12
「先輩、昨日はすみません」
翌日出社すると樹蔭君が申し訳無さげに話しかけてくる。
変な噂の話をしたせいで俺が気分を悪くしたと思っているようだった。実は病院から貰っていた薬と酒の相性が悪かったようだとこちらの不手際で申し訳なかったと伝える。実際は薬なんて飲んでいないし、誤魔化しきれるとは思わない。でも、客観的に見れば自分で飲みを誘発して噂の事を聞き出して、タイミングの悪い停電のせいとは言え朧げでも明らかに気がそぞろな対応をしたというのはちょっとというか結構失礼な事だと思う。
今度はこちらが七割奢ると約束してその場を離れ上司に午後半休の許可を貰い大急ぎで仕事を片付ける。
流石に午前だけでは全ては終わらなかったものの、じぶんで良しと思える所でひと段落させて昼過ぎには例の神社に向かえるよう準備をする。
あ、樹蔭君が気にするといけないから先に声をかけて午後の半休を伝えなくては。朝会った時に伝えれるような雰囲気じゃなかったもんな。彼にはお詫びにお守りの一つでも買ってきてあげよう。
神社に向かう前に電話で連絡とかしておいた方がいいんだろうか?そう思ってネットで調べてみるも連絡先の電話番号がない。よく見ればこのページって神社好きのブログじゃないか。しかも行ってみたい神社で写真すら載ってない。うーん、正式なページとかないのかな?
仕方がない、バスに乗らないと行けないみたいだし乗りながら読んでみるとしよう。降車場所は終点みたいだし降り過ごす事もない。
さ、ちょうどバスも来たようだし向かうとしよう。
バスに乗り込み席を探す。どうやら他の乗客はいないようだ。少し不安になりながら一番後ろの外の景色がよく見える席に座る。運転手がアナウンスをし出発するのを確認してから携帯を見やる。
++++++++
神社の名前は水上神社。
知る人ぞ知る神社で日本でも珍しい動物を祀る神社。お稲荷さんは動物じゃないのかと思ったらどうやら動物の形をした神仏や遣いじゃなく、動物そのものを祀っている。そして、それらを守る守護として麒麟を置いている。お守りやおみくじという物販はなく、きちんと管理されているのかゴミや落ち葉もなく、社自体は月日の経過による古めかしさはあるものの傷んだ様子もない。そこを管理していると思われる宮司は本当に縁のある人しか逢えない為幻の存在とされている。
++++++++
…と書いてある。
なんだ、樹蔭君のお守りが買えないじゃないか。
あれ?もしかして宮司が幻の存在ってことはお祓いもしてもらえないんじゃないか!?…いやいや、あれだけおかしな目に遭っているんだ。縁がなくても俺にしか見えない宮司がいても…いいんじゃないか?いいよね?
でも、もし、いなかったら?誰もいなくて帰り道にまた、、、またあんな目にあったら??
…猫又だけじゃない、あの羊もそうだッ!
それだけじゃない今度は樹蔭君の言っていた異形の通り魔っていうのに……
「…さん?お客さん?終点ですよ?」
マイク越しに運転手が話しかけて来ていた。
全く気付かなかった。
どんどんと不安と恐怖で心が折れそうになっているうちにあっという間に時間が過ぎていたようだ。
バスから降りてから公式ページが無いかともう少し探してみたが見つからず、ここからしばらく歩いた先にあるという神社に向かう。その神社はいつから何の為にあったのか分からないが、まるで人の家の敷地を歩いている気分にさせる狭い路地をグネグネと歩かないと行けず、人気を感じる度に不法侵入で怒られるんじゃないかとヒヤヒヤした。
下手な城下町より酷い。
「にゃーにゃー」
……ビクッ
時折何処からか現れる普通の猫に怯えながら目的地に到着する。
「こ…これは………!」
目の前には大きさはそれ程でもない小山と急斜面、そこにグネグネと最大限の距離を稼ごうという悪意すら感じる意地を表現されたような長々とした階段だった。
こんなのブログには書いてなかったぞ。
階段の入り口には多分ブログに書いてあった麒麟の狛…狛麒麟?がいる。阿吽の形は何処も共通なんだな。
オフィスワークのせいか全く鍛えられていない脚の膝を大爆笑させながら階段を登りよく見る鳥居を潜る。あとは身を清め、参拝する。
…つもりだったのだが、目の前の風景に圧倒される。まるで身を清めるように優しく吹く風、その風に水面を揺らす池、そしてその池の上に立つ何処にでもあるような、どこか懐かしさを感じる…
「…小屋?」
なんて事だ。
せっかくついた希望の神社がただの小屋に成り果てていたとは。せめて参拝だけでもしたかったが手水舎どころか参る為のあの鈴を鳴らす場所がない。という事は、あれは神社ではない。というか、あったとしてもそもそもそこまで行く道がない。
もしかしてここは裏手で実はここを回るとあの鈴を鳴らす場所が…?
…無い。無いな。
何度周っても見つからない。
もしやと思い獣道にすらなっていないただの草の分け目を辿っても見つからない。
という事はやっぱり小屋のようなこの建物が社なのか。
ブログにあった通りお守りも売っていない。幻と言われている宮司にも逢えなかった。
「は…ははは……」
もう笑うしか出来なかった。
近くの木の下に座り、曇り空となった空を見てこれからを思う。
後はもういつ来るか分からないアレらの恐怖に怯える事しか出来ないのか。
…ジャリッ
近くで砂利を踏む音が聞こえる。
あぁ、あれが来たのか。
神社と言っても小屋のようになってしまったこんな場所じゃ聖なる場ですらなくなったのだろう。
雲の切れ間から陽が入る。
「おや?こんな時に人と逢うなんて思いもしませんでした。もしかして参拝に来られたのですか?」
違った。
雲の切れ間の日に照らされながら声を掛けてきたのはもう逢えないと思っていたこの神社の宮司っぽい人だった。




