氷龍顕現
「あっ」
ツルっと滑る足。鈍い音を奏でるが崩れはしない壁。そして氷の遺跡よりも冷たい目で俺を見るミレイユ。
「何度目じゃ」
「30…?」
「53じゃ頭打ち過ぎてボケてきたのかの?」
これが氷の試練…ミレイユの視線が冷たいぜ…!!
…とまぁ冗談はさておき。これは本格的にやばい。俺のドジを抜きにしてもかなり滑りやすいのだ、この床は。なんせ遺跡自体が氷。凹凸もないアイススケートのリング並みに平面でつるっつる。これでこけるなというのが難しいのだが…なぜだ。
「なぜミレイユは普通に歩けるんだ…」
「足と氷を接着しておるのじゃ」
「チーターかくそう」
つまりは物質系の権限で同化しているのだろう。…仕方ない。ミレイユがやってる転倒防止策を聞いていま思い付いたものだが、足の裏まで鱗で覆えば摩擦力も増えるだろう。
「よしこれでぇっ」
「…おとん……」
「…なぜだぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
鱗で覆った意味もなく転倒。結局、最奥に着くまでに実に二百ほど転倒したという。
「やっと…着いた…」
「妾はおとんが本当に万物の始祖である原初龍なのかと疑わしく思えてきたのじゃ」
ふむ…生まれた時も言っていたが、俺が原初龍だということは龍種が発生から得る知識の中に入ってるのか?たしかアヴくんも俺が原初龍だと知っていたな。新しく生まれる龍種にも確認してみようか。
「さて、それじゃ」
「うむ」
中央に鎮座する龍玉に近づく。すると龍玉が白く輝き始めた。白じんでいく空間。次第に壁面に霜が下りはじめ、幻想的な空間を現す。その霜が中心の龍玉へと延びていきそして。ついに霜が触れると、空間全てを埋め尽くすように吹雪が舞った。そしてその中でパキパキと音をたてながら何かが割れていく。パキパキ、パキパキ、パキキ、ピシッ。そしてついに、龍玉からの力の奔流が止み、中央の祭壇がかすかに見えるようになってくる。依然ピチピチと音は鳴っているが…おそらく誕生したのだろう、祭壇へと目を凝らせば――
「ん?あれやばくね?ミレイユ!」
「うむ」
ミレイユが水を生成し、それを包んだ。 コポポポと泡を吹くそれはまさしく金魚。ただしでっぷりとした金魚ではなく、細長い金魚だ。そしてそれを包み込む羽衣のような鰭は光を反射し鮮やかに輝いている。鱗の色は光沢のある碧で、冷たいというよりも幻想的な印象を与えられた。きっと…いや、間違いない。この子が新しい龍種、俺の子どもだ。
「ありがとう。名前を聞いていいか?」
そう、水の中でたゆたう龍に聞けば、返ってきたものは。
ピュッ―
「つめたっ」
水だった。それも飛びっきり冷たい水。この返答に俺は驚きを隠せない…が、ミレイユはどこか納得している様子。これはどういう事だろう。
「悪者!近づかないで!!」
「えっ…えっ?」
「無理もないのじゃ。妾の最初の知識にはおとんは原初龍と同時に、終焉龍…つまりは全てに終わりをもたらす存在としての情報が含まれていたのじゃ。もちろん、終わりの対象は最高位龍種とて例外ではない。故にこのような反応もあって然るべきじゃな」
え、え?戸惑いしかないんだけど…まって?え、じゃ、なんでアヴくんやミレイユは大丈夫だったんだ?
「なんでアヴくんやミレイユは?」
「性格じゃな。妾は確かめるまでは信じることはない性分での。アヴは…アヴはまぁ、単純じゃからじゃな」
ボソッと、雛鳥の刷り込みのようなものじゃろうという言葉は聞かなかったことにしよう。
しかしこの反応は予想外。どういった対応をすればいいのか分からなくなる。それを知ってか知らずか、ミレイユが妾に任せよとばかりに氷龍へと近づいた。その際、俺にあっちへ行けというような眼差しをしてきたのはすこし、すこーし、ほんのちょびっとだけ傷ついた。
「初めましてなのじゃ。妾は地龍、地龍ミレイユ・ランド・ヴィーナス。お主と一緒で最高位龍種なのじゃ」
「初め…まして?私は氷龍。氷龍キュリウス・ウォレスト・プルトゥです」
「うむ。これからよろしくの、氷龍。妾はランドと呼ぶと良いのじゃ。お主はなんと呼べばいいのかの?」
「キュリス…で、お願いします。それで、あの悪者は、何をしにここへ?ぐっすり眠ってたのに…」
やっぱり俺は悪者か…キュリスはどうやら内気な性格のようだ。アヴくんは良くも悪くも素直で、ミレイユは包容力のあるお母さん。キュリスは年頃の少女といった具合か、龍種としては最強というイメージにそぐわない感じがある。
「ふむ…それについては妾から謝罪するのじゃ、すまんの。どうにもやむを得ない状況になった故に起こしてしまったのじゃ」
「やむを得ない状況?」
とミレイユがあれこれと教える。無垢な白紙を黒く塗りつぶすようなそれは軽く洗脳みたいだ。しかし嘘偽りは一つもなし。ペンキの色はグレー寄りのホワイトと言った感じか。そしてミレイユの話を信じ混んだキュリスはふんすと意気込んだ。
「つまり悪者は悪者じゃなくて、いんいこるが悪者ということね」
「うむ。悪者は悪者じゃなくてヴァーンという良者で、インヴィクルが悪者なのじゃ」
これにて氷龍の懐柔作戦は完了。無事回路連結を終え一息ついた頃に、龍種に寒いという感覚はないがまぁ気分的に温かいスープを配って一息。すると、ふうふう、ずるするとスープを飲んだキュリスの様子が激変。俺びっくり。
「よし、インヴィクルを壊滅させよう!」
「え?」
「ま、待つのじゃキュリス相手には妾達を束縛する手段が」
「関係ない!やるったらやるの!そんなもの全力出せばなんとかなる!」
と龍の型をとって氷を泳いでいくキュリス。これはやばいとスープをかきこむヴァーンたち。現実は小説よりも奇なりと言うが、現実はだいたい後世に語られるほど複雑ではないのである。だいたいは偶然が重なった結果なのだ。そう、例えこの直後に起きる出来事がヴァーンが勇者だと世界に知られることになり、ヴァーンがSランク冒険者へと昇格してその伝記がつくられるようになるきっかけになり、後世にはヴァーンが原初龍の勅命を受けてその事を成したと語られているのだとしても。現実は、このスープ一杯。このスープ一杯が事の発端であるのだった。




