3〜5.5(警察官その3)
目撃者失踪の連絡を受け、図らずも気分を切り替えられた私はある程度フラットな気持ちで神社に向かうことができた。が、今度は別の意味で気持ちが少し重くなってしまう。
その神社は昔ながらの入り組んだ小道を進んださらに奥まったところにあった。携帯で地図を見ながらでなければ初回ではとてもたどり着けなかっただろう。この時点で少し嫌な予感がしつつもようやくたどり着いた私が鳥居の先に見たのは、山を登るようにくねくねと続く長い階段だった。
多分普段ならこれくらいなんてことない位の階段なのだが、今日は一日かなり足で稼いだせいか見かけ以上に長く見えているように感じる。正直登りたくはないが登らなければ始まらない。幸い山に茂る木々のお陰で幾分か涼しいので多少は登りやすいだろう。
ふと目にとまった鳥居の前には・・・狛馬?
何処かで見たことのある鱗に覆われ龍のようなツノの生えた馬が鎮座している。
夏なんかによくリーマンに呑まれていると思われる奴だ。
そう、確かあれは麒麟だったか?狛麒麟と言っていいんだろうか??
神事のことを聞いた時には変わった所のある神社だとは感じていたが、もっとひそやかな感じで変わっているのかと思っていた。まさかこうもあからさまに変わっているとは。だが、こういった変わった箇所があるという事は益々期待が高まるというもの。無駄足にならないよう期待で少し早くなった足取りで階段を登り始める。
「ぜぇぜぇ・・・」
年というには残酷なものだ。
昔ながらのこれくらいの階段、どんなに足で稼いだ後でも鼻歌混じりで登りきった事だろう。
それが中年を超えかけた今となって息切れとともに膝が笑いかけ一人膝カックンしそうな状態だ。
ガクガクした産まれたての子鹿のような足取りでやっとのことなんとかたどり着いた先に見えたのは期待通り一風変わった社の風景だった。
その社は一見なんの変哲もないむしろ地味でこじんまりとしたものだった。だが、よくある賽銭箱もあのでかい鈴を鳴らす奴もない。あれが本堂の中はしまっていて見えないが、その手前には一本の木の枝が横に供られている。
さらに変わっているのはその社が建てられている場所だ。
社は池の上に建てられていた。
いくつものとても太い柱に支えられており、その柱は池の底にしっかりと突き刺さっているように見える。
そして池の水はとても透き通っていて一瞬パッと見ただけではとても浅く見えてしまう。しかし、よく観察すると中を泳いでいる魚や社を支えている柱の太さを比較してみると感じられる深さよりも実際はとても深いのだろうというのを窺い知る事ができる。
周囲の木々は落葉樹が多くきっと季節ごとに情緒溢れる演出をしてくれるだろうという事が容易に想像できた。風が爽やかな木々の香りを運んでくるのを感じながら疲れを癒しているうちにあることに気づいた。
社に行くための橋がない。
乗り付けるための小舟のような物もない。
社の裏手に回って確認したかったが、道がそのように出来ていないようだったので無理矢理入るのは憚られた。
神主や巫女っぽい人もいない。よくあるお守りや破魔矢を売っているような場所も祈祷受付の窓口も管理者の住居っぽいところもない。
しばらくウロウロしてみたが誰も来る様子はなく途方にくれた。
仕方がないので日を改めようと踵を返すと不意に電話がなった。目撃者の意識が戻ったという病院からの連絡があったという事だった。下りとはいえ目の前の階段に一瞬体力の限界を感じたが、幸い車で調査していた者が近くに来てるというのでわかりやすい場所で乗せてもらうこととなった。なるべく早く病院に着きたいので少し急ぎ足で階段を降りる。流石に行きよりは楽だが行きの疲労でカクカクと奇妙な動きをしそうになる膝を必死に制御しなんとか無事に下まで到着。俺の膝もなかなか捨てたもんじゃないと少し褒めてやりたい。
しかし見事なまでに何も得られなかったなぁ。
少しでも何か分かればよかったが沿革的な物は何もないし、情報サイトのウェケペケをみても大したことは載っていない。この辺の住民に話を聞ければとも思ったが、誰も歩いていな・・・・お、散歩中と思われるご年配の女性がいるじゃないか!ちょうどこちらに歩いてきてるしちょっと聴いてみるか。この疲労感に対しての手ぶら感はあまりにも虚しい。何かいい情報が入りますように!
ダメだった。
唯一わかったのはこの神社は縁が無ければ何も起こらないし分からないという事。縁があれば何かしら起こるし分かるのだという。他にも何か知っていそうな感はあったが、質問する前に「何もなかったということは少なくともまだその時じゃないって事だと思いますよ。」と笑顔で言って去っていった。と思ったら、こちらを振り向き「そう言えば、この神社に来れたということ自体何かしらご縁があるという事らしいですよ」と言い、今度こそ去っていった。
縁で事件が解決できるなら早い所縁を繋いで欲しい物だと思いながら合流場所へ向かう。
目撃者なら必ず縁よりもたしかに確実な何か知っているはずだ。オカルトなんてあやふやな方向に事件の解決の糸口を求めているのになんだか少し矛盾した考えをしている事に気付いて一人で少し笑ってしまう。
迎えが来るまでにはもう少し時間がかかる。それまで事件の事と今日の話の整理、と言っても大した収穫はないが、それから足を休めよう。
それから迎えが来て車の中で今日の報告をうける。やはり過去の目撃者の足取りも被害者はわからない。今回の事件で入手できた血液検査はまるでふりだしに戻ったかのようにエラー続出。血液の主が一体なんなのかすらわからない。解析不能とはまた違いこの件の血液に限ってのエラー。今までと違う事と言えば性別すら不明という事。あぁ、そう言えば縁取りの文字はシュメールだかルーンだかの文字の傾向があるらしいと言う話が聞けたな。そっち系統の考古学に詳しい先生とやらに協力を依頼する手筈になるだろうと思われるが、それはまた後で話し合う事になるだろう。
病院に着き医師や看護師から目撃者の状態について話しを聞く。ちょうど今から目撃者に話をしに行くところだったらしくすぐに話を聞く事ができた。
幸い意識が戻ってからも取り乱した様子もなく、落ち着いた様子で体にも異常はない。ただ、受け答えには力なく答え終始上の空の様子でまるで魂が抜けたようだと言う事だ。少し意識に問題があるかもしれないのでカウンセリングに通う事を勧めているらしい。何事もなければ明日退院との事だった。
過去の目撃者の行方が分からない今、病院側には事情は伏せてせめて1〜2日退院を伸ばしてもらう事になった。
医師から目撃者、いやここからは柊さんと呼ぼう。
医師から柊さんへの話が終わったのを確認し迎えに来た部下と共に病室へ入る。
手帳を見せ自己紹介をするが、医師の話にあった通り上の空だ。こちらの事は警察の人としか認識していないようだった。
一通り話を聞いてみるが何も見ていないという。
しかし、上の空の中目が少し泳ぎ体にも少し力が入ったのが分かる。部下と目を合わせその事を確信するが、ここは病院。取調室ではないので無理矢理話してもらう訳にもいかない。
少し思案して部下に部屋を出てもらう。
よほど意識が不安定なのか部下が出て行ったことにも気付いていない。
まずはもう少しこちらに意識を向けてもらう為にもあの事をチラつかせてみるか。今までの目撃者が証言していた猫の化け物について。