第4話 袋小路の防空壕
2、3度は振り返った。しかしそれ以降は何があっても振り返りはしなかった。逃げている間に倒れている人を見つけても、その人が生きていようと死んでいようと、いや、それすらも確認せずにとにかく走った。この状況ではとにかく自分が生き残ることが先決だった。
そして目的地の山まで行くと、確かに爆発音は聞こえるも比較的平和なものだった。大方、ヤツらは住宅街を狙っているのだろう。緑豊かな山にはほとんど攻撃が与えられない。少しくらいは攻撃を受けるものの、住宅街のそれとは大きく異なるものであった。
そして山に立ち入り数十分。山道を大きく逸れたあたりで、この自然の中に不釣合いな金属製の人工物が見つかった。南京錠によって閉ざされた鉄の扉だ。
「こ、これが……」
浦賀が気付いたように言うと、すでにそこそこ立ち直っていた水波が扉に触れる。
「防空壕? 大丈夫なの? 中、崩れてたりしない?」
「知らない。けど、葛城」
「うん」
錆びた南京錠を解き、重々しい鉄の扉を開く。中からは淀んだ湿っぽい空気が溢れるが、そんな感覚を味わっている暇ではない。勢いよく中へとなだれ込み、暗くなるのも厭わずに扉を閉める。
「な、なんとかここまで来れば、さすがに」
浦賀はその鉄の扉にもたれかかりながら座り込む。
「ね、ねぇ、浦賀。あいつらなんなの?」
「俺が知るかよ」
そして水波も呼吸を荒々しくしながらその場に座る。そして葛城も彼らと同じように座っていたが、すぐに携帯端末を取り出してライトを付けて辺りを見回す。
奥行きもそこそこで横穴もある。防空壕というよりは金山や銀山などの坑道というのが適切にも思える内観だ。そして数多くの木箱が置いてあり、そこには『非常食』『水』などの文字が貼られている。いわゆる災害時備蓄の類なのだろうと思われるが、大規模災害時には危険となるであろう古い防空壕に備蓄をしているのはいかがなものかとの疑問も生まれる。最も、今まさに起こっているこのイレギュラーな大規模災害では助けられているのだが。
「でもあのじいさんが殺す気で軽トラに突っ込んだし、もし来なければ水波もどうなっていたか」
国内勢力による暴動、国外勢力による侵攻か。相手が何者かは分からない。しかし紛れも無く敵であったことは間違いない。そんな当たり前のことをこれまで起きたことから導き出した浦賀だが、一歩間違えばどうなっていたか分からない張本人の水波は身を震わせる。
「でも、なんだか宇宙人みたいだったよね。敵がって言うより乗り物が」
あの状況で葛城はよく見ていたものである。確かにあれは地球上の乗り物ではなかった。アメリカのような超軍事大国が研究中と言われれば、まぁ納得できない話ではない。だがミリタリーに詳しくない彼らにとってはそんな現実的な答えよりも、非現実的な答えの方が簡単に導き出せるものだった。
「宇宙人……」
「宇宙人なんて、いるの?」
少し考え込む浦賀と疑心暗鬼の水波。葛城は「分かりませんが……」とやや下を向く。
「そりゃあ、可能性はゼロではないと思うけどさ……」
SF的な内容であるものの浦賀は真っ向から否定はしない。なにせ宇宙人自体、その存在は否定されているわけではないし、むしろ科学者・数学者、そして宇宙飛行士などの宇宙事業関係者たちの中ではその存在を肯定的に見ている人は決して少なくない。
だが今はそんな事を論じている場合ではないのである。
なんとか防空壕に逃げ込んではみたがここはいわば袋小路である。敵に見つかれば逃げ場はないし、崩落なんて起きたものならば自力で脱出できる保証はない。この状況下で消防や自衛隊が助けにくれるとはなかなか考えがたいものである。
今はただただ呼吸を整えつつ、気持ちを落ち着ける。
そして外の状況が変わるのが待つのみである。
荒々しかった3人の呼吸がゆっくりと小さくなっていく。それでも緊張感のせいか完全には小さくなりきらない。一方で未だ金属の扉を挟んで外からは爆発音が絶え間なく聞こえる。そんな音を耳にしていると、外がどうなっているか気になる。だが恐怖心があるのは言うまでもない。
その恐怖心に勝てなくなった水波は、他のメンバーに話しかけて気を紛らわそうとする。
「ね、ねぇ、浦賀」
水波が声を出した直後だった。呼びかけを受けた浦賀はすぐさま彼女を押し倒して口を手でふさぐ。
「んんん!?」
暗い中で男子と女子。まぁそういうことが思い浮かぶところであるが、元より気が動転している水波はこれ以上動転しようがないようで、むしろおとなしいくらいか。しかし彼女の想像と彼の行動理由は違った。
「しゃべるな、水波。物音が聞こえる」
小さい声の浦賀。葛城もそれに気付いたようで、体勢を低くして物陰に隠れる。そして水波は浦賀に押し倒され口を封じられた状態で静かにする。2人については元よりその場所がやや物陰になっていたのが幸いである。
そうしていると確かに聞こえてくる音。落ち葉を踏む音が規則的に。風のせいと言えばそうなのかもしれないが、それはそれで規則的なのは違和感がある。爆発音や不思議な機械音の中で聞こえる、落ち葉の音が次第に大きくなっていく。
そして扉の前ではっきりと止まった。
「「「……」」」
物陰に隠れた葛城は近くにあった7、80センチくらいの木の棒を手に取る。
浦賀は水波に跨り口を手で塞いだまま、扉のほうを睨みつける。
水波は浦賀に跨れて身動きもしゃべることもできないままで、目だけを扉へと向ける。
三者三様の対応で、しかし共通して見つめる鉄扉。
その扉がゆっくりと開いた。




