11 勇者再臨
坂神剛剣は語る。
「野村隼人は、異世界から来た勇者です。」
「彼は高校に入る以前の記録が存在していません。住んでたアパートは家具がほとんどなくがらんどうで一年分の家賃が前払いしてあり、また、親兄弟親類なし。」
「あの性格と言動で鮮烈な高校デビューをしました。そして一気に番長と呼ばれるようになりましたが、同時にすごく浮いてました。」
「ちなみに私の母校です。」
「知り合いに頼んで本人に探りを入れたことがありますが、高校に入る以前の記憶はかなり曖昧でした。」
「田舎で祖父母と暮らしていたとか。ただし祖父母の名前どころか顔も覚えていません。その家の住所も田舎の市町村名も不明。」
「明らかに異常です。」
「そして、頭の傷。恐怖を感じないほどの度胸。」
「これらのことから、異世界からやって来た勇者だと推測できます。」
「まぁ嘘ですけど。」
「本当は川から流れてきた桃から生まれて、仮初めの祖父母に育てられ……」
野村隼人の経歴は本当に謎である。
世界で三人のSランクの一人。最年少。未成年。当然誰もが経歴を気にする。出身は?地元どこ?親の仕事は?兄弟いるの?
答えられない。
本人も知らないし知ってる大人もいない。
坂神剛剣は誰かに隼人の素性を知っているかと聞かれるたびに、野村隼人異世界召喚勇者説、野村隼人桃太郎説、野村隼人竹取姫説、野村隼人垢太郎説などなど煙に巻いてごまかしてきた。
だが、それも終わりにしよう。
月面の地下、古代人の基地。
隼人と剛剣の二人はテレポートで月に飛び、四時間程度の捜索で古代人の基地を探し当てた。
入り口は埋まっているのか見つからなかったので、クレーターの底から岩盤を掘り進んで道を作る。
剛剣はいつもの鉄パイプ二刀流で太鼓でも叩くようにハイスピードで岩盤を粉砕した。
この鉄パイプは二年前から超能力を注ぎ込み続けて強化した地球で最も強い鉄パイプだ。
Sランクが二年の歳月をかけて強化した武器は他に隼人のベスパくらいしかない。
三人目のSランクである超能力黄帝は武器を使わないタイプだった。
岩盤を貫き、基地へ侵入した。
中は地球の文明と似通った未来的な建造物で、地球と同じ濃度の空気も存在していた。
狭い通路を隼人と剛剣の二人は並んで歩いていた。
隼人の武器であり足であるベスパは入り口に置いてきている。多分深いことは考えずに建物内に入るので置いてきただけだ。剛剣は特に何も言わなかった。
二人は物怖じせず進む。ずんずん進む。学校の廊下を歩くように無警戒に進む。
普通、敵の本拠地に踏み込むときは、警戒しつつ、不意打ちされたり罠に引っかからないように注意しながら作戦行動を展開するものだ。
だが、Sランク超能力に自信があるため……いや、違う。
この二人は純粋にそういう警戒とかとは無縁なのだ。
なにしろ両名とも、恐怖を感じる部分がぶっ壊れているからである。
「高崎姫という名前をご存知ですか?」
剛剣が隼人に問いかける。
「知らねぇな。」
本当に知らないといった風情だ。
「関東にある旧い組織の長の娘でした。今では組織は解散して長も死に、その娘だけですけど。最近、仲良くなりました。」
胡乱そうな目つきで剛剣を見る。口調から軟派な気配がした。硬派とはソリが合わない。
「なんか関係あんのか?」
「地上だと盗聴されてるので、ここは都合がいいんです。」
剛剣からのテレパシーは隼人が嫌がるし、テレパシーも電話並みに常時盗聴されている。
「続き。」
歩きながら促す。
「その組織は暗殺の元締めみたいな商売をしていました。暗殺と言っても、一見そうとはわからないまわりくどく手の込んだ方法でいろいろやってくるんです。そして、想像もつかないくらい奇抜な暗殺者を何人も育ててました。」
「へえ。」
「私はその組織から暗殺のターゲットにされていました。実家の都合で敵対していたとも言います。」
「……仲良くなったって、そういうことか。」
組織間抗争の手打ちをしたと解釈した。
実際は残党を屈服させたわけだが。
「隼人、君は私を殺すためだけに育てられた暗殺者です。」
衝撃の事実。
「そうか。」
だが隼人は平然としている。まるで道を歩きながらたわいのない雑談をしているかのようだ。ただ、隼人が生真面目すぎるため談笑の要素だけはない。
「俺はお前が気に入らねぇ。いつか潰す。だが二年前の喧嘩はホウライがずっと預かってる。だからホウライの男を立て、潰すのを待ってやってる。」
チキンレースは終わっていない。今もずっと。隼人の中では剛剣とはいまだに戦闘中なのだ。
「君に暗殺を刷り込んだ組織はもうありません。どこからか連れてきた子供の脳を改造し、記憶を奪い洗脳し、人殺しの命令を刻みつけて、私のOB校に入学させて鉄砲玉にした組織は。」
剛剣が隼人と出会ったのはOB会の帰り道だ。それすら計算されていたのだろう。
「君は解放されていいんです。」
「俺はテメエが気に入らねぇ。それだけだ。」
「その理由は刷り込みです。我々は世界に三人だけのSランク。こんな理由で内紛して潰し合って数を減らすのは損失です。人類に対する裏切りです。」
「なんか気に入らねぇ。俺にはそれで十分だ。男がそう決めたんだから、腹くくれ。」
隼人は剛剣の心にもない白々しい言葉を責めることはなく、自分の意思であることを強調した。
通路が終わった。
広い部屋に出る。暗い。
なにか大きな生き物がうごめいていた。
古代人だ。大きい。二十メートル以上ある。翼のある肉塊。表面に二つ、古代人の顔が浮かんでいた。
「調子はどうですか?」
剛剣が軽い口調で問いかける。
『すべて順調だ……サイコダイバーは帰還し、『地球環』と宇宙人が再出現した。』
隼人は右手を振り上げ、ありったけの超能力でエネルギー衝撃波を放つ。狙いはもちろん剛剣の顔面。殴る。とにかく殴る。
剛剣は鉄パイプを交差し受けた。防御に弾かれ四散した衝撃波が月の地下を揺るがす。
「猫もナード忍者もテメェの仕込みだってのはわかってた。よく二年も保ったよ。」
「そうですか。勘が鋭い。さすがです。直感だけで生きてるだけはありますね。」
隼人は剛剣の異常さがわかっていた。
危険を楽しむ腐った性根。人を人とも思っていない鬼畜外道ぶり。出会ったときから鼻が曲がりそうだった。
ホウライは悟りを開いていたから善も悪も人間の一面と受け入れていた。
誠一郎はわかった上で気にしていなかった。剛剣が粗相をしでかしたら、首をはねて晒して、自分は切腹して責任を取るというちょっと物騒な覚悟をキメてた程度だ。誠一郎にとってはいつものことである。
隼人は剛剣の人類滅亡の計画を直感で見抜いて、この日が来ることをずっと予感していた。
「それで、宇宙人をぶっ殺せる勝算はどれ位だ?」
「そうですね。いいとこ一割です。」
ホウライ、誠一郎、隼人、剛剣の四人はあの夜に仲間になった。その目的は宇宙人を殺すこと。
だが、目的に対する考え方や、やり方は四人とも違っていた。
「地上にいるホウライと誠一郎が初手を誤ればあっさり人類は全滅するでしょう。」
「それは奴らがうまくやる。」
「そうですね。彼らならきっと……」
超能力の火花が散る。
剛剣は信じきれてなかった。隼人は疑いもしなかった。
「君を殺して地球に戻って宇宙人と戦うことで人類の数を減らし、最後に両方を滅ぼします。」
「させねぇよ。テメェを潰して地球に戻って宇宙人を追い返す。」
月の地下基地で隼人対剛剣、勇者対魔王、二年越しの戦闘再開。
戦いを預かって二人の対決を止めていたホウライはそのころ、地上での戦いで手一杯だった。