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01 真人

 渤海ぼっかい


 遼東半島と山東半島に囲まれた湾状の海域である。大陸からは黄河が流れ込み、渤海の南東には黄海が広がる。


 その渤海の海底に山があった。


 海の底にそびえる山。


 仙人が住むとされる、蓬莱山。


 山の中に巨大な空洞が存在した。


 内部は空気と光で溢れ、床を埋め尽くすほどの蓮の花が咲き、数々の仙木が自生するまさに仙郷楽土せんきょうらくどといった風情である。


 ここは仙人になるための修行場、その最高峰とされる聖地だった。


 その蓬来山の中央部分に、名前なまえてたおとこ結跏趺坐けっかふざの姿勢で瞑想めいそうを続けていた。


 痩せこけた風貌に白髪、古めかしい道士服どうしふくに身を包んだ修行者しゅぎょうしゃである。


 数百年にわたる近い長い長い瞑想のすえ、やがて男は羽化昇天うかしょうてんを果たし、道士どうしから真人しんじんへと肉体の内面を進化させた。


 羽化昇天とは人間が仙人になること。


 真人しんじんとは、仙人の別名。道教という古い教えで説かれる究極の力を持った理想の人類のことである。




 真人の外見は、人間そのままである。


 しかし体の内側は足の指先から頭の天辺まで順番に数千、数万、数億、数十億年分を遥かに超える進化――さなぎの内側のように原初の混沌に戻り、より優れた骨と血と肉に再構成することを繰り返し、全身を何度も更新していき瞑想のうちに一足飛びに進化を進めていった。


 海底にある蓬莱山は外界の邪念が海水と結界により遮断され、常に清浄な空気が供給されている。


 さらに天地自然のことわりを重視した瞑想を助ける数百を超えるシステムが備え付けられ、修行をサポートしていた。


 男の目が開く。


 左目は黒い瞳だ。


 しかし右目がネコ科の獣のように黄色く輝く。


 晴天の真昼のように明るい蓬来山特設修行ルーム『黄龍洞』の光を反射した。



 はるか昔、まだ若く幼い駆け出しだったころ。

 

 獰猛で巨大な人食い虎と戦ったときに爪で抉られて奪われた右目。


 それからだ。人食い虎との因縁がはじまったのは。


 人を喰い、知恵をつけ、山や森どころが人里にすら潜み、被害者の死霊をも操る。


 修業を重ねた。


 右目を奪われ、友を喰われた憎き敵たる虎と戦った。


 行く先々で出会った。いつしか少年は青年になり、虎は知恵を深めた老虎となった。


 血と汗と泥と涙に満ちた記憶。


 長きにわたる死闘のすえに打ち倒し、逆に奪った虎の瞳。――サイズが違ったので喰って飲み込み、右目を再生させたら虎の目が生えた。


 それ以後、虎の右目は男のトレードマークだった。


 だが、それが進化の最後の障害になっていた。


 人間の進化の果てに行き着くにはどうしてもをそれを捨てないといけない。


 再び目を閉じ、瞑想。


 百年、二百年と経過する。


 そして次に開いた時には右目も人間の眼に戻っていた。


 左目と同じ黒い瞳。


 ペッ、と、かつて飲み込んだ虎の眼を吐き出す。


 男を取り囲むように咲いていた巨大な蓮に当たって跳ね返り、大きな葉の上に落ちた。


 しばらく男を見つめていた瞳は、やがて煙となって消滅した。


 この虎の眼は男の敗北と復讐、勝利と征服を象徴する人生の縮図だった。


 いったんは飲み込み、己の力となした過去から決別する。


 まさしく羽化昇天。


 人が仙人……真なる人、完璧な存在、タオの体現者たる真人へと至った瞬間。


 人という蛹を突き破り、天にも登るたとえだ。


 二〇一八年六月。


 人類史上、最初で最後の真人が誕生した。



 男の意識は広がった。


 ひたすらに広がった。


 地球全土を包み、月にまで広がり、太陽まで届く――かに見えたが、水星の公転軌道で見えない壁に阻まれた。むしろ積極的に弾かれた。


 一瞬で広がった意識が肉体へと収束して戻る。


「いまのは……ちからの壁?」


 目を見開き、何に衝突したのか探ろうとした。


 まさにその時、はるか海の底にある蓬莱山内部に電光のような疾さで侵入する人影があった。


 侵入者は矢のような速度で海面に飛び込み、一気に海中を突き抜け、やすやすと蓬来山の門と結界を突破し、真人に羽化した男の眼の前にやってくる。


 蓬莱山は仙人を目指す道士の修行場としては最も神聖な場所であり、無断侵入は認められていない。


 しかし、時代の流れとともに道士たちは一人また一人と絶滅し、蓬莱山には最後の一人がいるのみであった。


「ここは仙道の修行場。禁足地なり。だが、貴様は何だ。人ではない。地上の妖怪や怪物でもあるまい。」


「僕は太陽と地球を作ったもの。すなわち太陽系の生みの親だ。」


 侵入者は答える。


 その容姿はどこにでもいる少年少女のようだった。


 ひとつ特徴を上げるとすれば、普通では目に見えないような細さの尻尾もしくはアホ毛が頭頂から伸びていることだろうか。


 ナノ繊維より細く海底ケーブルより長い糸は蓬莱山を出て海面を突き抜け、地上、更にはその先まで続いていた。


「おめでとう人類。君たちは肉体的進化の果てにたどり着いた。この先に道はなく、また必要ない。」


「あの壁は貴様か。宇宙人というやつだな。」


 水星公転軌道でぶつかった見えない力の壁、その正体を見た。


 それは宇宙人。


「言いたいことはそれだけか。宇宙人。」


「到達した君には、人類の文明全てとともに宇宙の中心を目指してもらう。なぜならば、不老不死の存在は生き続けるが故に宇宙が収束するときまでに中心部へ赴き、そこに集うすべての不老不死存在たちと力を束ねて次につながるビッグバンを起こさねばならない。」


「それは宇宙人の……貴様ら地球外知的生命体のルールか?」


「宇宙に住まう知的生物の寄り合い……人類の言葉で言うならば町内会、宇宙町内会の決まりだよルーキー。宇宙回覧板をまわそうか?」


「そういうものか。だが回覧板は要らぬ。」


 真人は立ち上がった。


「不老不死を求めた理由は、この人間の生きる世界の終末を見届ける事。それのみが我が望み。」


 左手を握る。拳を作る。


「世界の真実が、不老不死が、新しき宇宙の創生を繰り返すことが、不老不死の役割ならば、とんだ考え違いだった。」


 右手は握らない。手刀あるいは掌底。そう決めている。


「この憤り、貴様にぶつけるとしよう。この場でむごたらしく死ね。」


 真人は宇宙人を殺すことにした。


 八つ当たりである。


「大地の重さを足から吸い上げ、体内の気を練り上げて威力に変えて放つ。名付けて大陸拳!」


 あらゆる拳法を極めた肉体から山脈すら爆砕する不可視のエネルギー衝撃拳が放たれる。


 蓬莱山が鳴動し、大気が震えた。放たれた気功で蓬来山の内壁に穴が空き、吹き出した余波で海が渦巻く。


 ズギュン!


 宇宙人は刺胞動物が棘を発射するがごとき速度で瞬時に撤退した。


 アホ毛に吸い込まれるように肉体が後退していき蓬莱山の門をするりと抜け出て海をあがる。


 海面を突き破り、空へと引っ張り上がった。


「宇宙へ逃げたか。ならば追うまで。」


 真人は馬歩マーブーの構えをとり足の裏で地面を踏みつけた。


「ふんっ!」


 足が沈み、巨大なクレーターが発生する。


 蓬来山の床がひび割れて粉砕し、衝撃が床だけでなく壁や天井を駆け抜けて仙人たちの修行場が内側から木っ端微塵に砕け散る。


 地球が飛び跳ねた様な衝撃。


 床だけではない。その下にあった地球の大陸プレートが歪む。


 マグニチュード十を超える驚天動地の激震が渤海を起点に地球全土を駆け抜け、振動の波が地球の表面を伝達していき裏側で集まって跳ね返る。


 再度の炸裂。


 その勢いで真人は蓬莱山の天井を突き破り、海面を割って成層圏越えて宇宙まで飛び出す。


 仙人の聖地であった蓬莱山は巨大隕石が衝突したかのような巨大クレーターの底に沈み、天井には大穴が空いて結界を失い、流れ込んできた海水により破壊され尽くして廃墟とかした。

 

 飛び上がりながら海中、地上、上空、宇宙を目視で探したものの先程の人間サイズの宇宙人の姿は見えない。


 見失った?


 いや、逆だ。


 大きすぎてすぐには気が付かない。


 見慣れないものがそこにあった。


 土星の輪ような三重のリングだ。それが地球を取り巻いていた。


 その環が、宇宙人そのものだった。


 でかい。


 凄まじく大きい。


 環の終端からナノ繊維のような細い細いアホ毛を伸ばして地表に人間サイズの宇宙人を降ろしていたのだ。


 今はアホ毛に吸い込まれて環と一体化している。


 スケールの大きさにしばし絶句した。



 ふと、視線を感じて水星公転軌道にあった見えない力の壁を一瞥する。


 真人はとあることに気がついた。星が一つ多い。


 地球の十五倍の大きさの暗い惑星が水星公転軌道に出現していた。


 急に現れたわけではなく、人類のこれまでの観測技術……光や電波や赤外線から隠れていた宇宙人が真人の羽化昇天を機に人類の前に姿を現したのだ。



 夜空の星はほぼ全て太陽と同じで自ら光る恒星である(クェーサーとかもあるが省略)。


 燃えてるから明るい。


 何億年もかけて地球に光が届く。


 燃えないで光る星は水星や金星等の太陽系にある地球から距離の近い惑星。


 自ら光らず、太陽の光を反射するので地球からは明るく見える。


 燃えていないけど明るい。


 宇宙人はそのどれでもない。


 太陽の光を吸い込んで暗い。


 肉眼で捉えることは不可能。


 真人は意識を感じる事ができるために気がついた。


 それはずっと昔からそこにいたのだろう。


 だが、未知の進んだ科学技術をもって人類からその存在を隠蔽していた。


 重力すら操作する科学的隠形だ。


「あそこから腕を伸ばしていたのか。」


 腕とは地球を取り巻く三重の環。


 そして蓬莱山で出会った宇宙人のことだ。


 人間の形をした宇宙人は、伸ばした手の指先の先端だったのだ。


「何という長い腕だ。」


 水星公転軌道からにょろんと伸ばした宇宙人の腕は、土星の輪のように地球を三周していた。


 こちらもずっと以前から配置されていたのだろう。そして隠形が解けて姿を現した。



 今現在、地球では天を指差し大騒ぎだ。


 地球を取り囲む輪は太陽光を反射して輝くため地表からとてもよく見える。


 赤道あたりでは細い線だが、緯度によっては見上げる空の半分以上を白い輝きで覆い尽くす。


 重力や光すら操作して隠していたのか、はたまた次元の違う外側にあったのか。霊的世界に沈めていたのが浮上したのか。


 本体と同じなら太陽光を吸収するため暗いはずだが、威嚇行為か戦闘モードなのか宇宙人の腕は光を反射して輝いていた。


 そのため非常に明るい。


 敵の大きさを知った。宇宙まで飛んだ成果はあった。


「宇宙人……技術もさることながら、とてつもない大きさの恐怖と暴力の具現だな。対抗手段を探さねばならん。太陽を掌握すれば攻撃力は何とかなるだろうが力の壁が邪魔だ。」


 単独で太陽に向かっても壁に跳ね返されるだけだろう。


 このまま宇宙を横断するには準備が足りない。


 真人は静止軌道にあった人工衛星を蹴ってその反動で地上に戻った。


 宇宙空間も大気圏突入も真人ならば問題ない。


 地表へ落ちながら、地球から放たれる霊的な自然の気配があきらかに変わったことに気がつく。


「――む、天地自然が流れを変えた?」


 地球へと向かい大気圏を落下する真人の前に、地球そのものが少女の幻像を生み出しイメージとして現れた。


「今度は誰だ……いや、知っている。おぬしが誰だか誰もが知っている。そう、地球アースよ。」


【第五世代の肉体的進化の終着を確認しました。車輪の定めに従い、残りの第五世代を精神的進化へ移行させます。】


 幻像の少女アースは、それだけ語ると消滅した。大気圏に突入し、摩擦で赤く染まる視界に映るのは青い星の地球だけになる。


「唯一絶対たる仙人の完成形、不老不死の真人が羽化昇天し、肉体が進化の終局へと至ったがゆえ、残りの人類は霊的精神的な進化へと舵をきったか。」


 残りの人類は役目を失って消滅するというわけではなかった。


 別の進化をしてゆくらしい。


『許さぬ……それは絶対に許さぬ。』


 全天が震える。


 太陽系が震撼した。


 宇宙空間に怒りの波動がほとばしる。


 はるか彼方、一億五千万キロ先の水星公転軌道にいる宇宙人の本体と、地球を取り囲んですぐそばにいる宇宙人の腕が、人類を終わらせることを決定した。


「そうか。」


 真人は超感覚でそれを知る。


 これまでは真人と宇宙人の一対一戦いだった。


 仕事を押し付けられて拒否をした真人は戦う理由があった。


 だが人類はまったく関係がなかった。


 しかし、ここからは……全人類と宇宙人の戦いにシフトした。


「人類の存続を賭けた戦いになるな。」


 ゴングが鳴ったことを知る人類はまだ誰もいなかった。 


 真人は、人類を鍛え上げて共に宇宙人と戦うことを決意した。


 あてはある。


 宇宙に飛び上がりながら、すでに協力者の目星はつけていた。

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