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俺は産まれた。

生臭い血溜まりから

俺は産まれた。

果てしなく続く苦痛から。

俺は産まれた。

涙を忘れた悲しみから。

俺は産まれた。

切れない憎しみの連鎖から。

俺は産まれた。

箍が外れた怒りから。

俺は産まれた。

それらから逃れたいという願いから。

俺は産まれた。

全てを包み愛し慈しみたいと想う輝きから。


俺は産まれた。

俺の名前は柊蓮人。

俺は今、樹蔭君の目の前にいる。

彼は目の前の俺に気付く事なく、時折菓子をつまみながら仕事をこなしている。

回り込んで彼のPCを見る。画面の端っこに見えるアレはパインスイーパーじゃないか?パインのスジに隠された爆弾を予測しながらパインのスジを引っこ抜いていく、家庭用PC定番のゲームがどうして業務用PCに入っているんだ?

てか、業務中にやっちゃダメだろ!


PCを操作しパインスイーパーを削除出来ないこの身がもどかしい。

おや?今度は予定帳を開いているぞ。

仕事が出来る人の手帳は中身で分かるというが樹蔭君はどうかな?


…………!!!!!!!?????



おい…なんだ、この予定帳は…?

ナース、エステシャン、トリマー、色んな職業とその下にビールのジョッキマークが書き込まれている。

別な日には女の子と思われる名前とこっちはワインのマークもある!

衝撃の事実に思わず樹蔭君の顔をみると心なしかニヤニヤしているようでイラっとしてくる。


「おかしいな、顔に殺してくれって書いてあるように見えるな」


樹蔭君の肩に手を回し絡みつくようにしながらそう呟く。すると聴こえるはずのない俺の言葉に反応したかのように樹蔭君はビクッとして周りを見渡す。

それでも俺には視線は止まらない。

何でもない事を確認し安心した彼は一息ついた後再び仕事を始めた。

俺はそんな彼を見て後ずさりしながらその場を離れ窓から外に出る。


「冗談だと言ってたのに…!私、信じてたのに…!裏切り者!嘘つき!!絶対に許さないわ!」


手で顔を覆い演技じみた独り言をしながらそのまま上へと向かう。そしてある程度の高さまで来たところで演技をやめ、宙で胡座をかき街を見下ろす。


「俺、成仏出来なかったんだなぁ。思い残す事なんて何もないと思ってたけど…」


父さんや母さん、妹…悲しむだろうなぁ。

小憎たらしい樹蔭君もきっと寂しがってくれるだろう。

まぁ、あまりにも寂しがるようだったら俺が憑いてやってもいいかもな。そしたら真っ先にパインスイーパーを消して、女の子の連絡先も改ざんし、どこでもどこまでもそばに憑いていってやる。


「はぁ…、間違ってオールに載った女の子が空から落ちて来ないかなぁ」

深いため息をつき、そう言って目を瞑り思い返す。


あの気味の悪い奴の口が開いたと思ったら目の前が暗くなって気付いたら会社の休憩所にいたんだよな。樹蔭君と一緒に菓子を食べたり城が現れた時にいた憩いの場所だ。

あの時は何が起こったか分からなくてパニックになりながら体のどこも欠けていない事を確認しまくって…。その最中にふと目に入った時計の針が夕方にもなっていない時刻だと言う事に気付いた時にはここで寝過ごしてしまったのかと思いホッとした。


あまりにもリアルで不吉な夢を見たとそう思った。

でも、そうじゃなかった。


何も気付かずそのまま社内を歩き、通路の角を曲がった時にぶつかりそうになったら掃除のおばちゃんが俺に気付く事なくスッとすり抜けていったんだ。


その時にやっと気付いた。

アレは夢じゃなかったんだと。俺はあいつに喰われて死んだんだと。

そうして突き付けられた現実に向かってただ呆然とその場に突っ立っていたらたまたま樹蔭君が近くを通った。

その時の俺はどういう気持ちだったのかは思い出せないが、なんとなく彼に着いて…もとい憑いていってオフィスでの仕事ぶりを観察することにした。

優しい嘘という手酷い裏切りを知る事になったのは良い思い出としておこう。…うぎぎ。


さて、これからどうしようかと降下していると前方に人影があることに気付く。

こんな時あんな場所にいる。

俺は思った。「ははーん?あれはもしかしてお仲間だな?

死んだ身ではもう何も怖くない。」と。そうやってちょっと挨拶しに行こうとして……あ、ダメだ。なんかヤバそう。頭とお腹のあたりからなんか出てるもん。

もう少しこの世界の経験値ためてからご挨拶してもバチは当たらないだろう。


気付かれないようにそっとその場を離れ会社の屋上に座る。ここにはお仲間はいない事を確認し落ち着きを取り戻す。


「死んでからも怖いものはあるんだな。一つ勉強になった。」


独り言を言う癖はもともとあったが、あの事件に巻き込まれてからそれが酷くなった気がする。

横に寝転がり誰が置いていったか分からない週刊誌の袋とじのページを風が開く。何気なくそれを見つめて、その向こうに見える夕陽を見ていると不意に視界が暗くなる。

なんだろうと思い上を見ると、そこにはモコモコした羊がいた。



俺は逃げた。

全力で逃げた。

俺って風になったんじゃね?って思えるくらいそれはもう全力で逃げた。

そしてビルの影に隠れ辺りの様子伺う。

だが…

「結構探したんですよー、居られると思った場所にいないんですもーん。わたし、もうお逢い出来ないかと思いましたー」


間延びしたちょっと眠そうな声がすぐ近くで聞こえる。

声のした方をチラッと見ると、どこかで見たことのある羊が…

再び全力で逃げるが羊は俺と並走状態になりながらこちらを見てくる。


「嘘だろっ!?!?」


明らかに居酒屋で見たあの羊だ。

死んだって言うのにまさかまた喰われるのか?

この状態で喰われたら絶対やばいに決まってる!


嫌だ嫌だ嫌だ!!!消えたくない!!!!


方向転換を繰り返しビルの合間を縫うように逃げる。

生きている間にもこんなに必死に逃げた事は無いと自信を持って言えるくらい逃げに徹した。


「ん〜、どこか行きたい所でもあるんですか〜?迷子ならわたしがご案内しましょうか〜?」


それでも引き剥がせない。

挙句、俺の斜めに前に出て牙を見せつけるようにそう話しかけてくる。


案内?案内っていうのはアレか、わたしのおくちからおなかに一ってか?絶対に御免被る!

再度羊から逃げようと逆向きになったが足がバタバタとするだけで先に進めない。

必死に足を動かし前に進もうと腕も動かすが進む気配がない。

恐る恐る振り返る俺を嘲笑うように羊の声が話しかけてくる。


「ふみまへんが、ひかんがないおで、ひつれいはへてもらいまふー」


俺の服と咥えながらそういったかと思うと物凄い速さで移動する。俺はあまりの速さとそれによって起こった首に食い込む服で意識が朦朧としながら(あぁ、この状態でもGって感じるんだな)そんな感想を抱いて意識を手放した。

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