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絶対に宮司が居なくなるのを見計らったと確信させるタイミングと勢いで元気よく起き上がった羊は、周囲を見渡し通路の奥を覗き込み確実に彼がいない事を確認する。
「よし!乗り切ったですー!」
ガッツポーズをしながら喜びの声を上げ、こちらを向きカツカツと音を立てて近づいて来た。
羊なのに(正確には羊じゃないけど)ガッツポーズとはどういう体の構造になっているのか分からないな。さっきの紙芝居もそうだけど、神獣じゃなくて珍獣じゃないのか??
そのままベットの横まで来て俺と目が合うとにへらと笑う。
「お、お前、まさか今までのは演技だったのか…?」
「ふふふ、仮にも神獣でございますればあの程度のことなんのことでもございませんー」
そう言って頭を上げ胸を張るようにして「ムフフン」と鼻から息を吐く。
一体何処に神獣という要素で自慢げに出来る部分があったというのか。いや、確かにおかしいなって思う所は多々あったけれども…
「そうですか、では次からもう少し厳しめにお仕置きといきますね。」
羊に対しての感想を胸の中で呟いていると唐突に気配もなく通路から聞こえた声。
思わず羊と俺でビクッとしてしまう。
いや、俺は思わずだけど羊はガチの方だな。めっちゃ汗出てるし。…ん?汗?
羊はギギギと音が聞こえそうなくらいぎこちなく振り向く。いつの間にかそのおでこには消えたはずのたんこぶ(*手の跡付き)が復活していた。
(一体どんなギミックなんだ…?)
そのまま振り向いて声の主の顔を視界に収めると、その声の主が満面の笑みで自分を見つめている事を認識する。
もちろん声の主は宮司だ。俺から見ても『あぁ…』としか言えない満面の黒い笑みを浮かべている。
羊はその笑みを見て、その向こう側にある真っ黒い闇に魂が吸い込まれるようにまた気絶した。
その様子を見ていた宮司は冷たい目で気絶した羊を一瞥するとかぶりを振り気を取り直す。
「やれやれ、大事な事をお伝えし忘れたので戻って来てみれば…。」
「………」
沈黙しているはずの羊から冷や汗のようなものが見える。アレは絶対に演技だな。
俺に分かる位だ。絶対バレてるぞ。
次に何が起こるかと身構えていたが、予想に反して宮司は羊をスルーし俺へと向き直る。
「すみません、もの凄く大事な事2点と蛇足1点、お伝えし忘れておりました。」
先程使われた紙芝居の中から一枚抜き取り俺に見えるように持ち直す。
そこにはこう書いてあった。
++++++++++++
1点目
今の体は目覚めてから1〜3ヶ月で崩壊する。
出来るだけ長持ちさせる為にあの水場(池と思った場所)で沐浴をする事。
2点目
移動は出来るだけこの部屋が目に入る範囲で行う事。
何かあった時にすぐに沐浴出来るようにする為と、災獣に見つかりにくくする為。
蛇足
今いるこの場所は神社の中で間違いは無いが、眠りについた場所とは違う世界。その為、出来ていた事が出来なかったり出来なかった事が出来たりする場合がある。
++++++++++++
「こんな感じです。本来の主人の居場所である領域への移動は、動作への支障が無くなってから致しますので今は無理せず休んで下さい。それとお持ちになっていた物はベットの下に置いてあります。では、今度こそ私は用事を済ませて参ります。」
そう言って出ていく宮司の足音が遠くなっていくのを聞きながら羊の様子をジッと見つめ、タイムリミットの事を考える。一度死んだと思ったせいか聞こえない鼓動のおかげか不思議と焦りも悲壮感も湧かない。むしろ足音が聞こえなくなってからも動く様子のない羊のこれからが気になるくらいだ。
(さっきの事があるからな。気持ちは分からなくはない。)
どの位ああしているつもりなのか気になって引き続きジッと見つめる
どこからか入ってきた蝶が鼻先に止まっても動かない。
そこで初めて気付いた。
「あれ?タンコブが消えてる??」
痛む体に無理がないようゆっくりと動きベットから降りて顔を近づけてよく見る。俺の動作に反応し飛び立つ蝶とは裏腹に全く動く様子もない。しかしその顔はどこか穏やかで幸せそうだ。
「コイツ…寝てやがる…」
幸せそうな顔の下に涎の海を作りながら間違いなく眠りの国にいる羊を見て俺はベットの下の自分の荷物からマジックペンを取り出し顔に落書きをする。
モヤモヤとしていた気分を落書きで消化し、記念にスマフォで写真を撮ろうとして気付く。
「…?時間表記がおかしいぞ?」
時間がセットされる前みたいに--:--となっている。
写真を撮ることも出来ない。
動作もまるで容量が重すぎて動きが遅いような状態になってる。
なんとか操作しようとして設定を弄ってみたが途中で電源が切れてしまい結局何も出来なかった。
その後はリハビリを兼ねて部屋の中を歩き池のそばでストレッチをした。
池のそばには先程の紙芝居に似た画風の絵と説明書きがあった。
「着衣のまま入って寝ながら入れ…という事か」
よく見ると水の中に寝湯なんかで見る枕のような部分がある。ここに頭を置いて寝転がれという事なのだろう。しかし…
「これ深すぎないか?」
足を入れて気持ちの良い温度であるのはいいのだが、深さが太ももまである。しかも枕の方に向かうにつれ深くなって行く。ギリギリまで我慢しろって事なのか、そもそも沈めるのかと悩みながらチャレンジする。
(力むと沈むんだっけか?どうやったらいいものか)
どう力めばいいのか悩みながら枕に向かい横になる。
悩んでいたのが馬鹿みたいに簡単に沈んでいく。
そのまま沈むに任せてもう少しで枕に頭がつこうという頃、水面の向こうに影が見え大きな泡とともに腹部に衝撃が走る。
「…!?グボッグボボボボボボボ!!!」
思わぬ衝撃と重量に溜めていた空気が全て抜けて行く。
(なんだ!?一体何が…!?!)
パニックになりながらとにかく腹部に感じる重みを無くそうと手を動かすとズボッとした感覚とともにモジャモジャとした何かを感じた。
沢山の泡の向こうに見えた姿。
それはあの羊だった。