13 バスター部隊
「おいホウライさん……いやホウライ、説明して。この状況。」
四人はあの夜に仲間になった時点で、お互い呼び捨てにすることに決めてた。隼人の主張した上下関係ナシの付き合いだ。
「殺すな。しかし倒せ。」
短い。
「了解。」
更に短い。
超能力黄帝の仲間と判断してバスター部隊の隊員が誠一郎を生け捕りにするため近寄る。
厳しい訓練を受けたプロの現役軍人で、かつAランクの超能力者だ。
「ほっ」
誠一郎の足払い。
現役軍人の軸足が百八十度回転して足が上に、側頭部が床に叩きつけられる。一撃で失神した。
シーン…
場が凍る。
超能力兵士が十六歳の学生に一蹴された事実に戸惑いが起こる。あとどう見ても民間人なので迷いが加速する。
「捕虜にしろ!」
バスター部隊の隊長が指示を下す。
三名の隊員がコンビネーション良く左右と後方から挟み撃ちにして背後から組み付こうとした。二名が両側から腕をねじりあげて固定し跪かせ、最後の一人が背後から頭を下げさせるポーズを作るためだ。
「よっ」
水面蹴り一周で左右後方の兵士が百八十度回転して失神した。
そこから乱戦になった。
ホウライと誠一郎は背中合わせで戦い、バスター部隊を蹴散らす。
殺すなと言われてたので刀は抜かない。
格闘戦で左手が使えずひたすら邪魔なので学生服用の剣帯を買っておけばよかったと二年間で何度目かわからない後悔をした。
柄頭で攻撃する技法もあったのだが、刀は部品がすぐ痛むのでなるべくやりたくなかった。
しかし手放すなど論外で、刀なしでサイコダイブしたら心の迷宮を突破不能になるので仕方なく握ったまま乱戦に対応した。
強い。
圧倒的に強い。
ホウライは言うまでもなく一騎当千を十倍した万夫不当だが、誠一郎も相当強い。二年間心の迷宮で戦い続けた経験値だ。
心の迷宮で手に入れた道具や装備は現実世界には持ってこれないし、肉体や衣服道具の状態もサイコダイブした当時に戻るので、得られるものは精神的な経験値だけなのだ。
まず立ち回りが上手い。
近場の敵の体を盾にするようにして動き、立ち位置だけで遠距離から攻撃されないようにしている。
接近戦は足払いですっ転ばす。
超能力は発射の予兆を察知して手刀や投げ技で集中を止めて呼吸を乱す。
遠距離から打ち込まれた場合は動体視力と度胸と体術だけで紙一重で避けたり、別の敵を盾にしたり、極微量の超能力障壁を角度よく当ててそらす。
誠一郎は超能力のパワー自体は上位Cランク程度でAランクの軍人たちより低い。
だが、生まれたときから十六年間、さらに心の迷宮で数年分も超能力を行使して習熟している。他の人類が最大で二年分しか習熟できてない現在では圧倒的な差がある。
はたから見ればAランク超能力の電撃や振動弾を羽虫のようにぺしっと叩き落としてるだけに見えるが、完璧なタイミングと完璧な見切ってあってのこと。
スペックに勝る相手を技量だけでギリギリしのいでいる。一手のミスが二十手先の積みになるのを予測して戦いを組み立て、ホウライと並び立つ戦果を見せる。
二年間の心の迷宮では即死級の攻撃しか飛んでこなかったため、いちいち受け止めていては体が保たなかったので見切りと回避が上手になった。
誠一郎はテレポートも使えるが、転移予定先に軍人たちの視線が集中するのを見て早々にテレポート戦闘を諦めた。
体術のみで戦ったほうが軍人たちの隙きをつき、戦闘を続ける事ができる。
「宇宙人は?」
「二年間 高度な隠形状態のままだ。攻撃もできん。だが攻撃もされなかった。」
「そっか。ダイブが中断したから、もう出てきてる。倒せる準備は?」
「万全ではないが、来るならやるしかあるまい。」
「……隼人と剛剣は?」
「今は月だ。タイミングが悪いな。」
「月か。すごいな。何が起こってるんだろう。」
ロシア部隊はコクピットにクーラーが効いていなかったため早々に撤退し、代わりに黒い空中戦艦の外にいた超能力黄帝直属親衛隊がなだれ込んできた。
すでにバスター部隊の隊長は誠一郎が顎を叩いて倒し、副隊長もホウライが腹パンで失神させた所だった。
指揮官を倒されたバスター部隊と、逃げ遅れてた東ドイツ部隊は降伏した。
親衛隊がバスター部隊を足蹴にして捕虜としてまとめていると、親衛隊のひとりがホウライに近づいてきた。
擬態した宇宙人だ。
けろりと親衛隊に混じっていた。顔をコピーしたらしい。
相変わらずアホ毛が長い。戦艦の外まで伸びている。
そして男か女かどっちにもとれる雰囲気をしている。
宇宙人はホウライにさらに近寄る。
状況を把握した誠一郎が宇宙人を止めた。右手で組み付き、顎を掴む。
「おい小日本! 貴様何をしている! 地球一気高く栄光誉れ高い我ら超能力黄帝親衛隊に対してシャオリーペンクイズごときが手を触れるとは万死に値するぞ聞いているのか!」
状況を誤解した親衛隊長が超能力で強化した乗馬鞭を振りかぶって誠一郎を殴りに来た。
頭頂からぶっ叩いて戦艦の床に這いつくばらせるつもりだ。
だが、誠一郎は早口の外国語がわからなかったので鞭を振りかぶった親衛隊長を足払いして追い払った。
ホウライの部下っぽいし、仲間に擬態した宇宙人に騙された素直な女だと推測したので、頭からではなく尻から落ちるように優しく足払いする。
結果、雪肌美人の親衛隊長は派手に尻もちをついてすっころんだ。
思わず周囲の親衛隊が吹き出した。
ちなみに親衛隊は全員が十代から二十代の美少女ぞろいだ。スカートも短い。
親衛隊長ともなればモデルすら凌駕する傾国クラスの美貌である。
だがホウライには性的アピールの一切を無視されている。
「は? 何をした? ころんだ? この親衛隊長が!? 馬鹿な! 暴行だ! ありえない! 許されない! 地球の九割を支配する超能力黄帝の党の親衛隊のそのさらに隊長だぞ私は!? 狭い島国の狭量な罪人がこの高貴で優雅で超能力黄帝の一番の側近であり、もっとも超能力黄帝に近い存在、実質超能力黄帝后候補ともいえる超能力黄帝の党で一番の」
誠一郎は親衛隊長の長広舌を無視した。
「なんだこいつ! 信じられない! いいか、私の父親はあのメイリン一号を作り出した功績も名高い、全国百箇所ある超能力ベイビー製造工場の総責任者の副長だぞ!」
大陸では責任者と肩書をつけると責任を取らなくてはいけないため、実力者は肩書に副をつける。
また、メイリンは少数民族の母親とその管理教育施設の看守の誰かとの間にできた突然変異である。
産み捨てられた廃棄物だったが異常な成長速度のため教育施設の副長が拾い上げ、地域の副市長に献上した。
そこからさらに上位の権力者へ献上を繰り返され、最終的に親衛隊長の父親からホウライに献上されて養子になって今に至る。
最後に献上したため、メイリンを見出した栄誉は親衛隊長の父親のものとなり、その立場の向上に存分に利用されている。
「一日に一万人の超能力ベイビーを製造して選別し、超能力の低いものから切り捨てて一週間以内に廃棄を繰り返し、党内にAランクの超能力者を安定して供給するという国力いや党力の根源! 新時代の最先端! 重要で責任ある革命的ポストだ! もはや党そのものといってもいい! そこの娘である私の鞭を黙って受けるのが貴様の取るべき態度というものだ! いいか反撃するな! よけるな! 動くな! 貴様の親兄弟親類縁者の全員教育施設に送って行方不明にするぞ! それだけではない! 貴様と関係ない観光客だろうが私が命じれば即座に刑務所行きだ! 最低十年だぞ! 私をケチな城管と一緒だと思うな! 私は新しい時代の新しい支配者だ! やると言ったらやる! いいか理解できたか! 黙って私の鞭を受ける。それが貴様の立場というものだ! それが正しい関係だ! 家格の違いだ! わかったら」
再度の足払い。
親衛隊長は顔面から床に突っ込んでツルツルの床面と激突した。
家ごと召し抱えた専門のスタイリストたちによってホワイトニングされた国宝的な美顔の前歯が無残に折れる。折れた歯が突き刺さった唇から血が出る。
誠一郎の師匠いわく、人間は呼吸とまばたきをする動物なので意識の隙間や何も見えていない時間が必ず存在する。それを観察して相手の歩きだすタイミングでこちらの足を滑り込ませれば簡単にすっ転ぶ。
誠一郎も修行時代に散々やられた。
親衛隊長はとても賢いため、二回もすっ転べば十分理解した。
目の前の誠一郎がどんな化物か察することができた。
「超能力黄帝陛下! どうぞこの……この……不逞な小日本に凌遅を! こいつは私を殴って歯を折りました! あと親衛隊を掴んでる! 女の敵! 暴力男! 殴られた! 許せない! 親衛隊たち国家を歌いなさい! キャー!! 人民がいじめられてる! 祖国助けて! 強い祖国! 集まれ同胞! さあ国歌斉唱! 私の覚悟の絶大さを示すためにこの訴えはライブカメラでSNSに配信して拡散する! さあ! さあさあ!」
親衛隊長は超能力黄帝に対し、下手人の誠一郎を三千の肉片にじっくり切り分ける厳罰を与えるよう直訴を言上する。
党でも有数の権力者の娘であり、親衛隊の隊長である美女の涙ながらの革新的配信おねだりだ。
一切を聞いてない誠一郎はホウライを見た。
やるぞ、と。
ホウライは頷いた。
やれ。
まだ人類が宇宙人と交戦する準備はしきれていない。ゆえにホウライは、二回目のサイコダイブを仕掛けようとする誠一郎を止めなかった。
「また俺と来てもらう……って、なんだ?」
その言葉を最後に誠一郎が現世から消失。
人生終了した。
二年間心の迷宮に挑んで宇宙人を食い止めていた報酬はなく、怪しまれて殴られるだけの最後だった。
宇宙人はニヤリと笑う。
誠一郎が消えたのを見て直訴してた親衛隊長が機嫌を直していいねを押す。
「貴様、何をした?なぜ動ける?」
「テレパシーの門を一時的に開いて、サイコダイバーを宇宙SNSに送り込んだ。もうこの宇宙には戻れない。」
奇策は二度も通じなかった。対策されていた。
自分の精神にサイコダイブされる前に、強力な別ルートを開けておいて誠一郎のダイブをそちらへ誘導したのだ。
宇宙SNSは精神的進化の終着点。誠一郎の精神は開いた門に引き寄せられて吸い込まれ、進化のショートカットに落ちて外宇宙に転がり出てしまった。
これで、宇宙人の動きを止める方策は尽きた。
二年前あの夜に初手を担当した誠一郎の長い戦いがいま終わった。
二番手の隼人も三番手の剛剣もこの場にはいない。
次はホウライの番だ。
超能力黄帝が構える。
宇宙人との本気戦闘。大地に立っていない分、かなり不利だ。
ホウライの踏み込み一つで黒い空中戦艦が真っ二つに折れて海に落ちる光景が容易に想像できる。
そこでホウライは違和感を覚えた。この周囲には人類がいくらでもいる。
バスター部隊、東ドイツ部隊、親衛隊。
しかし宇宙人は何もしていない。
「……なぜ、周囲の人間を吸収しない?知識の更新をしない?」
「必要がない。」
宇宙人はちょきんと自らアホ毛を切断した。
ホウライが驚愕する。アイヤー、と叫んだ。
親衛隊長は初めて見る超能力黄帝の驚き顔を撮影していなかったことを悔やんだ。
その写真一枚をつぶやくだけで人類最大五百万RTを達成し、お気に入り百万回、フォロワー十万人は軽くは増えてたはず。
それを逃した悔しさに耐えられなかったので親衛隊に擬態した宇宙人に近寄ってもう一度超能力黄帝を驚かせろとスマホを構えて命令した。
宇宙人はにょろんと腕を伸ばし、ホウライを掴んであの言葉を唱えた。
「サ イ コ ダ イ ヴ。」
その瞬間、ホウライは精神世界に侵入してきた宇宙人に対し心の迷宮を展開して戦うことを強制され、動きを封じられ………………なかった。
親衛隊長を身代わりにした。
伝統と信頼と実績の人肉バリアーである。
宇宙人は現実から消失。
親衛隊長は黒い空中戦艦のコクピットに倒れ込み、親衛隊の隊員がいくら呼びかけても目覚めなかった。
寝ている。
あやうく一瞬で勝負がつく所だった。
ホウライは危機一髪で難を逃れた。
いつ親衛隊長の心の迷宮をクリアして宇宙人が出てくるかわかったものではなかったので、眠った親衛隊長を厳重に隔離しておくよう指示しておく。
何人かの親衛隊員が親衛隊長を担いでコクピットから出ていった。
次に、親衛隊からの報告とバスター部隊隊長への尋問により支配地域の全土で超能力黄帝に対する抗議デモが起こっている事を知った。
これも剛剣の仕込みである。
黒い空中戦艦から急いで脱出して本国に戻ろうとしたホウライは、宇宙人との戦いがまだ終わっていないことを思い知らされる。
そもそも、誠一郎がサイコダイブ中断して現実に戻ってきた時点で宇宙人もフリーになっているのだ。
地球の周囲には『地球環』が再出現していた。
全人類が宇宙人と向き合うべきときが訪れた。