24-柊side (少し長め)
俺はことほぎに言われ様子がおかしい黒虎へ意識を向ける。だが、何かが邪魔してあと少しと言うとこで弾かれる感覚があった。例えるなら意識の糸を伸ばしてがそこにたどり着く前にスルッと滑ってしまう感じだ。
「っ!?」
何度か試しているうちにその感覚に変化があった。滑るだけでは終わらず、その意識の糸を辿ってその何かが俺の方へと向かってくる感覚がする。それはそのままヌルッと纏わりつきジメッともいえる感触で、ジワジワとまるで侵食するように染み込んでくる。その気持ち悪さに思わず意識の糸を切ろうとするがまるで癒着したかのように離れない。
このままだと自分までその不気味な感覚に自分自身が侵されるかもしれないという恐怖で冷や汗が出てくる。
「主人さま、大丈夫ですか?」
俺の様子がおかしい事に気付いたことほぎがそのふわモコな毛を俺に押し付けるようにしながら気遣ってくれる。
そして軽くこちらを振り向いt…
「ぐぁっ!?」
強い衝撃が体に走り身体中が痺れ、意識が一瞬途切れた。
跪き、頭を押さえる。
「あわわわわ!も、申し訳ありません!!」
慌てたことほぎの声が聞こえる。
侵食の結果かと思ったが、どうやらことほぎの角が俺の顎にクリーンヒットしたからのようだ。
頼り甲斐があるように思える戦闘モードだったが、羊クオリティーは変わらないようだ。ある意味安心する。
この妙な安心感に落ち着きを取り戻し、ことほぎに大丈夫なことと不気味な感触があったことを伝える。
意識が途切れたおかげかあの不気味な感覚はもうない。
「なるほど、実は黒虎を嫌な雰囲気が覆っているのですが、もしかしたらそれが原因かもしれません。」
「ことほぎ様、コトホぎサマぁ…」
既に黒虎は既に人の形を無くし、獣のような姿となっていた。その姿は漆黒で赤い目を爛々と光らせており、黒い体は炎の様に揺らめき水が滴り落ちるかの様に黒い雫が足元の影へと落ちて行く。
そしてその変化に合わせるかのように言葉も片言となり、こちらを窺うようにしながらその場に立っている。
「どうやったら黒虎の様子を探れると思う?」
「…そうですね。主人さまにはまだ早いと思うのですが。。。」
つぶやく様に返答し神妙な様子で黒虎の方を向き何かを考える様子のことほぎ。
俺はさっきとは逆方向からぶつかりそうになった角を避けつつ、そんなことほぎを見やる。言葉通り受け取るなら、まだ早いという事は方法はあるという事か。
「あるならやる!それしかないだろ。」
「わかりました。それではまず書斎に行ってください。」
「書斎?」
いきなりこの場を離れろということほぎを訝しむがことほぎはそれを無視して急かすように体を押し付けてくる。そして目線は黒虎に向け、角をバチバチと鳴らし光らせる。そうやって黒虎の視線と注意を引き俺が動きやすいようにしてくれているようだ。
「ナンデ?ナゼデスカ?ナゼェェぇ??」
先程から要領を得ない片言の言葉を繰り返すだけになりつつある黒虎。
(なんだかわからないけれど今なら行けるか…)
「いいですか、書斎に着いたら力を意識して、でも決して外に出してはいけません。そうやって自分の作りたい領域を意識して下さい。そうしたらあとは分かるはずです。」
そう言ってさらに俺に体を押し付ける。
その力に押し出されるように…だけど黒虎を刺激しないように静かに後ずさりするように動いて書斎へと向かう。
少し離れた所で黒虎達を背にして早足で動き、階段を登る。
すると
「GAROOOOON!!!!」
遠吠えのような大きな声が聞こえ、黒虎達のいる部屋の入口から眩い閃光が漏れるのが見え足が止まる。
恐らく黒虎の声とことほぎの雷だろう。少し焦げ臭い匂いがするが、もしかしてあの部屋で雷が…?
(ダメだ、今は急いで書斎に向かわないと!)
再び足を動かし急いで書斎へと入る。
部屋に入る直前に黒虎の声が聞こえ雷の光が見えたが、部屋の扉を閉めるとそれらは消えた。
(力を意識し、作りたい領域を意識する…か。)
静かな部屋でことほぎの言葉を思い出す。
力を外に出さないように意識する事は恐らく可能だ。
だが、作りたい領域を意識するとなると話は別だ。
(俺はただ自分の体を取り戻したいだけだったはずなのに…)
いつの間にかこんな事になって修行とやらに勤しんで、作りたい領域なんて思い描けるはずがない。
ドーーーン!!
メリメリッ!!!
静かになった部屋に下から大きな音と何かが軋む音が響く。
「〜〜〜ッ!!」
「〜〜〜〜ッ!!?」
何を言っているのか分からないが、黒虎とことほぎがなにがしか言い合うようにしているのも聞こえる。そしてその度に大小の音が入り混じり、恐らくは戦いが始まっているのだろうと連想させる。
(俺は…)
その音を聞きながら作りたい領域を考える。
そして、以前宮司から聞いた平和な領域と争いを好む領域の話を思い出す。
(俺は争いのない平和な領域がいい。だけど、争いに負け隷属させられるのは嫌だ)
そう、望むのは争いはなく自衛出来る力を持った領域だ。他者を敬い、愛し、慈しむ。しかし、それを蔑ろにするもの達には決して怯まず、立ち向かえる勇ましく強い領域にしたい。
そして出来れば虐げられる存在の力となりたい。
その為には自分が自分である事に自身を持ち、そして自分を守る力が必要だ。それらが集まれば大きな力となるだろう。
そしてさらにその為には……
一つの事をなす為に必要な事を考えて行く。それにはいくつもの事が重なる事が必要で…その為には俺が地球で学んだり遊んだり、見たり聞いたりした事も参考にして…
(あれ?なんだか体が暖かい)
細かく考えている内に深い瞑想状態になっていたのか、いつの間にか自分の中の力に触れていることに気が付いた。その力の暖かさにハッと気付いた時には、まるで白昼夢を見ていたかのようでどこまで何を考えていたのか思い出せない。
しかし考えていた成果は出ていたようで、書斎と俺自身に変化が現れていた。
書斎にある机の後ろの本棚に魔法陣のような複雑な光る紋様が現れ、時折波が揺れるようにゆらめいている。
その紋様の光は俺を暖かく包み、導くように俺とその紋様を繋いでいる。
― ドォーン ―
― バリバリ ―
また下から音が聞こえた。
これが何を意味するかは分からないが、俺にはあの紋様に触れ事を進めなければならないという確信があった。
ことほぎと黒虎の無事を願いながら紋様に触れる。
―ドクンッ!!
その瞬間、熱く力強くけれどどこか暖かい力が流れ込み脈のない身体が脈打ち躍動する。
そして俺は紋様に吸い込まれ見たことの無い部屋へ立つ。
何もない。だけれど全てがあるように感じる。
先程身体に流れ込んだ力がこれから何をすべきかを教えてくれる。
まずは自身に結界を張る。
薄く強く硬く。
そして黒虎へと意識を伸ばす。
細く長くしなやかに。
俺を蝕もうとした不気味な気配がその糸に絡みついてくる。しかし、結界に阻まれ俺の意識の糸にまで辿り着く事が出来ない。
俺は不気味な気配を無視して黒虎の意識へと触れる。
今度は滑る事なく無事触れる事が出来た。
(これは!?)
意識に触れた途端、フラッシュバックのように映像が流れ込んでくる。
それは怒り、悲しみ、苦しみ、妬み、憎しみ。
様々な負の感情を伴ったえ空間だった。
深い悲しみの黒い海の底に聳える怒りの骨の山。
苦しみの骸から溢れ出す憎しみの河。
妬みで震える空間には数多の動物達が川辺に佇み頭を垂れている。
そしてその動物達の側にいる黒虎の姿があった。
(見つけた…!)
その場にいる黒虎を救えば今の事態を収める事が出来る確信を持ち、意識の糸を黒虎へ向ける。
不意に黒虎が体勢を崩すのが見えた。
嫌な予感が脳裏に走り、周囲を確認する事すら惜しみ急いで意識の糸で黒虎を包む。
(これで大丈夫なはず!)
そう思った時、俺はことほぎの隣に立っていた。
目の前には大きな黒い虎?が横たわっている。
「主人さま、無事終わったようですね。お疲れ様です。」
俺に気付いたことほぎがそう言葉を掛けてくれた。
「あぁ、お陰様でな。この黒い虎?はもしかして黒虎か?」
「はい、白い光が黒虎を包んだかと思うとこの姿になりました。感じていた嫌な雰囲気も消えましたし、もう大丈夫でしょう。もう暫くしたら目を覚ますと思います。」
そうか、よかった。
ホッと胸を撫で下ろしながら周囲を見渡す。
暖炉の前にあったロッキングチェアはバラバラ。
床には黒く焦げた跡。
壁には大きな爪痕。
「しかし、派手にやったなぁ。」
「申し訳ありませんー!黒虎を傷付けないように頑張ってたらいつの間にかー」
戦闘モードを解きいつもの間の抜けた話し方になったことほぎが弁解する。
そうか、そうだよな。
ことほぎも頑張ってたんだよな。
「ことほぎ、頑張ってくれてありがとう。」
そう言いながらことほぎの頭を撫でる。
ことほぎは気持ちよさそうに目を瞑り、撫でられるがままになっていたが。だんだんと箱座りの体勢に変化しそのまま眠ってしまった。
俺はそのままことほぎの隣に座り、名前の通りの姿となってしまった黒虎が目覚めるのを待った。
暫くして黒虎の目は覚めたのだが、
「ガゥガゥッ!」
と、全く言葉がわからなくなってしまっていた。