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「ガウガウッ!」
「ふむふむ」
「がうがう、ガガゥッ!」
「なるほどなるほど…」
「主人さまー、どうですかー?」
俺が名前の通り黒い虎となってしまった黒虎と話をしていると、ことほぎが宙にティーセットを浮かべながらこちらへと向かってくる。ティーセットの少し後ろには小さい食パンみたいな形をしたお菓子っぽいやつが浮いている。確か、バウンド?パウンド??ケーキだったかな?
それらをあらかじめ外に移動させてあった温室のテーブルと椅子に手際よく並べていく。それぞれがひとりでに動いているように見えるその様子はまるでケダモノと美女のアニメのワンシーンのようだ。
「何となくわかったような分からないような…」
「ガゥ…」
そう答える俺とその答えを聞いてしょんぼりする黒虎。
話していたのは黒虎がおかしくなった時の事なのだが、言葉が分からないため、yes/no方式で答えを聞いたり、黒虎が口に棒を咥えて地面に絵を書くという方法を取っている。
最初はこちらの言葉が通じるという事で文字を書いてもらったのだが、残念な事に俺の知っている文字ではなかったので解読出来なかった。ことほぎも同様で日本語しか分からないらしい。
なによりこの会話で絶望的に壊滅的になのは黒虎に絵心が全くないことだ。
よく分からない3本の長い棒線の周りに丸が沢山描かれてたと思ったら真ん中の棒線にも丸が描かれている。
その丸から矢印と思しきものがそれを書いている様子を見ている俺を指し示すように伸びている。
ちなみにこの会話で訳で役に立たなそうになかったことほぎは黒虎との戦いで荒れた部屋を修復する作業&おやつの準備をしていた。たとえ摩訶不思議な身体構造を持つことほぎでも金槌などでDIYしたりする事は難しいとの事で、曰く‘魔法の力’で壁の爪跡やロッキングチェアを元通りにし、おやつを作成するとの事だった。
黒虎と話をする前にチラッとその作業を見たが、雑巾やはたきを使って破損部分を拭いたり叩いたりする事でその部分が逆再生のように元に戻るという意味わからん事が起こっていた。
おやつはどのようにして作ったかは見ていないので分からない。多分、同じような感じなんだろう。
ことほぎと俺は椅子、黒虎はそのまま地面で用意されたティーセットを頂戴する。
と言っても俺はまだ飲食できないので香りだけだが。
二人がそれぞれティーやケーキを食しているのを傍目にしながらとある物が目に入る。
アレから黒虎が出てきた時にことほぎがガラスを破って出てきた窓だ。あそこだけまだ修復されておらず、カーテンが風に吹かれて外へとたなびいている。
「なぁ、あの窓は直せなかったのか?」
器用に椅子に座り、いつの間にか片眼鏡を装着し前足でティーを優雅に飲んでいることほぎにそう尋ねる。
「……」
俺の質問が聞こえなかったのかティーの香りを楽しむそぶりをし、再びカップに口をつける。
「なぁ…」
もう一度質問をする為に口を開くと今度はカップをテーブルに置き、前足を口の前に持っていく。その様はまるで「シーッ」と静かにする様に窘める仕草をしているみたいだ。と言うか、多分絶対そうだ。
イラッとしたが態度に出すのも大人気ないのでその先の行動を待つ。
ことほぎはやれやれと言った感じで深くため息をつき(深呼吸ではなく)、口を開く。
「せっかく人が優雅な時間を過ごしているというのになんと無粋な事を聞くのでしょうか。そもそも…い、痛いですー!!」
大人気ないと思う必要はなかったな。
感情の赴くままにアイアンクローをかましつつ改めて質問すると、要は忘れていただけのようだ。
俺がそう零すとことほぎはムムッと唸り、「ただ忘れていた訳じゃないんですよー!」と言い、その理由を話し始める。
曰くさっき俺が見た修復のように領域に対し直に影響を及ぼす‘魔法の力’は領域のエネルギーをファミリアが主人を通して始めて使えるものらしい。
だからどうしたと頭を傾げると続けて力を使うには前提条件があるのだと続ける。
まずはある程度主人の力を使える事、そして主人と領域を正式に結ばれている事が必要なのだそうだ。
前者は分かるが、後者の意味が分からんのでどういう事かと尋ねる。
「領域はー、主人が存在するだけでもある程度育ちますが、そのままではうまく成長しないんですー。何がしかの目標や主人の意志を領域のエネルギーに刷り込む事が必要なんですー。アファーメーションみたいなものですよー。」
とことほぎは言い、どうやってか俺のアイアンクローから抜け出しティーセットを片付け始めた。
俺にはアファーメーション自体がよく分からないがつまりは…
「俺の領域の理想像をここのエネルギーに反映させる事で俺と領域のエネルギーの方向性が決まると…それが正式に結ばれている状態という事でFAか?」
そう確認するとことほぎは右前足でサムズアップをしてウィンクで認識が間違っていない事を示す。蹄がどうやってサムズアップしているのかはさっぱり分からない。
「そうですー!そうして刷り込みが終わった領域のエネルギーは指向性を持って動き出しますー。それが簡単な修復の魔法から領域自体を大きく変化させるような物までと様々あるのですー。これからの成長が楽しみですねー!」
「フムフム、という事はつまり、修復の魔法はさっき使えるようになったばかりだからあそこの窓の修復は頭に入ってなかったという事だな。」
「その通りですー!ただ忘れていたんじゃないんですよー。」
俺の指摘に胸を張り答えることほぎ。今のどこに胸を張る要素があったというのか俺にはわからない。
「そう言えば、書斎で色々考えていたら魔方陣が現れてその向こうの部屋に入ったらなんか力に目覚めたー!みたいな気になって気付いたらお前の横に居たんだけどこれはどういう事?」
「あー、それは恐らく主人様の能力の一端ですねー。先程ご説明した刷り込みの課程は一般的に‘結びの儀’と言われているんですが、その儀式や形態は様々なんですー。脳筋主人だったら鉄アレイが出てきて筋トレしたらマッスルな領域になったとかもあるらしいですよー。主人様は魔方陣との事ですのできっとファンタジックな領域になるのかもしれませんねー」
ことほぎはそう答えてご機嫌な素振りであっという間にティーセットを片付け、それらを仕舞うべく家の中へと入っていく。
鉄アレイ?筋トレしたらマッスルな領域?
意味がわからない。
黒虎はお昼寝タイムなのか丸くなって眠っているので、それが本当かどうかも分からない。
分からないがマッスルな領域にはしたくないし、ご近所にはなりたくないな。