第三話 優しさは毒のよう
第三話になりました。ほのぼのお買い物回です。
目が覚めると、見知らぬ天井。見回すと、布団の上から腹部あたりに猫と洋服が乗っている。
「あ、起きたかにゃ? おはよう、藍海。今日の洋服、用意しておいたから着てにゃ!」
「おはようございます……」
「洋服着れたら下に来るにゃ。朝ご飯はできているよってクリスが言ってたにゃーん」
「ありがとう、ケイティ」
まずは、服を着ようとケイティが用意してくれた服を手に取る。最近流行りのお洋服だった。世間で流行している服は進んで取り入れない主義の私は、少しだけ困惑した。流行の服はたいていが高く、自分で購入することはためらいが生じて買わなかったのだ。おこずかいも少なかったし、ノートとかシャープペンの芯、消しゴムの学用品に使っていたから手元にあまり残らなかった。少なからず、貯金はしていた。目標は決めていなかったけれども。確か、この前5千円くらいになったはずだ。全部小銭だけれども、こつこつ貯めることに意味があるはず。
「似合うのかな? こういうの自分じゃあんまり選ばないけれど……」
内心ドキドキしながら、クリスとケイティが待つ下の階へ行く。
「おはようございます」
「おはよう、藍海。よく眠れた?」
「はい、ぐっすりでした。でも、朝食の準備のお手伝いできなくてすみませんでした……」
自分のことは自分で、という施設の決まりが頭の中をよぎる。準備は必ず手伝っていたから、なんとなく義務のように感じていた。
「あやまらなくていいんだよ。少しは頼ってくれたらうれしいな。もう、家族なのだから、ね」
「……はい」
頭を撫でられながら諭された。ぽんぽん。少しだけ落ち着くような気がした。
朝ご飯はホットケーキだった。この人、もしかして甘党だったりするのだろうかと目の前にいるクリスを見ながら思う。それかスイーツづくりが好きなだけだろうか。プリンもすごく上手に作っていたし、このホットケーキもふわふわで焦げもない。焦げがないどころか、見本のようなきつね色。なのにしっかり中まで火が通っている。私がやったら絶対にこんなに上手に焼けない。中が生になるか、焦げるかのどちらかだ。単に下手なだけだろうか。プリンも学校の授業で作ったが、すが入っていておいしくなかったしカラメルソースは焦がしすぎてしまったせいで苦かった。やっぱり、お菓子作り向いてないのかも。
「どう?」
「どうと言われましても、完璧の焼き上がりですし、おいしいですけれど……」
「よかった。実はふわふわにするためのレシピを昨日見つけたから試してみたんだ。初めてだったから、どうなるかわかなくて。よかった、おいしいって言ってもらえて」
「とてもおいしいですよ。私じゃ絶対にできないくらい」
「今度一緒にやろうか」
「……はい」
急にどうと聞かれたのはそういうことでしたか。試したくなっちゃったということだろうか。
「それで、今日は出かけるよ。百貨店に行こう。生活に必要な物を買わなきゃならないからね。君は欲しいものはある? と言ってもリストアップはしてあるけれども、君の意見を尊重しておかなきゃいけないからね」
「必要なものですか。まずは、服ですよね。……それくらいしか思いつきません」
「うん、わかった。では、見てから決めてもいいから、準備しておいで」
「はい」
顔を洗ったり、髪型を整えたり。外は寒いからとケイティが上着を用意してくれたり。用意は容易に済んで、百貨店に向かって歩きだした。季節は冬、やはり少しだけ寒いかもしれない。百貨店はさぞ温かいことだろうから、そこまで我慢をしよう。ケイティは人型でいかにも普通の外国人みたいなTシャツに上着、ジーンズと軽い恰好をしている。一方クリスはスーツ……。出会った時もスーツだった気がする。上着は黒のコート。この三人のちぐはぐさ加減がなんとも言えない。親子とも言えないし、親戚くらいには見られるだろうか。
「着いたよ」
と、百貨店に着いたことをクリスさんが教えてくれてまずは服から見て行こうかという話になった。
百貨店の造りは地下一階から地上五階まで。地下一階は食料品売り場とフードコート、地上一階と二階が服売り場。一階が大人向け。二階は子供向け。三階はおもちゃ売り場。四階は催し物広場と百均。五階はアミューズメントパークとお食事屋があるらしい。入口の案内で確認した。迷子になりやすいのでそこはちゃんと確認しておく。
「この服どうかな?」
と、彼が差し出してきたのはあまりにもお年を召した方向けのデザインの服。
「それは、ないです」
思わず真顔で返してしまったので、少ししょんぼりしていた。
「クリス、それはないにゃ……。藍海の服は私が見るにゃ」
「おねがいします」
「まっかせておくにゃ! 絶対に似合うものを見つけるにゃ」
任せておいて正解だった。必要な比較的かわいいしシンプルなデザインの服を「これは似合う」「これはダメ」などと言いながらぽんぽんと買い物かごの中に入れていく。ズボンはもちろん試着してから決めた。「このズボンは伸びる素材を使っているから、動きやすいにゃ」とか、「デザインがおしゃれさんだから、これがいいにゃ」と本当に迷うことなく必要な服をかごへ入れていくのだ。流石服を自作するだけある。ほつれにもすぐ気が付くらしく、この服はほつれているからだめにゃと小言を言いながら避けていた。
「終わった?」
流石に飽きたらしく、終わったかどうかを聞いてきたクリスさん。終わってます。お会計、この量本当にいいのでしょうか。
「うん、流石ケイティだよ。どれも君に似合いそうだ」
「ありがとうございます」
「会計済ませてくるよ。待っていて」
「あ、私も行きます」
「君は来なくて大丈夫。それに君、金額見たら謝りそうだし」
「う……」
「だから、ケイティと一緒に待ってて」
「はい。ありがとうございます」
結局金額は見なかったが申し訳ない気持ちでいっぱいになる。人に頼ることは嫌いなんだ。
「買ってきたよ。次、四階行っていいかな? 買いたいものがあるんだ」
「いいですけど、何を買いたいのです?」
「ん? レジン」
どうやらこの男はレジンを使って何かをするそうです。
「レジン、ですか……」
「少し工夫すれば宝石みたいになるんだよ。試しみたくなってね。宝石みたいになったらまた副業としていろいろアクセサリーとか作ってみようと思って」
エスカレーターに乗りながら、嬉しそうにそう話してくれた。副業で宝石商やって、アクセサリーもつくることになるのだろうか。この魔法使いすごく活動的。いいのか悪いのか。本業の方はどうしているのだろうか。ずっと本業関連の話はされないけれども。話もしないし、素振りもない。すこし心配。魔法使いなのだから、鍋で薬をぐつぐつ煮て作ったりとか、ハーブや薬草に詳しかったりもするのだろうか。そんなことをお店に移動するまで考えていた。
「ねぇ、どれがいいと思う?」
とても嬉しそうに聞いてくる。
「え、いろいろあるんですね。色とか、枠みたいなのもあるんですね」
百均は優秀だ。何でも揃う。こんなレジンというものですらお試し感覚で入手できるのだから優秀すぎる。
「これとか、どうですか?」
私が差し出したのは、青色のレジン液とピラミッド型の型。
「あ、いいね。それ。うん、これにしよう。ありがとう」
その後、多分作った後にペンダントみたいにするみたいで、チェーンを買ったりしていた。
「ケイティ、クリスさんってなんでも試したがる人だったりする?」
「うん。魔法は試したがらないけど、自分でできるようなことはなんでも試すにゃ」
「やっぱり……」
「でも、クリスは試しているときが一番楽しそうにゃ。一番充実しているみたいで、いい傾向にゃ」
「うん、確かに楽しそう」
確かに、とても楽しそうで子供みたいにはしゃいでいるようにも見えるのだ。
「さ、買ってきたしそろそろお昼にしよう」
「うわぁっ、いきなり現れないでください……!」
「ごめん」
お昼は最上階にある飲食処で。かつ丼が食べたくなったので、私はかつ丼。ケイティはハンバーグ定食。クリスさんはオムライス。もしかしなくても、子供が好きそうなものが好きなのかもしれない。昨日の夕飯もオムライスだったのに、またオムライスを頼んでいるところからそうなんじゃないかなと思った。
お昼ご飯を食べ終わった後、地下の食料品売り場でお買い物。今日の夕飯の買い出し。今日は親子丼にしようねと言っていた。
今日は楽しかったのかもしれない。いろいろと優しくされて。でも、その優しさは毒なんだ。人間だからもっと欲してしまいたくなる。
ふと、ショーケースを覗くと、白いウサギの和菓子があった。
「かわいい……」
「それ、気に入ったのかい? 買ってあげようか」
「でも」
「ん? いいよ、あるから」
とんでもない発言してる……。
「あ、ありがとうございます」
そのウサギは甘かった。あんこのほのかな甘みが、少し心に染みた。
帰り道、「どうして、私を引き取ったのですか」と聞いてみた。
「君に、世界を美しいって思って欲しかったんだよ。君の瞳は今は少し濁っているけれども、多分すごく綺麗だから近くで見守ってみたくて」
「よくわからないです。こんなに優しくされたら、私きっとダメになります」
「ダメになってもいいよ? だってそれは僕の優しさが君に届いているってことだろう? 君は優しさを受け取る回数が少なかったから私がたくさんそれをあげよう」
「貴方は優しすぎます……」
「泣かないで欲しいかな、君の涙の理由が私はわからないから」
「嬉しいんですよ、きっと」
「そっか。では、帰ろうか」
「はい」
――――私はこの人の優しさを知ってしまった。この人の毒におぼれていくんだろう。この毒におぼれて、死んでしまうんだ。
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