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「サンプルとして保存していた血液はその解析結果が出てから、空飛ぶ城の件から3日経った時に全て紛失扱いになりました。紛失現場に狼と人のDNAが入り混じった体毛を残してね」
こちらを振り向きそう言った警察官の目を見た時何かがスゥッと解け急速に意識が目覚める感覚があった。
同時に起こる強烈なフラッシュバック。
思い起こされたのはあの血溜まりと三対の目、そして空飛ぶ城を見た時の事。血とヘドロが混じったような悪臭とそれに塗れる感覚。
それがごちゃ混ぜになったようになり、自分が身動き出来ないままあの血溜まりに溶け込むように埋もれて行き心が絶望に染まりそうだ。あまりの恐怖に汗が出るし生々しい感覚で猛烈な吐き気に襲われ今にも意識を手放したくなる。
「大丈夫ですか?看護師を呼びましょうか?」
よほど苦しげに見えたのか警察官が焦りを感じさせる声でそう聞きながら背中をさすりナースコールに手を伸ばす。
大丈夫だと手でジェスチャーをしながら停止し返事をしようと……その時ふと聞こえた小さい声。
…助けて…
…苦しい…
…怖い…
それは子供のような大人のような男のような女のような不思議な声だった。決して今背中をさすってくれている警察官の声ではない。部屋にはいない何かの声だ。
その事に気づきブワッと汗が増した気がするが、正直それどころではない。 必死に理性を保てる様背中をさする手の温もりを意識する。
どれくらい経っただろうか、多分30秒にも満たない時間だったんだろう事は警察官の雰囲気で分かる。そしてあの声が聞こえていないだろうということも。
「もう大丈夫です。」
なんとか落ち着きを取り戻し息を整えながらそう伝える。
よくパニックにならなかったものだと自分で自分を褒めたい。
「本当ですか?大分顔色が悪いですよ。検査では何も異常は無いとは聞いていますが、、、」
「えぇ、大丈夫です。ちょっと気分が悪くなっただけです。それでその……体毛っていうのはもしかしたら俺が見た奴と関係あると思いますか?」
本当はすぐにでも横になりたかった。だが、そうするとまたあの声が聞こえそうで怖かった。ナースコール押されたら恐らくすぐに看護師は来るだろう。気分も良くなるかもしれない。それより今は無理矢理話にで少しでも長く話を続けて気を紛らわしたかった。
「正直なところそうであって欲しいなというのが本音です。失礼な言い方になるかもしれませんが、柊さんが見たような存在がそうそう居てもらったら困ります。」
真剣な眼差しはそのままに少し苦笑いでそう答え、ですがさらに話を続く。
「私が今一番気になっているのは“次”という言葉です」
…次、そう次だ。