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「私が貴方に最初にお伝えしておこうと思うのは、貴方が社に来られてからすでに3ヶ月は経過していると言う事です。そして何故病院でなくこの場所にいるのか、その体やその原因。なによりも貴方が遭遇した怪奇について。それと…この方についてもご説明いたしましょう。長くなりそうなので分かりやすく紙芝居を用意させて頂きました。」
そう言ったかと思うとおもむろに羊の毛に腕が突っ込まれ、そこからズッシリとした紙芝居を取り出される。
…驚くのは後にしよう。
「3ヶ月?じゃあ、俺はその間ずっとここに?会社や家族は?」
「警察の仕事が正常に稼働しているなら恐らくは失踪扱いになっているでしょうね。申し訳ありませんがそちらについては詳しくは存じ上げていません。」
「正常に稼働?何かあったんですか?」
含みのある言い方につい気になって聞いてしまう。
「貴方もご覧になったと思いますが、あの城と似たような物が世界各地で目撃されています。それと同時にこれも世界規模で急速な失踪者の増加、そして各地に纏わる怪奇現象の再現が起こっています。警察は結構てんてこ舞いみたいですよ。この国の政府のみならず相変わらず集団ヒストリーやテロを狙った情報撹乱などと言っていますが、この情報社会でいつまでそれが持つのか怪しいところです。」
「そう…ですか。」
まさかそんな事になっていたなんて。
失踪扱いの処理がされていなくても、会社の方はほぼ絶望的だな。きっと家族の方に無断欠勤の連絡が行って今頃は部屋も解約され綺麗サッパリになっている事だろう。
せめてアブノーマルな薄い本だけでもこまめに処分すればよかった。
「現在の状況としてはこんな感じですね。詳しい事はこれからおいおいお話する機会があると思いますが、概要だけはこちらでご説明させて頂きます」
その後しばらく紙芝居と言う名の説明が続いた。
まず心臓が止まっている俺がなぜ動けるのかというのは主人と言うものの特性らしい。
主人と言うのは読み方が違うだけで俺らが使う主人と言う意味と同義なのだそうだ。
曰く、主人は自身無いし自身に属する者の持つ領域を管理し充実させる者である。
その領域は主人の力量、思想といったものにより大きく姿を変え多様性に富む。
主人と領域を滅するには主人の肉体と精神と魂を破壊もしくは入手する必要がある。
あの時あの空間で肉体は喰われた俺は今魂だけの状態で構成された不完全な状態。肉体はもちろん精神も死を認識した事で消滅していたのだが、仮にも神獣である羊がその力を以って魂だけは無事な状態で確保したそうだ。
そして、その魂を宮司へと引き渡しこの神社の地下にある龍脈から派生する池に漬け込む事で魂から精神と肉体の記憶を呼び起こし復元させたのだと言う。復元させたと言ってもあくまで外側だけで、本来オリジナルの肉体には及ばないため出来るだけ早くアレに喰われた肉体と接触し限りなくオリジナルに近づける必要があるらしい。
そして羊。
あのトボけた羊はこの神社に属する神獣の幼生。名前はまだない。
幼獣じゃなく幼生と言うのがポイントで、これからのあらゆる出来事でどのようにどんな変化を遂げるかが変わるらしい。ただ、今の所はこの神社に属すると言うことから、麒麟に変態する可能性が高いと言っていた。
この説明に思わず「羊じゃない !?」と驚いていたら、羊が角とモコモコの部分にビリっという音とともに青い光を纏い「失敬な!」と言いながら口の中の牙と足の蹄の部分を強調していた。
牙はともかく蹄はよくわからん。毛はまるっきり羊だし。
そう言えば尻尾は羊っぽくなく、馬のようにフサフサだった。
居酒屋での出来事を聞くと宮司は知らないと言っていた。しかし、その後ろで静かに…ひたすら静かに外へ出ようとした羊を彼は見逃さなかった。
ちょっと黒いオーラを出したかと思うと素早く回り込み羊のたんこぶを絞るように鷲掴む。
そのまま持ち上げプラプラと揺らしながら白状するよう怖い笑顔で促した。
その時恐怖を感じたのは間違いなく羊だけじゃないだろう。あの時の恐怖を俺は決して忘れない。
観念したようにポツリポツリと白状させられた内容によるとアレは‘たまたま偶然’。
気持ちのいい気配といい匂いの側に良くない気配がしたから少しでも近くで様子を見ようと紛れ混んでいたのだという。すると、あの災獣(あの化物の事らしい)の気配が濃くなったので警戒して力を強めに結界を張ろうとしたら緊張のあまりあくびが出てしまい制御失敗。その結果、俺にのみタイミング悪く大きく口を開ける姿を見せてしまった。
本来は宮司の許可なく姿を現してはいけないのに、フィギュアのフリをしていた事やこんな姿を見られた事がバレたらヤバイと慌てて、でも守りの結界は忘れずに張ってとんずらこいた…との事だった。
宮司は静かな怒りのオーラを湛え羊を掴む手に血管を浮かび上がらせながら、「停電は結界を可視状態で結界を張ろうとしたからで、俺にのみ見えたのは多分その時既に繋がりが出来ていたからでしょう」と推測し説明してくれた。
羊の出現に規制がかかっているのは幼生だからと言うだけではなく、神獣という存在そのものが高エネルギー体の為何が起こるか予測不可能だからなのだという。
この話をしている時の宮司が「停電程度で本っっ当に良かった」と心底ホッとしていた所を見ると相当ヤバかったんだなと思う。
家
俺と羊の家。
正確にいうと俺との繋がりができた事で出現した場所。先の領域に当てはまる。主人とその繋がりの出来た者の力が遺憾無く発揮できる場所であり、この場所にいれば大抵の仇なす意志からは守られる。
この神社に属する神獣と繋がりを持ち、家を持てた主人は神社での眠りの際に体ごとあの黒い空間へと転送される仕組みらしい。
俺と羊の繋がりがいつどこでできたのかどうして家を持てたのかは分からないらしいが、俺が選択し掴みとった結果である事は間違いないと言う。
本来であればあの空間へ移動したのを確認した後、羊も後を追い空間に到着した主人を家までの案内をするはずだった。だが、居酒屋での出来事で羊に対しても警戒させてしまっていた為、どうしても姿を表すことが出来なかった。
どうしようかと思案していると、幸いにも家の方に向かって行ったので家の空間に入った時に挨拶と説明をしようと思い中で待っていた。ところが俺はミミズのような動きをしているだけで一向に進まない。挙句、家の漸くそばに来たと思ったらそこで止まってしまう。そのままあまりにも動かない為、待ち疲れていつの間にか寝てしまい、災獣の気配に気付いて起きた時には既に俺はガブッと噛みつかれ、そのまま飲み込まれてしまっていた…と言う事だった。
自白を終え気絶しその後、「この駄羊めが」という宮司の呟きとともに無造作に投げ捨てられる羊。
俺はそれを見てあの化物よりもこの人の方が怖いんじゃ?と密かに思った。
…一応この人は宮司で羊は神獣なんだよな?
ちょっとよく分からなくなってきた。
災獣
通称ケモノ
分かりやすく言うと勇者と魔王の立ち位置。
主人が勇者で災獣が魔王。
だいたいの場合、災獣が現れた後に新しい主人が現れる。
災獣が現れる原因は様々でそれは主人でないと分からないらしい。
俺が巻き込まれたと思っていたあの事件は恐らくこれが引き起こした可能性が高いらしいのだが、基本的に災獣は主人から隠れようとする傾向があるので何故事件に巻き込まれ、あの空間で襲われたのか分からないと言っていた。
++++
とまぁ、こんな感じで説明の内容は以上だった。
他に色々説明しなければならない事はあるらしいのだが、それは羊の役目だと言う事で後ほどあの領域へ移動してから教えてもらうこととなった。
「今の説明の要点のみ、こちらに書いてありますから必要でしたらお使い下さい。私は用事はあるので少し席を外します。」と、この説明で使われた紙芝居を置いて部屋から出て行った。
残されたのは俺と気絶した羊。
その羊は宮司が出て行き足音が聞こえなく程度になったのを見計らったとしか思えないタイミングで起き上がりこちらを見つめる。
そこに先ほどまであったたんこぶはもうなかった。