21
俺が主人として領域に来てから一週間。
何をすべきなのかよくわからないまま修行に入り、さっきようやく五本中の一本の瓶を完成させることができた。
何で出来たのかさっぱり分からないが、とにかく一本出来たという事で疲れが取れるまで休んでいいという許可を貰うことができた。ただし、今の感覚を忘れないようにする事が条件で。
「幸せだ…」
だが、そんな条件もこの至高のベットで惰眠を貪れるなら何のことはない。このなにかが体に染み込むような感覚とそれに伴い疲れが抜けていく感覚に身を任せれば体中の筋肉が弛緩するようにそんなものはどうでも良くなってしまう。
「主人様、先程の感覚を忘れるとその分消滅が近くなりますのでくれぐれも気を付けて下さいね。」
「…!?」
余程惚けた顔をしていたのだろうか?
あまりにもいいタイミングでの注意に思わず黒虎の方を見たが、黒虎は俺に背を向け眠っていることほぎの方を向いている。
どうやらたまたま偶然のタイミングだったらしくホッとする。
「何となく気配でわかるんですよ」
「…!!??」
偶然じゃなかった!
安心した瞬間に追撃のような言葉が来るなんて…
これも自然発生の力なのだろうか?
その内思考の中身までバレるんじゃないだろうか。
黒虎は恐ろしい子だ。
気をつけないといけない。
「…ことほぎはまた寝ていますか?」
俺は動揺を隠し話をそらすように黒虎に話しかける。
ことほぎはこっちに来てからほとんど眠りっぱなしだ。
さっきみたいに休憩時間に起きて何かを話す事は稀で、黒虎に聞いても起きている姿はほとんど見ないと言っていた。
「えぇ、ぐっすり眠っていますね。先程起きてた時も随分眠そうでしたしまだお眠りになられると思います。」
「そっかぁ、じゃあ俺もことほぎに習ってゆっくり休もうかな。」
「それが宜しいかと思います。ですが…」
「分かってます、さっきの感覚を…ですよね?」
「はい、その通りです。」
そうは言ったものの、そもそも何で出来たのかのかさっぱり分からないので‘感覚を忘れないないように’と言われても…って感じだ。
強いて言うなら雑念に気を取られていても黒虎からの指摘がなかった事がなんらかのヒントにはなるんだろうとは思う。
うーん、仕方ない。
「黒虎、実はさっきの感覚を思い出そうとしたんですけど、思い出そうとする程よく分からないんです。」
黒虎の耳がピクッとっと動き少しこちらに向けられる。
ことほぎを撫でていた手はとまりゆっくりこちらに体を向ける。
ふと、眠っていることほぎを見ると体の毛の一部と尻尾がいい感じに編まれている。
撫でているんじゃなくて編んでいたらしい。
「よく分からないと言うと?」
俺がことほぎの編まれ具合に感心していると黒虎から質問を受ける。
「強いて言うならいつもより意識が思考に逸れても黒虎からの指摘がなかったのでつい、いつも以上にそっちに意識が向いてしまって…そしたらいつの間にか出来ていたんですよね。だから何が何だか…」
隠しても誤魔化してもどうせ次の瓶にチャレンジする時にはバレるんだ。今のうちに全部正直に言ってしまおう。
「だから俺としてはものすっごい疲れたと言う感覚はあるんですが、完成させた実感と言うものが無くて…だから黒虎から見てあの時の俺ってどういう感じだったのか教えてもらえたら助かるなー…なんちゃって。」
最後が少し冗談めかした感じになってしまった。
だって、黒虎ったら無表情でこっちをみて話を聞いてくれてるんだもの。もしかしたら勘違いかもしれないけれど、無表情の圧力になんかちょっとビビッてしまった。
「……」
「えぇっと、やっぱりまずいですか…?(汗)」
俺が言い終えた後も黒虎は無表情で俺を見つめる。
もしかして、呆れてたり分かってないのに休憩に入った事
にお怒りになってたりするんだろうか?
どうしよう、謝った方がいいのかな?
この沈黙と無表情に耐えられそうにないんだけど…
「…なるほど、なんとなく分かりました。」
それから少し沈黙が続き耐えきれずドギマギしながら俺が何か言おうとしたところで黒虎がようやく口を開いた。表情も無表情から少し柔らかい笑みが浮かぶものになっている。
「恐らくですが、主人様のエネルギーが全体的に浸透しつつありようですね。本来肉のあるべき範囲にその力が代わりのように収まっているようです。」
「……?」
「そうですね…うまく言えませんが、以前会ったことのあるとある主人によると、淀みを浄化し奥底に眠る主人の力を肉体に染み込ませる事でその力を使いこなせるようになるのだそうです。今の状態はそれに近いのかもしれません」
つまり…
「もしかして力を使いこなせつつあると言う事なんですしょうか?」
黒虎の説明に俺が自分なりの解釈を口にすると黒虎は頷く。
「恐らくはそうなります。次の瓶の時にもっと何かわかるかもしれません。ですが、今は休みましょう。」
そう言うと黒虎は俺に背を向けことほぎの毛を編み始める。
俺はしばらくその様子を見ていたが次第に眠くなり夢の世界へ旅立った。