人がサイコダイブを試み、そして戻ってこなかった。
超能力学園でも数人の死亡事故があったので、超能力対策庁から隼人に厳しい取り締まりを要請し続けた。
剛剣の知る限り国内外問わず、二年間で生還者なし。成功率は0%である。
つまりサイコダイバーは全員死んでる。あくまで剛剣の知る限りではあるが。
「やらねぇよ。」
隼人の返答はいつも短い。
「俺が思うに、サイコダイブってのは心の壁に小さな穴を開けて個人同士で分かり合う超能力だ。サイコダイブで現れる心の迷宮ってのは心の壁のことだ。」
「ほう、君が興味があったとは意外です。」
「人類がほんとうの意味で心の壁を破るのはまだ少し先だ。心の迷宮で一歩間違えば死ぬってのはそういうことだと思う。そして、別に俺はお前とわかりあいたくはない。もう知ってる。」
隼人のわかってるぜ、という口調に剛剣がイラッとした。
本来ならここから隼人をキレさせるようなことを言うつもりだったが、やめた。
隼人が言いたいことしか言わないので、剛剣も言いたいことだけ言うことにした。
「言いますね。……前から言いたいことがあったんです。君は一旦すべてを奪われたあと、二年経っても人に与えられたものしか持っていません。」
剛剣が指摘する。
「愛用のベスパも暗殺任務の道具として与えられたもの。野村隼人という名前と身分もそうです。本当に十八歳なのかもわからないでしょう。」
隼人は黙っている。
「ホウライと誠一郎から超能力を与えられ……君も私もSランク。私は地位を自分で勝ち取ってきましたが、君の地位は私が与えたものです。」
超能力学園を設立したのは剛剣。
隼人はその代表を与えられただけだ。
剛剣は持ち前の政治力と社交性で日本とアメリカEU連合を含めた西側諸国の中心人物となりつつある。
隼人は自分からは何もしてない。上から降りてくる仕事をこなして挑戦者を断らず時間を奪われ続けている。
「メイリンだってホウライから与えられたものでしょう。君をほおってはおけないからです。」
年長者に気を使われて嫁をよこされていた。幼いメイリンだったのは子供なら隼人が無碍に追い返さないと踏んだのだろう。
「君には向上心というものがない。意識が低い。世界を牛耳る新しい支配者の立場なのに何もしてない。それはもはや罪です。」
「余計なお世話だ。」
ブチッ
剛剣がキレた。
「ああ、それに、そのスタイル古いんですよ。なんですか番長って。センスの欠片もないですね。おしゃれって知ってますか?今どき硬派モテませんよ。」
不満が爆発した。
超能力大臣、誰も見てない月で吠える。
「Sランクで一番顔出しが多いのに外見でかなり損してます。困るんですよね。他のSランクのイメージも下がってしまって。」
バッドボーイ、不良、昭和センス、イキリ陰キャ、半グレ、社会不適格、ヤのつく自営業予備軍、社会のゴミ、古臭い、人殺ししかねない、実は人殺し、百人以上やってる、きっと万引きもしてる、どうしようもないワル、人間失格、超能力だけのかわいそうな奴など隼人のことを何も知らない民衆が外見だけでイメージを決めつけて叩いている。
隼人はネット社会に対し興味が無いのか一切言い返さず、用がなければ超能力学園から出ないため叩きは際限なく加速しているし、Sランクに挑戦してみた動画をはじめとしてネットのおもちゃになっている。
一方的なサンドバック。
著作権フリー素材。はやけんま。Sランク(笑)先輩。
ネット社会の最底辺だ。
動画だけ見ると(決闘なので当たり前だが)格下相手に超能力を奮っている映像しかなく、暴力的ですぐ超能力の大きさに訴える喧嘩早い狂犬のイメージが世間に浸透している。
メイリンはそのことにいつも憤慨して擁護しているが、フォロワーに嫁乙されて涙目になるしかない。
それならまだいいほうで、何度も炎上、ストーキング被害、誘拐未遂、通り魔ぶっかけ未遂等をされている。
そのたびに嫁も守れない奴かロリコンのクズとか隼人の評価が下がる。
「顔も知らないような連中の書き込みなんて気にしてられっか。」
隼人がようやく起き上がる。超能力の治療が終わったようだ。
「それが古いんですよ。ネット社会舐めてると君一人が良くても周囲が迷惑するんです。海外での超能力学園の評判もそれで不当に低いんですよ?」
剛剣が鉄パイプを構え直す。
「十分な給料を出しているんですから、せめて毎日服を変えてシーズンごとに新しく買い換えてください。」
超能力学園に指定の制服はない。もとが学校もバラバラな日本中の学生をAランクというだけで寄せ集めたのでフリースタイル。ゆえにファッションセンスが試される。
そんな中で隼人はずっと同じ学ランを着回していた。毎日襲ってくるAランク挑戦者に破かれないように気をつけながら。二年目に入り裾がほつれてきたが、メイリンが見かねて裁縫を習って縫って直していた。
「……服って穴が開いても縫ってふさいで布地が擦り切れるまで使うもんじゃないの?最後は雑巾で。」
「昭和のおばあちゃんか貴様ァ!」
一着四十万のブランドスーツをシーズンごと複数使い捨ててる剛剣がブチ切れる。育ちがいい上に外交業務もしているので衣服で舐められるようなことは絶対にしない。部下に専属ファッション担当部署を持っているレベルなのだ。
地下基地の天井を突き破ってベスパが降ってくる。
入り口に停車していた愛機を隼人が超能力で引き寄せして呼び寄せたのだ。
すばやく乗り込み、剛剣へ全速力で突撃する。
対する剛剣は鉄パイプ二本をドッキングさせて長い鉄パイプを形成。
正面から隼人を迎え撃つ。
「玉砕とは芸がない!」
剛剣は隼人を串刺しにして吊り上げた。
リーチが長いほうが有利。
主を失ったベスパがスピンして停止する。
超能力でエンジンを動かしていたので隼人の意識が途切れると止まるのだ。
「長かった君との二年間の付き合いもここで終わりです。あっけない幕切れでしたね。」
古代人がいた広い部屋なので天井は高い。
隼人の身体は力なく鉄パイプに貫かれてぶら下がっていた。
血がボトボト落ちて床を濡らす。
ベスパのサドルがバカンと音を立てて開く。
スクーターの椅子の下はヘルメットなどの小物が入る収納箱になっている。
そこから黒猫が飛び出し、剛剣の手首に噛み付いた。
「おまえはっ!?」
基地の内部で空気があるとはいえ、月面なので真空への危険に備えて超能力のバリアで常に全身を防御していた。
だが、防御を貫いて牙が突き立てられた。
顎の力が強い。普通の猫ではない。
剛剣はとっさに鉄パイプの槍を捨てて黒猫を引き剥がそうと体を掴んだ。
黒猫が抵抗するが、両手を使った剛剣の怪力のまえに振りほどかれて投げ捨てられる。一回転して床に着地した。
「この月面で動けるしアポートでベスパについてきたということは、古代人のロボットですか。なぜ?」
「従ったのは上司の命令だから。隼人さんの所に居たのは自分の意志よ。」
「はっ、古代人がSランクの監視につかってたツールじゃなかったんですか。」
ベスパのエンジン音が月面地下基地に響き渡る。
隼人が意識を取り戻し、ベスパに乗り込んでいた。
腹に刺さったままの鉄パイプの槍、その連結部分を操作する。
カチリと音がして二本に分離。
腹に刺さってないほうの鉄パイプを手の中に落とした。
「服の件は……考えとく。」
ベスパが発進する。
鉄パイプを刺突する剣のように構え、体とベスパの全身で剛剣に体当たりする。
正面から轢かれた剛剣が靴底でブレーキをかけるが、ベスパは構わずエンジンを鳴らして走り抜けた。もろとも壁に激突して止まる。
剛剣は心臓を貫かれて壁に磔にされた。盛大に血の塊を吐血する。
隼人は自分の腹を貫通している鉄パイプを引き抜いた。
鉄パイプで塞がってた穴から血が吹き出て痛みで意識が飛びそうになる。
内蔵が飛び出さないように腹をおさえて超能力で止血し、治癒を開始した。
同時にベスパを壁に向かってウィリーさせて、剛剣の心臓を貫いた鉄パイプに前輪を押し付ける。
ハンマーで釘を叩くように、強く。
剛剣の身体がビクンと震える。
隼人は自分の血がこびりついた鉄パイプを振り上げ、剛剣の頭蓋骨を叩き割っ――――らなかった。
「とどめを刺さないんですか?」
「一回、命を救われた借りがある。最初の夜、トリケラトプスの触手のときだ。」
「ああ、そんなこともありましたねー。」
あまりに些細なことだったので忘れていた。
「だから殺さない。命の借りは命で返す。だけど、また馬鹿な事をやったら容赦なく潰す。」
「ははっ――甘いですね。」
「筋を通したいだけだ。」
隼人がベスパの前輪を下ろす。
「組織の、高崎家の洗脳は解けていたんですか?」
「そうらしいな。」
隼人としては最初から意識すらしたことがない。
剛剣は殺したほうがいいやつだと思ったからやってただけで。もしもそれが仕込みなら、そっちのほうが大したことだろう。
徹頭徹尾、眼つきが腐ってた奴に喧嘩売っただけなのだ。
「高崎家へ復讐したくはないですか?」
「俺の以前がどんなんだったかは知らないが、今の俺をくれたってんなら感謝しかないな。別に言うことはねえよ。」
「……高崎姫にそれを聞かせてやりたいですね。」
「だからいいって。いいんだよ。過ぎたことは。」
隼人が黒猫の前に向き直る。
「……ありがとうな。助かった。だけど、ついてくるなら一言いってくれ。」
「にゃあ。」
勇者と魔王、決着。