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冷気の森

「お待たせいたしました。申し訳ございません、少々絡まれました」

「可愛く綺麗に作ったからな、無理もない。顔を隠せるものを新しくつくるか」

「ほんとですか!?ありがとうございます!」


屋敷から抜け出してきたかなり上位の貴族か、低めに見ても没落した王族のように見えるコッペリア。そんな彼女の依頼を受けて取り入ろうと考える冒険者は正しいと思う。ただ、冒険者が勘違いしていたのは、彼女が依頼する側なのではなく受ける側だったということか。

そんな彼女の纏う衣類は、一目で上質だとわかるものだ。素材からなにまで全てミレイユお手製のもので、コッペリアが自分でやると言っても座っとれ人形とかいって文字通り着せ替え人形にしている。頑なにコッペリアと言わないのは好きの裏返しなんだろうか…。

コッペリアも、見た目は華奢な女の子だがその実、人間よりも遥かに高位な存在だ。というか俺よりも高位な存在かもしれない。戦闘能力で言ってもそんじょそこらの存在では手も足も出ないだろうし、手も足も出るのだとしてもコッペリアに傷ひとつつけることはできないだろう。もし傷をつけられるとしても、今度は神の力を宿して相手になる。まったく、凝りすぎたかな。

ちなみにコッペリアを最初に拾ったのはキュリスだが、俺が大きく作り替えてしまったことでもう自分のものという意識はないみたいだ。キュリスは人形遊びよりも、リウスとアドを連れて追いかけっこをするほうが性に合っているのだろうな。


「依頼内容は近くの森で頻繁に目撃されている獣の死体の原因の調査です。歯形と魔力の残滓から大きな狼型の魔物ではないかと予想されてはいるみたいですが、群れなのかはぐれ個体なのか、またもし群れならばどれくらいの規模なのか。死体の数とその死体にあった歯形の数からしておそらく群れではないか、とも予想されてるみたいですが、確証がほしいようですね。それと、死体があった周辺には必ず、木々が氷った痕跡と霜が降りた痕跡があるようです」

「そうか、ありがとう。あとはもう、現地調査だな」


そうして俺たちは町で調味料と食材を買い、森へと向かった。


森につきしばらく調査をすると、異様な冷気が鱗の間を通り抜けてきた。どうやら気温が氷点下に落ちているようで、セラスの吐く息が白い。俺はアドにセラスの周りの温度を20度に調整するように言った。

冷たいとテンションが上がるキュリスは、どうやら寒いだけじゃテンションは上がらないみたいで、アイスなどをあげなければ大丈夫なようだ。とりあえず一安心。

しかし、どうにも不自然だ。ジュエ大陸のど真ん中には赤道が通っている。いくら自転していて気温にムラがあるからと言って、太陽の代わりである神々の炎はアルヴテリアに等しく熱を与えている。氷点下になることはまずないと言っていい。にも関わらずこうして寒いのだから、これは他の原因があると言える。

そういえばコッペリアが、現場の周辺には必ず霜が降りた痕跡があったと言っていたな…。それなら、この気温は原因の魔物の影響である可能性が高い。


「ミレイユ」

「うむ」


ミレイユが俺の意図を汲んで、セラスの防具の耐久度を上げた。次いで俺は、セラスに身体強化の魔法をかける。


「セラス、身体強化の魔法をかけた。どうだ?」

「…調子がいいわ。いつのまにそんなこと、できるようになったの?」

「竜を倒しにいくってことで勉強したんだよ」

「ふふ…ありがとう」


結局言ってしまった。まあ隠す必要もないだろ。

冷気が濃い方へと向かう。それにつれ、森の奥の方へと入り込んで行っている。そしてとうとう、木が完全に氷付いてしまっている場所へと入った。

氷を見た瞬間、俺はアドに頼んでキュリスの周辺の温度を上げてもらった。もちろん、暴走しないようにだ。

しばらく進むと、異様に冷気を発する物体を見つけた。白い…液体のような。まさか、液体窒素ではあるまいな。


「ミレイユ、分かるか?」

「ふむ…これは血じゃな。血痕じゃ」

「血?誰かの?」


となると、この冷気を発しているのは何らかの要因で深手を負った生物ということになる。しかし…これほどの冷気を発する生物が深手を負うなんて…。

そのとき。見つけてしまった。荒い呼吸をする、その生物を。


「しっ」


ミレイユのその一音で全員が黙る。

その生物はどうやら、狼のような獣だった。全長3mほどで、かなり大きい。コッペリアの情報と一緒に考えるなら、この狼が依頼されている魔物の正体で間違いないだろう。狼はぐったりして、茂みの中で隠れるように寝ている。

…それにしても、なんか雰囲気が…。


「あれは…ヴァーン様。どうやら、私の同族のようです」


そう、雰囲気がコッペリアに似ていたのだ。つまり、あの深手を負っている狼はコッペリアと同じ神獣だ。

これはやばい。と、俺は全員を後退させる。特に、セラスを守るように。この雰囲気にはさすがのキュリスも大人しくしている。というか、キュリスも神獣が自分を害せる存在だとコッペリアの件から学んでいるのだ。

と、ああ、ここで。俺はやっぱり、ドジをした。


「ちょ、ヴァーわぷ」

「うわっ…っとと」


下がりすぎてセラスとぶつかってしまい、音が出てしまった。声も音も決して大きくはないものだったが…深手の相手にはそれだけで十分だった。

狼が俊敏な動きで体を持ち上げる。その拍子にボタボタと血が流れる…が、狼は気にせず俺たちを視界に捉え…吠えた。


「くっ…コッペリア、話は通じないのか!?」

「申し訳ございませんが、神獣同士で話ができるというわけではないのです…」


セラスを守る陣形は維持。なるべく刺激しないように、ゆっくりと後退する…が、狼には余裕がなかった。

牙をむき突撃してくる狼。その瞬間にも血がぼたぼたと流れ、相当な無茶をしていることが伺える。


「あやつ、このままじゃと死ぬぞ!」

「無理やりにでも動きを止めないと!」


ミレイユとリウスが焦りを見せる。ミレイユは生命を司るものとして。リウスは命あるものとして。セラスは守られてるのに加え、俺らが何と相対しているのか理解出来てなくて混乱していた。

ミレイユとリウスが狼の動きを止めようとする。しかし、満身創痍の狼はなりふり構わず周囲を荒らして、近づける気配を見せない。そう、どうせ死ぬならの精神だ。


「ヴァーン!回復薬!リウスちゃんは頑張って闇魔法で目隠し!」


セラスの指令が飛ぶ。それを聞いた瞬間、俺は赤色の回復薬を取り出して狼の口の中に投げた。それを口で咥えて防ごうとする狼。だが、大きな狼が小さな瓶を咥えるには力が大きすぎて割れてしまい、赤色の液体が体内へと入った。

そして、続くリウスの魔法。『闇魔法2』で使えるようになる目隠しの魔法だ。闇魔法は相手の抵抗力と、自身の闇魔法のレベルによって成功するかどうかが変わる。相手は神獣…だが、満身創痍の神獣ならばいまのリウスの闇魔法に抵抗する力は残っていないだろう。

視界を奪われた狼は、なりふり構わず暴れだした。


「ミレイユちゃんは動けなくして!リウスちゃん、幻痛を背中に!」


狼の傷は腹にある。動けなくなった狼は拘束を解こうと暴れるが、リウスが『闇魔法5』で使えるようになる幻痛を狼に浴びせ、狼は上に攻撃するようになった。これで、傷がある腹が露出した。


「ヴァーン!」

「おう!」


そして、俺はもう一本、赤色の回復薬を傷に向けて投げつけた。


しばらくして。俺とミレイユの回復力増強もあって、目に見えて傷が癒えた狼は大人しくなった。狼と言っても、神獣…いや、狼の神獣だからこそ頭がいいようで、自分が治療されているのだと分かったのか伏せるようになった。伏せて大人しくなってからは目隠しも拘束も外してある。ただ無闇に刺激しないように接触はしてはいけないとキュリスに言いつけておいてある。


「…もう大丈夫なようじゃな」


ミレイユが報告しにきた。俺らは狼が見える位置に、そして狼からも見える位置にキャンプ地を作り、ミレイユは狼の側に寄り添って様子を見ていた。そのミレイユが来たということは、狼は完治したということだろう。

ここはあまり刺激しないように、俺とミレイユとコッペリアだけで狼のもとへと向かう。


「調子はどうだ」


鼻先に手を差し出す。狼はしばらくクンクンと俺の匂いを嗅いで、一瞬止まった。そして俺の手をチロ、と舐めると、やはり一瞬止まって…そして。伏せていた体を一瞬で起こし、俺に飛びかかってきた。


「うお!?」

「ワォン!ワォン!!」


俺の全身を舐め回していく傷が完治してからは狼の瞳に俺らに対する敵意はなかったが、いまはその瞳の奥に親愛の念が宿っているようにも思えた。

そして俺の体を狼は自分の体で包み込み、気高く、遠く、遠く。吠えた。


「わかります。長く…永い時を待ちましたから。本能で分かるのでしょう。ヴァーン様が…いえ、創造神アルス様が私達を作られてから一度も姿を見せることなく…私達は主の姿を見ることなく、主からの命を受けることもなく、ただ己の使命感に従って己の身を守るだけでしたから」

「うぐ…罪悪感が…」

「あ、いえ!創造神アルス様とヴァーン様が違うのは理解しております!」


コッペリアは下手に人形の体を持っていて、心も持ってるから…その心をすり減らしてしまって、星神話の俺を憎むほどになってしまったのは仕方ないと思う。その点でいったら、心も人間ほど複雑ではなく本能が大半のこの狼はコッペリアほどの悲しみは少ないのではないだろうか。ただこの狼もコッペリアの引けをとらず相当喜んでいるのは間違いなくわかる。

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