冥府の証明
2話同時です
「キュリス、たぶんその子な、名前がないんだよ」
「そうなの?なら私がつけてあげる!それなら…私の名前からとって、リウス。あなたはリウスって名前よ!」
「リウス?」
名前がどういうものかわからない。だから反応できない。ならなぜ俺を勇者ヴァーンだと?と疑問に思うかもしれないが、それはたぶん、それを名前だと認識しないで使っているからだろう。俺を勇気ヴァーンという現象、もの、概念だと。そういうものだと、使っているのだ。
俺は自分を指差し、勇者ヴァーン、そして女児に指差し、リウスと言った。
「!!リウス!私、リウス!」
ぱあと輝くような笑顔がこぼれでた。やはり感情がよく表情に出る女の子なのだろう。
これまでの村でも名前のない住民とよく交流した。しかしいままでこうしてキュリスが近づくほどの年齢の人物と交流したことはなかった。まぁミレイユは俺の隣が定位置になっているが、アドもキュリスと一緒で、交流していない。キュリスのように人類にはあまり興味がないというか、アドは知らないものを怖がっているようだった。
「そうだ、リウスだ」
そこから俺は必要な情報をリウスから引き出した。気づけばもう、時刻は2時。興奮していろいろと話してくれていたリウスも、気づいてなかった眠気が体を襲っているのだろう。カクカクと頭を揺らしている。
俺は最近特訓した権限『転移』を使って、リウスが住んでいると言った家のベッドにリウスを転移させた。
これで明日から本格的に動ける。リウスの勇気に、最大の敬意を。
俺らはすぐに南へ向かった。どうやって拠点を発見しているか。それは当然、ミレイユの力だ。自分の体の上のこと。ましてこうして、人と同じ大きさになって、視野を狭めている。最大範囲半径一キロまでなら、認識できるのだ。それはもちろん、ミレイユがインヴィクルの気配を完全に覚えたという前提があってこそ、成り立っている。
そんなミレイユが丸三日かけて、やっと拠点を見つけた。もはや手慣れた偵察機操作で内部構造を見て、魔王やフィフスが居ないことを確認、強襲をかける。
「誰だ貴様!!」
「勇者ヴァーン、知らないか?インヴィクルが知ってると思うから聞いてくるといい」
もちろん、聞きにいけば帰ってこれない。インヴィクルは冥府を司る女神かなんかだったはずだ。
次々と人質を解放し、意識を奪って異空間に送る。このほうが野放しにするより安全なのだ。しかし時の龍玉と精神の龍玉はまだ持ち合わせていないため、異空間はいたって普通の空間だ。
…もちろん、発狂したり混乱したりするだろう。だが異空間には最低限の食料と、非殺傷という権限を持たせた物質で作った食器しかいれてない。自殺や自傷はできないはずだ。そして空間も個人に割り当てられている。お互いが望めば希望の空間と繋がるようになっているので、心配はない。孤独が嫌なら『対話』、『聞き手』、『励まし』、『誘導』を持たせた人形が出てくるようにしてある。そしてその空間をでたら全て夢だったと、そう思考を誘導するようにもできている。
操作はできなくても、誘導までならできるのだ。誘導性は低いが、時間をかければ十分な効果を発揮する。
最初の方は非殺傷の権限を持たせた食器を空間に入れていた。しかしそれで、自殺者が出てしまったのだ。理由は、非殺傷の権限を持っていたのは食器だけだというもの。食器でなくなれば権限は失われてしまうのだ。だから食器が権限をもってるか、食器の物質が権限をもってるかで違ってくる。
おそらくそこら辺が、腕のいい鍛冶師と腕の悪い鍛冶師の違いだろうと思う。腕の良い鍛冶師と腕の悪い鍛冶師が同じ方法で剣を造ったとして、欠ければすぐに切れ味と攻撃力が失われる剣ができるのと、欠けてもなお切れ味も攻撃力も衰えない剣とで差がでるのはそういった違いからだと予想できた。
まぁ自殺者は自殺者で、自殺させただけではもちろんない。当然、傷を治して眠らせている。時間が解決してくれるものもあるのだ。その逆もあるが、その場合はその場合で対処する。自分が作った空間のことだ。中でなにが起こったかを感知できるようにすることなんて、空間を作る手間と比べれば一手間だった。
俺たちは最後のリーダー格と思われる人物を土へと還し、奥にあった研究施設へと入った。もう日も暮れて、草木も寝静まる頃だろうか。
「ふう、ここも制圧完了か。ん?これは…冥府の存在証明…?」
「死者が魂を洗うための場所、じゃったか」
魔力が精神と連動することは常識。ということは魔力と魂は密接な関係にあると考えられる。
魂にある何かが魔力を生み出し、魔力が魂を動かしているのだと考えた。魂を体、魔力を血液とする。加えて魂にある何かを冥府との繋がりとするなら、冥府とは魔力が生まれる場所で、魂に魔力を送りこみ、また肉体の死滅後に魂を回収して魔力を洗う場所と考えられるのではないだろうか。
そこで、魔力の流れを逆流させ冥府に魔力を送り込んでみるとどうなるかを試してみた。
被検体一:体が崩壊。実験は失敗。血液を逆流させた
被検体二:体が四散。実験は失敗。血液を強く逆流させた
被検体三:体が爆散。実験は失敗。血液を激しく逆流させた
被検体四:体が崩壊。実験は失敗。血液を緩やかに逆流させた
被検体五:体が崩壊。実験は失敗。血液を僅かずつ逆流させた
被検体六:体が崩壊。実験は失敗。全身の血液をいっぺんに逆流させた
被検体六:体は無傷。実験は失敗。体を補強した上で全身の血液をいっぺんに逆流させた
被検体七:体は―――
「クソ!!人間の命をなんだと思ってやがるんだこいつらは!!」
「…人間とは、こうも愚かなものなのか…」
ムスペルヘイムが呆れたような声をだした。しかしそれは、人間が家畜、もしくは愛玩動物に対して思うような愚か、だった。
被検体百七十:体に異常なし。意識はない。魔力の逆流も滞りなく成功していた。しかしどうしても意識を失ってしまう。意識を保つことに成功しない。なぜ――
――被検体二百十三:体に異常なし。意識はない。魔力の逆流も滞りない。失敗。強弱の問題ではないのか?
被検体二百十四:体に異常なし。意識はない。魔力の逆流を微弱にし、継続する。
一日目:変化なし
二日目:変化なし
三日目:変化なし
四日目:変化なし
五日目:変化なし
六日目:変化なし。やはり間違いか?他の検証と平行する――
――六百日目:平行していた被検体四百七十三の実験結果を基に、魔力の質を変化させ実験を継続
―――六百六十六日目。意識を失わず混濁した状態を確認。幻覚を見ていると報告。内容は光る何かが空中を漂う、荒野のようなものが現実と重なって見えたというもの。興味深いため被検体を二倍にして実験を続ける
被検体二百十四-十五:完全に意識を無くし、その後どのような感覚を与えても脳が反応を示すことはなかった。また、魔力の逆流をやめても逆流がとまることはなかった
被検体二百十四-八十三:これまでの被検体とは違い、奇跡的に意識を取り戻すことに成功した。話を聞いたところ、自分の体が無くなり、半透明の光る何かが一方に向かっている光景を見たと。また自分も体がないのに一緒に向かっていたと言う。大変興味深いため、これを成功体αとして実験を継続し、これを基に実験体を増やす
成功体α:実験外で意識を失うことが多くなった。その間に宇宙の真理とやらを見たと言うが、興味はない。たしか他の拠点がその研究をしていたはずだ。連絡をとって引き渡す
成功体α-五:これまでの成功体と同じで宇宙とはなにかを知ったようで、発狂した。使い物にならなくなったため、こいつも引き渡す。やはり何かしらアプローチを変えなければならないか
成功体α-二十一:これまでの成功体と同じで光る何かが漂う荒野についたと言ったが、その向かう先に何かがいたと、この成功体だけが供述した。大変興味深い。この実験を成功体βとし、別のアプローチを仕掛けてみる――
――成功体β-八:インヴィクル神と思われる存在を目撃したという。これを成功体γとし、実験を続ける
成功体γ:神は実在した、救われた、邪神様を汚すな穢らわしい塵芥ども、終焉龍様からの天罰が下るなどと、意味のわからないことを言うようになった。おそらく魂を浄化されたのだろう。すこし手を変えてみる。また、繋がった魔力を通して視覚を共有するという方法を三十二実験施設が編み出した。これを使った実験にIをつける。
成功体γ-三-I:なるほど、インヴィクル神と接触したが故に、魂が洗われたのか!しかも成功体は魂が浄化され意思が剥奪されるが、感覚共有体は幻視するだけでなんともないとは!!これからは感覚共有体も同時に確保して実験をすることにしよう。
成功体γ-五-I:やはりお互いを想い続け相手を相手と定義付けられる関係…たとえば、親子か、夫婦か。そのどちらかが感覚共有をしやすいということがわかった。そして感覚共有に失敗すると、そのどちらも混ざりあって別の何かになってしまうことも。これからはいっそう、条件が厳しくなり実験体を浪費するわけにはいかなくなる。大事にしなければ。さすがに実験施設の大きさが不足してきた。近々拠点を新たに設置し、ここは部下に任せて私は新拠点に移るとしよう
成功体γ-二十-I:なんと、信じられないことにインヴィクル神に触れられた上になんともない成功体が出た。その成功体は条件を変えたものだ。その条件とは、幼い双――
ここで途切れている。それを読み終えた俺は、ふと、思い出した。思い出してしまった。
「な、なあ……そういえば…、リウスの親族らしき人物を見かけなかった、け…ど……?」
なにか、嫌な予感がする。
「ミレイユ、キュリスアド。急いで戻ろう」
「うむ…妾も嫌な予感がするのじゃ」
そう、俺らはミレイユが動かす地下高速移動トロッコに乗ってリウスがいる村へと戻った。
その条件とは、幼い双子であること。おそらく自我の形成が未だに不完全で、互いの存在の分別ができていない。犯した罪が少なく、贖罪するときに罪と一緒に剥がれる魂が意識に影響するほどでもない。この2つが大きな理由として挙げられる。この成功体をδとし、実験を続ける。ただこの施設では確実に手狭だ。実験はやっと新しく建った施設で続けることにしよう。




