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機械仕掛けの神(18)

 グリフォンに連れ去られたファリスは泣き叫んでいた。恐怖よりも悔しいという気持ちの方が強い。

 憎むべき相手だったハイデガーを自分の手で殺し、ヴァーツの保護により夢殿に向かうはずだった。あと一歩というところだったのに、敵に攫われたことが悔しかった。そして、自分の戦いがまだ終わってないことも実感した。

 ビルの合間を縫うように飛ぶグリフォンはどこに行くのか――などということは今のファリスには、どうでもいいことだった。今は逃げたい一心で身体を動かす。だが、両腕は嘴によって挟まれ、動かせるのは宙に浮いた足のみだった。これではいくら暴れてもどうにもならない。

 大声を出しても誰も助けに来てはくれない。声を出すのが虚しくなってくる。それでもファリスは諦めたくない。何も打つ手がなくても、何もできない自分が嫌だった。

 強引に腕を動かしていると右腕が偶然にも抜けた。ファリスは迷うことなく腰のフォルスターから銃を抜いた。

 こんな場所で魔導銃を撃ち放ったら、どんなことになるかファリスにもわかっていた。それでも彼女は銃の引き金を引いた。

 紅蓮の炎に包まれたグリフォンが叫び、思わず開いた口からファリスが落ちる。

 銃を放った際にファリスも軽い火傷を負った。近距離で銃を放って軽症で済んだのは炎が意思を持っているに他ならない。しかし、軽症で済んだと言っても、このまま地面に落ちれば意味がない。そこに待っているのは死だ。

 敵の手に落ちるなら、いっそ自分から死んでやる。ファリスはそう思いながら目を閉じた。自分はよくやったと思う。ハイデガーを倒したのだから、これで死んだ兄も少しは報われるだろう。

 ファリスは地面に向かって落ちる中、ビルの屋上から黒い影が空に向かって飛んだ。そう、それは鴉であった。

 黒衣を大きく広げ、鴉はファリスの身体を受け止めた。

 ファリスが目を開けると、そこには自分を見つめる黒瞳があった。とても愁いを帯びた瞳。

 血のように紅い唇が言葉を発する。

「衝撃に備えろ」

 同じような状況で、同じようなことを言われたことをファリスは思い出した。自分を助けてくれる人がいるうちは死ねない。

 黒衣が風に煽られ、地面に落ちる速度を緩めてくれるが、それでも地面に落ちた時の衝撃は激しい。アスファルトが砕け、隕石でも落ちて来たのかと思うほどの穴が空く。それでいて鴉もファリスも無事だった。

 地面にファリスを下ろした鴉は無言で歩き出す。

「待ってよ、どこに行くの?」

「静かに暮らせる場所を探す」

 ファリスは返す言葉を喉に詰まらせてしまった。鴉には自ら敵と戦う意思がないのだとファリスは思ったのだ。それはファリスにとってまさかの発言だった。鴉は敵を倒しに行くものだとばかり思っていた。

「ねえ、あたしはどうなるの?」

「好きにするといい」

「それって鴉に着いて行ってもいいってこと?」

「好きにするといい」

「何その返事! じゃあ、さっきはどうしてあたしのこと助けてくれたの?」

 鴉は答えなかった。

 命の恩人にファリスは腹を立ててしまった。決して憎いわけではなく、自分でも何に対して怒っているのかわからない。

「ハイデガーをこの手で殺してやったの」

 遠くを見つめながら歩く鴉の横で、ファリスが顔を上げながら話しかけるが、鴉は顔を向けようともせず無表情なままだった。

「ねえ、聴いてるの?」

「…………」

 何も答えない鴉にファリスは一方的に話しかけることにした。

「ハイデガーは死んだのに、あたしはまだ誰かに狙われてるの。さっきの怪物もそう。あとね、ハイデガーがあたしのことを第三の種族だとか言ってたの、だから狙われてるんだって。第三の種族って何のことだか知ってる?」

天人ソエルでもなく、地人ノエルでもない、新人類ニュエルと呼ばれる者だ」

 やっと口を開いた鴉にファリスは質問をした。

「ソエルとかノエルとかニュエルって何? どこの言葉なの?」

天人ソエルとは私たちの種族を言い、地人ノエルとはファリスたちの種族を言う。新人類ニュエルとは天人ソエル地人ノエルの力を持つ者。しかしながら、それはエスと呼ばれる怪物とは違う。エスとは天人ソエルによって怪物に変えられた地人ノエルのことを言う。天人ソエルが怪物と化すことをエンシュという。エスとはエンシュから派生した言葉だ。そして、新人類ニュエルの存在は伝説でしかないと云われている。天人ソエル新人類ニュエルを認めたくないのだ」

「全然わかんないよーっ」

「知る必要もない」

 その声はいつもの鴉の声であったが、ファリスにはとても冷たく聴こえた。

 昏い黒衣が揺れている。鴉はすでにファリスの先を歩いていた。このままでは置いて行かれてしまう――心が。

 ファリスは鴉の横に付くと、嬉しそうに顔を上げた。

「やっぱり生きてたんだね」

 今更の言葉だった。だが、そこにファリスの想いは詰められた。鴉に通じたかはわからないが、ファリスは満足した。

 街中はいつもと変わらない。先ほど空から鴉とファリスが降って来たことなど忘れられている。刻々と変化を続ける街。

 雲の流れも速くなっている。

 急に足を止めた鴉は天を見上げてファリスを抱き寄せた。ファリスは顔を紅く染めたが、次の瞬間には驚きに変わっていた。

 誰かが叫んだ。黒衣が触手のように天に伸びる。そして、再び悲鳴が上がる。甲高い悲鳴はグリフォンのものだった。

 黒衣が元の形に戻り、串刺しにされていたグリフォンが地に落ちる。

 地面で口をパクパクとさせるグリフォンを一瞥しながら鴉は言う。

「元凶を断たぬ限り、狙われ続けるだろう」

「だったら、やっつけちゃってよ」

堕天者ラエルとて、共に楽園アクエで――」

 言葉を途中で切った鴉の表情が険しくなった。視線は遠くを眺めている。それも地に底だ。

 地面が揺れる。地面を揺らしながら何かかが地上に上がって来る。

「来るぞ!」

 鴉が言ったと同時に激しい揺れが起こり、遥か遠くで地面が弾け飛んだ。

 地の底から黒い影が天に昇った。

 曇天の下で輝く翼を持つそれは、まさに天から光臨されたし天使のようである。しかし、この天使は地の底から這い出て来た。天使の名よりも堕天使の名が相応しい。

 天に向かって吼えた〈アルファ〉は翼を大きく広げた。巻き起こる風は叫び声のような音を立て、抜け落ち風に煽られた黄金の羽が刃と化して地に降り注ぐ。

 〈アルファ〉の発する魔気に誘われ、そらに雷鳴が轟き巡る。

 人々は精神こころの底から震え上がり、次元の違う存在から逃げようとする。車の玉突き事故で道路が炎上し、倒れた人の上を踏みつけて我先に逃げるような状況だった。

 鴉はファリスの瞳を見据えた。

「どこにいても危険だ。しかし、私と来ればどこよりも危険になる。それでも私と来るか?」

「あのバカデカイロボット倒しに行くんでしょ。あたしが行くと邪魔になるよね。だいじょぶだって、あたしだって自分の身ぐらい守れるよ」

 そう言ってファリスは腰から魔導銃を抜いて見せた。

「――行って来る」

 走り出した鴉の背中にファリスは声を投げかけた。

「帰って『来る』だよね!」

 その声が鴉に届いたかはわからない。待つしか他にないのだから、ファリスは待つしかない。自分が付いて行っても邪魔になることぐらいわかっている。それでも……。

 ファリスは鴉の向かった方向に走り出してしまっていた。

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