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「そこまでです」
軽い怒気を含めたその声の主は宮司だった。
おそらく用事を終えたので戻って来たんだろう。
声を聞いて我に帰るも時すでに遅し。
(やばい、仮にも神獣に対してなんて事を…)
怒りに任せてなんて事をしちまったんだ。
鼓動はないのに体から血の気が引いていくように冷たくなって行くのがわかる。
段々と怒気を含めた笑みの宮司が近づいてくる。
脳裏を過ぎるのは宮司の神獣である羊に対する数々の所業。
(終わった)
宮司が目の前まで来た時にはもう気を失いそうな程目の前が歪んでふらふらする。
「あ、あの…」
とにかく何か言わないと倒れそうな俺を強い衝撃が襲い目の前が暗くなる。
(この感覚なんか慣れてきたな)
俺はまた気を失った。
++++++++
再び目を覚まし周囲を見渡すとそこには心配そうな顔でこちらを見つめる宮司の顔、その向こうにはポンドを測られるカジキマグロのように逆さに吊り下げられた羊が見えた。
羊の下には流れ落ちる涙で床を汚さない為かすごい大きいバケツが置かれており、その状況を見守るように丸いボールのようなものがいくつも浮かんでいた。
「大丈夫ですか?起きれますか?痛いとか吐き気がするとかそういう異常はありませんか?」
俺が目覚めた事に気付いた宮司が心配そうに話しかけてくる。顔にはあの笑みはない。
(俺に止めさしたのはあんただろ…)
心の中で毒づきながら大丈夫だと答えとホッとしたように笑みを浮かべる。
「もし万が一何か少しでも異変があったら教えてくださいね。正直また時間が掛かると間に合わないかもしれませんので巻きで教えてくださると大変助かります。」
「間に合わない?」
「あぁ、まだ何が起こったのか把握していらっしゃらないのですね。…端的に言うとあの羊のせいで最長で3ヶ月あった猶予が最長2カ月になりました。」
「は?」
「ご説明致します」
俺が倒れたのは体に穴が空いて体を構築するエネルギーが抜けたかららしい。
問題は何故穴が空いたか。
俺は直感したね!あの時だって!
そう思い話の続きを聞くと予想通り穴が空いたのは奴が俺の腹に飛び乗った時。奴の脚によって外側だけ取り繕った状態だった俺の体に穴が空いたらしい。
中にいた時に何も異常を感じなかったのは、あの場所がエネルギーで満ちているという事と俺の体がそのエネルギーで作られているからだと言う。
大体の傷であればあの中で癒されるはずなのだが、そこは羊クオリティー。穴の上で眠りこけたせいでエネルギーがその部分に行き渡らず修復が出来なかった。
そこへトドメを刺すように地面への叩きつけ。
あの衝撃で俺の纏っていたエネルギーが霧散し、搾りかすのようになってしまう。
この結果体を再構築する為に一月を要する羽目になった。
あの時宮司が怒気を孕んでいたのは、床に叩きつけられる際に見えた腹の穴が瞬時に羊の仕業と分かったから。床に叩きつける事すら霞む事態に怒りが沸いたのだそうだ。
決して俺が羊に無礼を働いたからではないらしい。
そもそも主人と繋ぎを持った存在は対等で協力関係となる事から上下はない為、神獣だからと遠慮しない関係は好ましいと言われた。
ただ、たまたま用事を終えた宮司が部屋に戻りから良かったものの、宮司が穴に気づかなかったり俺が穴に気付いてしまった場合、手の施しようがなかったという。
この体が崩壊した場合はもちろん、俺が穴に気付いた場合は魂に記憶された精神が即死状態と認識しその精神が破損もしくは消失する可能性が高く、再び体を構築できても良くて大きい赤ちゃん状態悪くて廃人になるのだそうだ。
ちなみに気を失う前に感じた強い衝撃は体の維持が限界に達しそうになった事による一種のショック状態に陥った為で宮司による鋭い一撃が加えられたからではないらしい。
最後にあの羊の姿。
何と無く察していたが俺に対する所業のお仕置きの最中だそうだ。あのバケツ7杯分の涙を流してあそこから解放されるんだそうだ。
「本来であればすでに領域への移動を終え主人としての力の使い方をある程度まで使えているはずでしたのに。まさか、主人の力となるはずのあの方がそこまで馬鹿な事をするとは思い至りませんでした。完全に私の危機管理不足です。申し訳ありません。」
深々と頭を下げる宮司に対して、危機管理とまで言われたどうしようもない羊のポンコツぶりに対して、一気に減ったリミットに対して、、、俺はもうただ目を瞑ることしか出来なかった。