龍人の始祖
「まだだ!!僕ならまだ追える…だからどいてよミレイユ!!」
「どかんのじゃ」
ミレイユがイルの行く手を手を広げて阻む。先ほどは重力によって束縛していたが、いまはどうやら魔法を解除しているようだった。
「僕はお母さんとウルのために復讐しなければならないんだ!だからどいてミレイユ…じゃないと、ミレイユもぶつよ!?」
「どかんのじゃ」
イルの顔は真剣そのもの。その内心は復讐心に囚われていなかったわけではなかった。そしてその復讐のためならばミレイユを傷つけると言う。そしてイルはそれを実行する心がある。俺はイルを止めようと体に力を入れるが、ミレイユが必要ない、とでも言うように視線をこちらへ向けたのでやめた。
「この…この分からず屋!!僕が助けて欲しい時に助けてくれなかったくせに!!なんでこういう時に邪魔をするんだ!!」
「…それは、妾に力が足りなかったからなのじゃ」
「なら、それなら!!それならどいてよミレイユ!!」
「そしてお主の力も足りないのじゃ」
「―っ!!」
七歳の少年にそれを言うのは酷なものだろう。しかし、救えなかったものを他人のせいにして責めるのも違う。この言い合いはどちらが悪いということはなく、行き着く先に救いなど無い。
痛いところを突かれたのか、イルの顔が剣呑になる。そしてついに、手に魔力を溜めてその手をミレイユに向けた。それでもミレイユはどかない。
「…いい加減、どいて」
「どかんのじゃ」
「―!!」
そしてついにはミレイユに溜めた魔力を放ってしまった。それでもミレイユはどかない。その場を動かず、その放たれた魔力を受け止めようとするように。イルの思いを受け止めようとするように。そして放たれた魔力はミレイユへと吸い込まれるように進み…あと数ミリのところを、逸れていった。逸れていく魔力を見たイルは、今度は次々に魔力を飛ばすが、そのどれもが外れている。
「なんで…なんで当たらないの!?ミレイユが当たらないように逸らしてるの!?ならそこをどいてよ!!」
「…イルもわかっているはずじゃ。妾はなにもしとらん。イル自身が逸らしているということに、気づいているはずじゃ」
「嘘だ!!違う…僕はお母さんとウルのために進まないといけない。だからそれを邪魔するものは壊してでもしないと!」
「イル…お主は優しい子じゃ。先ほどのウシャンとの戦闘だって、攻められたところを攻めきれていなかったのじゃ。それはきっと、母とウルを殺した存在だからと言っても、実の父親だからじゃろう?」
「違う!!違う違う違う違う違う!絶対違う!!違うんだよ……」
イルの体から力が抜け、イルはその場にへたりこんでしまう。その様子を見たミレイユはイルへと一歩、また一歩と距離を詰めて、手が届く範囲へと入った。
「来ないで!!こんな変な体になって、お母さんとウルも助けられなくて!!もうどうしていいか分かんないよ!!」
「それは妾にも分からんのじゃ。しかしイル。この前も言ったはずじゃ。女子が差し出す手をいつまでもとらんのは、男として失格なのじゃ」
「――!!」
バシン!!と、甲高い音がした。今度は間違った握手をしたわけではなく、ミレイユが差し出す右手をイルが左手の甲で弾いたのだ。しかし。
「ミ…レイユ」
「イル。お主はまだ幼い。幼い人間の子じゃ。故に、男子といってもこういう時は思い切り、泣いても良いのじゃ。妾の胸を貸してやる。だから思い切り、泣くと良い」
ミレイユがイルをぎゅっと抱き寄せ、言う。そんなミレイユにイルは今度こそ、抵抗の意思を見せなかった。そしてついにポロポロと涙を見せる。出会った時からいままで一度も見せなかった涙を。目の前で母と兄弟姉妹を殺された時でさえ見せなかった涙を。
「うぅ…うぅぅぅ……」
「たくさん涙を流すのじゃ。もう流れなくなるまで流すのじゃ。たまっていたものを、全て吐き出すと良いのじゃ。そうしたらきっと、見えなかったものが見えてくる。イル。お主は優しい子じゃ。優しい幼子じゃ。自分の足だけで歩かなくても良い。誰かの手を借りて、確とこの地に。このアルヴテリアに足つけ踏みしめて生きていけば、必ず良いことがあるのじゃ。…妾が、そうなるようにするのじゃ」
ミレイユがイルの頭を撫でるたびにポワポワと淡い光が二人を包み、赤黒く変色したあの綺麗だった金髪も元の色を取り戻してきていた。最終的に全体が色を取り戻すことはなかったが、輝く金髪の毛先に赤黒さが残るだけで、あのまがまがしさは見る影も無くなった。全体的にメッシュということで調和がとれている。そしてイルが流す赤い涙も次第に半透明な涙へと変わり、浮き出た血管も鳴りを潜めた。恐らく赤く変色した目が元に戻っていることだろう。
「ああ…うわああああああああ!!!!ずっと3人で生きてきた!あの家でずっと生きてきた!!僕ら悪いことなにもしていないはずなのに…なんでこんなことに!!どうして…どうしてよ神様!!なんでお母さんとウルが死ななきゃいけないの!?どうして僕が1人残されてこんな体にならないといけないの!!教えてよ…教えてよ神様!!」
「…全て吐き出すのじゃ。妾がついてる。妾がついてるからの。だからいまは、例え目の前にその神様がいたとしても多少の無礼を許すのじゃ。許させるのじゃ。だからその思いを全て、全て吐き出してもう一度立ち上がるのじゃよ」
ミレイユの抱擁とイルの慟哭は一時間ほどでイルが眠ってしまったために終わりを見せた。
「それで、イーとウルの遺体をどうするかはイルに任せるとして、イルの今後をどうするかを決めなければいけないな」
「うむ。もし妾達龍種の魔力を液状化するまで濃縮したものを飲まされていたとして、それに適合したとされるイルの体は完全に人間のものではないのじゃ。いわば龍人…その始祖たりえるのじゃ」
龍人か…リディル王が渇望していた存在がこんな形で実現するとは思いもしなかった。
「しかし龍としての力はまだ定着しておらぬようじゃの。ウシャンとやらがいまのイルを成功体といい、妾達を封じた力を完全体を封じる力だと言ったのが気になるのじゃ。イルをアヴのところへと預け、アヴにアヴールトーランごと異空間にかくまってもらうというのはどうじゃの?ついでに龍の力を制御する術を身につければ一石二鳥なのじゃ」
「…よし、それでいこう」
俺もミレイユの提案以上のことを考えられなかった。例えイルを人間に戻したとしてもいまのイルには親も支え会える兄弟姉妹も居ない。ずーっと俺らが保護しているわけにはいかないのだから、いまの龍人としての力を自分の力としてふるってもらうしかないし、俺らとしてもその方が安心だ。イルが起きるまでに、アヴールトーランへと移動しておくか。




