テクシー
「おっそいなぁ」
電話して頼んだのに、いつまで経ってもタクシーが来ない。
「大体こんな夜中に何の用なんだ」
上司の顔を思い出し、私はイラ立ちを募らせる。
しっかし、今日に限って愛車のバッテリーがあがるなんて……、厄日だな全く。
私は自宅ガレージのポンコツを睨むと、ため息を吐いた。
暗い夜道にぽつんと一人、私は吸っていたタバコを踏み消すと、二本目に火をつけようとした。その時――、
遠くからヘッドライトの明かりが、近づいてくるのが見えた。
「やっと来たのか」
私はやって来たタクシーに手を振って合図を送った。
タクシーは私の前に止まると、後部座席から一人の客が降りてきた。やたら派手な赤い刺繍の服を着ている。これじゃ目立ってしょうがないだろうに――、若者のファッションをまったく理解できないのは、私が年を取ったという事だろう。まぁ、そんな事はどうでもいい。それよりもこの運転手だ。
なんだよ、こっちは予約して待ってたってのに、途中で客のせてたのかよ……。まぁいいか。とにかく早く行かないとな。非常識な奴とはいえ上司は上司だ。待たせる訳にはいかない。
私はタクシーに乗り込むと、行き先を伝えた。
「――――まで、お願いします」
途端、タイヤを軋ませタクシーが発進する。
ずいぶんヤル気のある運転手だな。遅れた事を、申し訳ないと思っているのだろうか? まぁ映画じゃないんだ、安全運転でたのむよ。
「……、」
なんだ? なんで無言なんだ? 無愛想な運転手だな。しかも、私が伝えた行き先と真逆じゃないか。新米運転手なのか? ジモティーじゃないのか。
「すみませんね、こんな夜中に」
待たされたのは私で、何か腑に落ちないが……。私がヤクザとかだったら、怒られるぞ! 全く、本当に今日はツイてないな。
「……、」
舌を失くしたのか? いっそ思いっきりタバコでも吸ってやろうか。こんなご時世だ、さすがにリアクションがあるだろう。私はポケットを探る。そして気づいた。
くそ、感触でわかる。家を出る時に、携帯と鍵を忘れてしまった。なんて日なんだ。とことん不運だ。なんせ急いで飛び出たからな、私は悪くない。
私は思わず舌打ちしてしまう。
「行き先わかります? 場所がわからなければ、駅まででもいいので――」
私は後部座席から身を乗り出し、運転手の顔を覗き込むように言った。
「……お客さん、すみませんが……」
運転手がやっと喋った。心なしか声が震えている。よく見たらハンドルを握る手も、凍えるようにブルブルと揺れている。
運転手はラジオをつけながら、二言目を発した。
「すみませんが、このまま……警察まで行かせて下さい」
「えぇ? なんでですか」
私はいよいよあきれ返る。最悪だ、変なタクシーを捕まえてしまったようだ。まぁ前もって予約しているんだから、掴まされたというか……。行ってもいいがお金は払わないからな。上司を待たせる事になるが、まぁいいだろう。ハッキリ言ってあいつは嫌いだ。
「さっき、お客さんと入れ替わりに、降りた人いましたよね」
「えぇ」
「降りた人、殺人犯です」
カーラジオから伝えられる『一家惨殺事件』。
犯人の特徴は、私と入れ違いで降りた男で間違いなかった。