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「起きてー、起きてくださいー!お願いですから目を覚ましてくださいー!」


遠くで声が聞こえる。

何だろう?

気になるけれど怠くて確認する気になれない。


「だからあれほど慎重にって言ったじゃないですか…あなた達が思うほど彼らは強くないんですよ?」


最初に聞こえた声とは違う声が嗜めるように言っている。

どこかで聞いたことがある声だな…。


「うぅぅぅ…グスッグスッ」

「全く仕方のない方ですね。多分もうそろそろ意識が戻る頃ですから、気付いたら教えてくださいね。私はちょっとあちらの様子を見てきますので」


泣いているっぽいこの声は最初に聞こえた声だろうか?

別の声はそのまま何処かへ行ったのか足音が遠ざかっていく。

やっぱり気になるがどうにも怠くて眠くて…抗いきれず俺はまた意識を手放す。




どんどんと意識が微睡みに沈んでいく。

水に沈むようにゆっくり、ゆっくりと沈んで…沈んで……


沈んだ先に感じたのはドロドロとした泥のような泥濘みだった。

それは怠くて眠くて堪らない俺に纏わりついてくる。それは決して不快なものではなく、ポカポカと暖かく心地よく感じられた。

まるでぬるめの温泉に入っているかのように体に染み渡る。

心地よさに身を任せ暫くするといつの間にかそれと怠さは消えうせた。それが合図だったかのように体は浮上を始め眠気も消え始める。完全な意識の覚醒が間近に迫るのを感じ始めた時、閉じていた瞼に眩しさを覚え堪えきれずに手でそれを遮りながら目を開く。







目を開き先程声のした方へ頭を動かした先に見えたのは…






「起きたー!!良かったですー!!」


涙と鼻水を流し床をビッチョビチョにした…あの羊だった。咄嗟に身構え逃げようとしたが体が思い通りに動かない。それでも動こうとしたが、


「痛ぅっ…」


全身に走る鋭い痛みに邪魔され動かせない。

そんな風に起き上がることに苦戦している俺をよそに羊はビョンビョンと飛び跳ね、「よかったー!」と騒いでいる。そうしているうちに何かに気付いたように一瞬停止し、


「起きましたよー!気付きましたよー!来てくださいぃーー!!」


そう言ってどこかへ跳ねていった。


「………」


呆気に取られそのまま取り残された俺はその羊の後を追うように床に落ちる水滴が落ちる様をただ見ているだけだった。


「俺を喰おうとしたわけじゃないかったのか?」


遠くで泣いているような声が聞こえたと思ったのは間違いじゃなさそうだな。何がどうしてこんなことになっているのか分からないが俺が何か誤解していただけかもしれない。居酒屋では明らかに俺を喰おうとしてたように思うが…

……もう訳がわからない。



「はぁ…」



息を深く吐き、痛む身体を庇いながら起き上がり状況を確認する。


「洞窟??」


部屋はまるで岩をくり抜いたような野生的な作りだった。

扉もなく照明がないところをみるとあの眩しさは夢独特のものだったらしい。

そこに自分が寝かされているベッドがあり、少し向こうには池のようなものがある。

衣服は動物の絵柄がかわいらしいパジャマにかわっており、ベットシーツやカバーとお揃いだ。

身体を起こしパジャマをめくり痛む箇所を見てみると所々に薄っすらと赤い点の痣のような物があるのがわかった。今すぐ起きて傷が開くという事態でもなさそうなのに安心し、誰が着替えさせてくれたのかという事と、死んだと思ったあの瞬間とその直前の尿意を思い出し青褪める。

すぐさま下着を確認するとこれもまた可愛らしい動物柄のものに変えられていた。


「もうお婿に行けない…」


昔、興味本位で見た下半身の洗浄をどのようにやるのかという看護動画を思い出す。

誰がやってくれたにせよ、こんな大の大人になった男が粗相をして他人にその始末をさせるなんて…さっさとあの家に入るなり、道中で済ませれば良かったと後悔する。

すると遠くからキュッキュッという音とカツカツとした硬い音、そして話し声が聞こえてきた。

思わず身を硬くし耳を澄ます。


「目が覚めたのが嬉しいのは分かりますが、こうも汚されては困りますよ。どこもかしこもビチョビチョじゃないですか。通った道をこんなにしてあなたはナメクジにでもなりたいんですか?」

「申し訳ないですー、つい、嬉しくて嬉しくてー」

「あーあー、言ったそばから…もう、私が拭きながら後ろをついて行きますから先に向かって下さい」


段々と近づいてくる会話を聞きながら、声の主達は間違いなくこちらに向かっているのを確信する。

先程気付いた気まずい事態にどんな顔して待てばいいのか分からない。

この動物柄とどこかで聞いた事のあるような声で、羊じゃない方の声の主は誰なのかおおよそ見当はついている。それが余計に気まずさを感じさせる。


「ほらほらー!起きてるー!起きてるでしょー?」


俺の気まずさを他所に呑気な羊の声が聞こえ、顔が見える。少し前の怖さはどこへやら…この呑気さに軽い殺意が芽生えてくる。

羊はそのままこちらに近づいてきて、もう一つの声の主はその羊の後ろからモップをかけつつ姿を現す。


「おやおや、本当ですね。目を覚ますとは思っていましたが、起き上がれるようまでなっているとは思いもしませんでした。経過が良好でなによりです。」


そう言いながらこちらに微笑みかけ、羊とともに近づいてくるのはあの宮司だった。

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