12 超能力黄帝
超能力黄帝ホウライ。
三人目のSランクの名前である。
超能力黄帝は侠の漢とされる。
ある日突然人里に現れたホウライは、農村戸籍も都市戸籍もなかった。
ゆえに黒孩子と呼ばれてサソリの串焼き屋台の下働きにさせられた。ホウライを見つけた第一町人が串焼き屋台に口入れして口入れ料を受け取ったともいう。
ホウライの賃金はとても安かった。日当千六百円。
働き出したその日のうちに、城管を叩きのめした。
城管とは、城(都市のこと)の美観を清潔に維持する公務員だ。
農村部からの労働力の流入により、都市部の風紀が乱れ路上駐車の増加、無許可違法露店の増加、ゴミ増加による環境汚染や公害が表面化したためその対策として設立された役職である。
主に道路を塞ぐ違法駐車や歩道を塞ぐ違法屋台などを取り締まる職務だ。
ホウライが城管を叩きのめした理由は、屋台で販売しているサソリ串を場所代と称して持ち去り、金を払わなかったからである。
サソリはクモの仲間なので甲羅は柔らかく、串焼きはおいしい。
役所に販売許可を申請し露店の場所代を払うのは当然である。だが、許可を得た場所で屋台を出したとしても城管が前を通るたびに場所代を徴収するのもまた当然。いわゆる挨拶料、ショバ代、みかじめ料である。
ホウライに代金を要求された城管は怒り狂って責任者である屋台の親父を棍棒で何発も殴っておかみを乗馬鞭という凶器で鞭打ちし屋台の秤を没収して質屋に転売しようとした。秤は軽くて手頃な金目のもののため頻繁に没収されて城管の小遣いになる。
なんという無法。いや、権力者なので合法。
ホウライは城管を叩きのめした。
武侠。
それは権力の圧政に泣く民衆に変わり立ち向かう者。
城管はすぐに仲間を三十人ほど引き連れてきた。
大型ハンマーやスコップ、車のジャッキで武装し、超能力で空を飛び、屋根を飛び越える。超能力で筋肉を数倍に膨れ上がらせ、人を殴ることに特化した逞しく荒々しい武装超能力集団だ。城管とは民衆に対する恐怖と暴力の具現。圧政の代名詞なのである。
しかも専属のライブカメラ配信チャンネルも持っている。城管に逆らうものを配信し、人肉検索して実家を調べ、家族親類縁者を国家総出で村八分にするのである。 人肉検索とは、インターネットコミュニティ上において利用者が力を合わせて晒された対象の過去を調べることを指す。
ホウライはその全員を叩きのめした。厄介なライブカメラは道具を目覚めさせる能力を逆に使い、朽ちさせた。その結果、一枚の映像すら流出しなかった。
なお武侠。
次は軍隊がやってきた。
実は城管とは当局に楯突く不穏分子の炙り出しも兼ねている。城管に徹底抗戦するもの、すなわち国家転覆をはかある凶悪なテロリスト決定なのだ。即座に軍隊が殲滅に乗り出す。
もちろんホウライは軍隊も全員叩きのめした。
さらに武侠。
ホウライはついに、沿岸部の都市からゴミの巨人を回避して奥地に拠点を移していた国家首脳部へ殴り込んだ。
最初は侮られ、次に怪訝に思われ、最後には死に物狂いで向かって来た軍隊を左手の大陸拳で吹き飛ばし、右手の大陸拳(掌底)で叩き潰す。
フットスタンプ一撃で地盤をひっくり返し、戦車の隊列を土中に埋める。廬山が砕け散り、黄河が逆流する。
飛来するミサイルが手刀で切り裂かれ、急造の超能力部隊が壊滅した。
まさに武侠。
首脳部は亡命した。
その日のうちにホウライは国家元首に相当する地位になってしまった。
超能力黄帝が誕生した。
ホウライは俗世の権力に不慣れなため、国家の体制は手を付けずそのままにした。
歴史は繰り返すため、亡命政権が台湾島に増えた。
転覆した政権は悪となり新しい政権は常に正しいとされる。ここの人々は新しいもの好きなのだ。
ホウライは目的のために教育や出産の関係で指示を出したが、詳しい内容は省略する。
そして東南アジアや中央アジア、中東、ロシア、アフリカ全土、トルコ、バルカン半島、ドイツの半分、最後にインド亜大陸を支配下に加えた。
国民は我が世の春とばかりに盛り上がっている。
ホウライは静かに教育に力を入れ、宇宙人との戦いに備えていた。
全人類を鍛えるという目標はまだまだ遠かった。
隼人と剛剣が月へ向かった直後。
大西洋、アフリカ大陸と南アメリカ大陸の間でどこの国のものでもない正体不明の黒い空中戦艦が海底から浮上した
巨大な戦艦が宙に浮くとは超能力が一般化した世界でも異常事態である。
すぐさま各国から調査隊が派遣された。
超能力黄帝も先陣を切って調査に向かった。鍛え上げた超能力軍隊、超能力黄帝直属親衛隊ももちろん同行する。
増援としてやって来たロシアや東ドイツのチームも加え、大部隊で黒い空中戦艦を制圧する。
内部には誰もおらず、オートパイロットで浮上していた。
コクピットのような場所を見つけて計器を調べている途中、アメリカEU連合の超能力部隊がやって来た。
その名も『バスター部隊』
「超能力黄帝。国連からの命令により、あなたを拘束するわ。」
バスター部隊の隊長が宣言する。栗色の長髪の美女だ。バスター部隊の副隊長も金髪碧眼ボブカットの美女で、あとは覆面をした男性隊員である。
「二年前の震災を貴方が引き起こしたという真実を全世界が知ったわ。」
スマホを掲げると動画が流れていた。
有名なサイコメトラーユーチューバーが有志数人と共同で渤海海底に潜り込んでホウライが地震を起こした現場をサイコメトったのだ。
とんでもないスキャンダルである。
もちろん剛剣が裏で手を回している。ホウライの拘束指示もそうだ。表向きは国連の決定である。
「もう、故国に貴方の居場所なんてないわよ。」
超能力黄帝の護衛としてやって来ていたロシア部隊の隊長がホウライに銃を向ける。銀髪ポニーテールの美女だ。
同じく東ドイツ部隊も銃を向けた。金髪メッシュの美女だ。
ちなみに超能力の一般化した世界であるが銃はまだ現役だ。超能力で強化した銃のほうが火の玉を放つより優れる場合が多い。
「ゴミの巨人の出現も超能力黄帝の仕業じゃないかって疑いも出てるわ。」
こっちは冤罪だが、震災→超能力覚醒→ゴミの巨人という出来事が数日のうちに一気に起こったので誰もが関連を予想してしまっている。
「貴方がゴミの巨人を討伐したのもマッチポンプってね。」
ホウライは東南アジア諸国をゴミの巨人の驚異から守るためにAランクチームを何組も派遣し、人類の生存圏を奪い返していた。
見方を変えれば自作自演と受け取れる。
「抵抗は無意味です。この状況はすべての国家に中継されています。」
ホウライは左手を握って右手で手刀を形作った。いつものファイティングスタイル。
バスター部隊とロシア部隊の隊員が動画を撮影していた。ライブ配信だ。この場に全世界の視線が集まっている。
道具を目覚めさせる能力を逆転させて朽ちさせようにも、遅すぎた。
万事休すか。
ふいに、コクピットの計器が点滅しだした。
各国の部隊がざわつく。
部屋の隅にあったステージのような部分がせり上がり、光が収束する。
発光は数秒で収まると、ステージの上には詰め襟の学生服を着用し日本刀を所持した少年が現れた。
結城誠一郎、二年ぶりの帰還。
外見は二年前と変わらず。十六歳のままだった。十八歳になった隼人とは二歳の差が開いた。
詰め襟も刀も傷一つない。タイムスリップでもしてきたかのようだ。
バスター部隊が銃器を向ける。ライブカメラが集中する。誠一郎は抜き身の刀を左手の鞘に収めた。
「お米と味噌汁! 食べたいな。」
あっ、そう……。