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「まぁ、という訳なんです」

「すいません、何の説明もなしに何が‘という訳なんです’なのかわかりません。」


いきなり何のボケをかましてくるんだこの人は…

羊は羊で「これがボケとツッコミかー」と目をキラキラさせてこちらを見ている。


「ふふふ、お体の方はどうですか?痛みなどはありますか?」

「完全スルーですか、そうですか。」


何だんだ、訳の分からない事だらけだがこの人自身もさっぱりわからん。

俺のツッコミもスルーされ返事を待つように微笑みながらこちらを見ている。まともに付き合っても疲れるだけっぽいな。


「体の方は痛みはあります。急に動くとかでは無くゆっくりでしたら動くことは問題なさそうです」

「それはそれは…思っていたよりも回復は早いようですね。安心致しました」


そう言って微笑んだままの宮司の後ろでは「よかったー、良かったー」と無邪気にぴょんぴょん跳ねる羊が見える。


「あの、俺は…?あなたと神社で出会って眠くなったと思ったら…」

「えぇ、えぇ、分かりますよ。すみませんね。その事についてはこちらのミスのようなものです。本当に申し訳ない。」


先程までと一変して沈痛な面持ちでそう呟き頭を下げ、そして羊の方を見やる。


「ほら、貴方からも…」

主人(あるじびと)さまー、申し訳ありませんでしたー。自分が不甲斐ないばっかりにー」


羊はおずおずと宮司の後ろから出てきてそう言いながら涙を浮かべてエグエグと泣き出す。その羊を労わるように宮司は羊を抱き寄せようとしてモコモコの部分に少し力を入れた瞬間、もぎたて果実を絞るように水が滴り床と袖をびしょ濡れにする。

宮司は素早く手を離しピッピッと手の水を切った後入念に手を拭いた。


「貴方、いくらなんでも泣きすぎですよ?涙と鼻水で毛がびしゃびしゃじゃないですか。外で何とかしてきてください。あ、床は汚しちゃダメですよ!」

「はいー、行ってきますー」


あれは涙だけじゃなくて鼻水も混じってるのか、通りでこの反応…と納得していいものなのか?この人優しいのか何なのかわからないな。というか、この人どころかこの場の雰囲気すら掴み難い。


「そうですね、どこからお話しましょうか。まず、貴方の事ですがご存知のように死んでいます。その証拠に心臓は鼓動を打っていないでしょう?」


また冗談かと思い、聞き流そうとして心臓はちゃんと動いているぞと言いそうな所で言葉が止まる。いつも聞こえていたあの感覚がない。慌てて胸に手を当てて確認する。手首も首でも確認する。


脈を感じない。


「ね?止まっているでしょう?それでなぜ動けるかなのですが、それは貴方が主人(あるじびと)だったからという可能性が一番高いです。」

「は?え??あるじび…と?意味が…なんで?だって俺動いて…?」


淡々と説明をする宮司と心臓の鼓動を必死に感じようとする俺。主人がどうのと聞こえたが頭に入らない。気が動転しているはずなのに聞き慣れた鼓動が聞こえない。あり得ない状況に気持ち悪くなり、手で胸を掴むように抑え息をする。


「理解に苦しむのは理解でき(わかり)ます。でも今はそういうものだと割り切って話を聴いていただけませんか?」

「……」


俺の沈黙を宮司がどう捉えたのかは分からない。暫くの間沈黙が続き、外で先の羊のものであろう水が落ちる音と「しっぼるのよーしっぼるのよー」という声が聞こえる。

多少緊張にかける間の中、突きつけられた事実を受け入れようと心がける。こうやっている間にも呑気な声が聞こえ、あまり集中出来ずモヤモヤしていると、ドライヤーのような音とともに「乾かしてー乾かてー、フッカフカのモコモコよー」という声が聞こえ始めた。


不意に宮司が立ち上がり外へ出る。

少しして、ポカーン!という小気味のいい音と、宮司が羊を嗜める声が聞こえた。


「………」


目を瞑りようやく静かになった空間でゆっくりこの状況に慣れるよう意識する。静かに呼吸をして自分が自分である事は変わらないと自己暗示のように呟く。いくつもの疑問が浮かぶが今は考えても仕方がない。とりあえずは宮司の話を聞くとしよう。


目を開くとちょうど宮司が戻ってくるところだった。後ろには大きなたんこぶを額に拵えた羊が付いてきている。


「すみません、うちのが本当に緊張感がなくて…」

「ごめんなさいー」


羊のたんこぶを思いっきり掴むようにして頭を下げさせながら宮司も頭を下げる。


「あ、あの、大丈夫です。もうなんかだいぶ良くなったというか、いえ、良くはないんですけど、とりあえず話をお聞かせ願いますか?」


(あのたんこぶってさっきの音のやつだよな?痛くないのか?)

そんな疑問は胸の中にしまいつつ話を促す。


「分かりました。ではお話させて頂きます。」



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