蛇頭
前話のあらすじ
そしてその情報をクリュフに伝えたところ、二週間の準備期間を設けた後にすぐに攻勢へと出るという。そしていざ奇襲をかけようとしたところ、ミレイユがウルにあげたかんざしを敵陣地周辺で見つけてしまった。はやる心を押さえつつ敵地に侵入したところ奇襲は察知されていて、ヴァーンらは敵組織と正面衝突をしてしまう。ヴァーンはその場を仲間に任せ敵地内部に潜入し撹乱、その間に他の仲間が人質を保護するという作戦を遂行するが、イルが実験に巻き込まれているところを目撃し、止めに入ろうとするが、敵の能力によってミレイユもろとも動きを封じられてしまう。しかし男の仮面をはがしその正体をあらわにした。仮面の男の正体はイーの夫、ウシャン。イルとウルの父親だったのだ。しかし仮面を剥がされたことに激昂したウシャンはついに、ヴァーンとミレイユの目の前でイーとウルを殺してしまう。静かに怒るミレイユ。イルに次は誰を殺すかの選択を迫るウシャン。
「さぁイル。次はお前の番だ。お前は誰を選ぶ?」
「お前は誰を選ぶ?」
迫られる選択。5年間ずっと寄り添って、協力しあって生きてきたイルにとって、ウルとイーの死は考えられないものだったろう。そして、そんな二人を選んだもう一人の子供ライアに憎しみは向けられ…
「―は?いま、なんと?」
「だから、お前と、お前の後ろに隠れている奴を選ぶと言ったんだ」
「バカな…バカな……バカなバカなバカなバカなバカな!!お前に、お前ごときに!!邪神様の使者であるこの方が素で見えるとでも!!?」
イルは冷静だった。憎しみに囚われず…いや、憎しみを感じていないのだろうか。それとも静かに憎んでいるのか。一滴も涙を流さず…しかしだからこそ見えていたのだろう、それが。
「…ミレイユ」
「間違いないのじゃ。わけは分からぬが、あれが我らを束縛する原因じゃな」
「ということは、いるのか。俺にはまったく見えないが」
ウシャンと呼ばれた男の背後には蛇の頭をした人形の存在がいるそうだ。ミレイユが言うには、そいつは俺らに視線を向け、目を光らせているそうで、恐らくあれを壊せばこの束縛も解けるかもしれないと。しかしいかんせん体が動かせない。どうにかしてそれをぶっ壊さないといけないが…っ!?
ガキン!と甲高い音がした。どこからでた音だと視線を移すが、移すまでもなかった。イルが拘束具を自力で壊したのだ。
「僕が殺すよ。代わりにね」
「くっ!?」
イルが人間とは思えないほどの速度で移動し、ウシャンに攻撃を仕掛ける。ギリギリの所でかわしたウシャンだが、勢い余ってイルが激突した壁には大きなクレーターができていた。それを見たウシャンは、先ほどとはうってかわって歓喜に震えたような顔をして、言った。
「素晴らしい!!ようやく実験成功だよ…我が息子が初の成功体だ!!魔人の成功体だ!!」
魔人…?それがこいつらの本当の目的だったのか。魔人がどういうものかは分からないが失敗したときの結果からみるに、自意識を完全に制御した人形の魔物とみていいだろう。その力は確かに、先ほどの移動速度から高位竜ほどの力を持っていると見ていい。
という考えを頭のすみでしながら、俺はアヴ君へと連絡をとっていた。アヴ君は空間を司る龍だ。普通は見えない角度、距離であっても、この場所この光景が見えるはずだ。だからきっと、ミレイユとイルに見えているものが見えるだろう。
「アヴ君、あの大きめの男の後ろになにかいるはずなんだが、見えるか?」
「あの蛇みたいなやつですか?はい、見えますけど…もしかしてお父さんには見えないのですか?」
「ああ、まったく見えない」
どうやら俺にだけ見えてないらしい。ミレイユとアヴくん、そしてイルには見えて、俺には見えない。その違いはなんだというのか。
「…ランドはもうわかっているかもしれませんが、なぜお父さんにそれを伝えないのかは僕にはわかりません。ですので僕から言います」
「…?」
「あの蛇みたいなやつから、僕たちと同じ気配を感じます。僕と、ランドと同じ気配…つまり、あれは僕たち最高位龍種の分体か眷属、またはそれに準ずるものだということですね」
…は?ミレイユ達に見えているものにミレイユ達と同じ気配がするというのならそれはつまり、龍玉の力だということになるぞ…?つまりは、俺の子供だということになる。ではなんだ?実は俺が近づかなくても龍玉から龍種が発生して、それが俺らに敵対…いや、邪神復活を目論んでいるってことか?意味がわからない。たとえ俺らに敵対したとしても、邪神復活を目論むなど…
「さてはアヴのやつが余計なことを言ったのじゃな?顔色が悪くなっておるぞ、おとん。まぁだいたい検討はつくがの。蛇頭のやつに妾たちと同じ気配がすると言ったのじゃろう?妾たちを子供としてみているおとんには酷なことだと黙っておったのに、アヴのやつ、余計なことを」
…いや、そうなれば俺らでも洗脳が解けない理由に合点がいく。最高位龍種の洗脳ならば同格である…いや、精神系でははるかに劣るミレイユに解ける道理もなし。まして脱け殻である俺に解けるはずもない。そして人間には絶対逆らえないものであるし―
「おとん、一回考えるのはやめるのじゃ。いまはイルをとめねばならん」
「―そ、そうだな。ありがとうミレイユ」
「うむ。このままではイルがあのウシャンを殺しかねん。そうすればイルは人を殺したことになるのじゃ。優しいイルにとって人を殺したという事実は耐え難いものとなろう。まして、実の父親ともなれば」
ミレイユが悲しい表情を見せる。が、瞳孔はやはり閉じたままだ。獲物を捕らえ、今すぐにでも飛び付きそうに、鋭く。
「しかし止めるったって動けないぞ?」
「それは問題ないのじゃ。この束縛する力が妾たち最高位龍種の精神系の力のものだとするのならば、物質系である妾が反発させ相殺できるであろう。精神と物質である肉体は対である故に、妾にしかできんのじゃ。しかし、それによって妾の能力は格段に落ちるのじゃ。そこでおとん」
「ああ、了解だミレイユ」
熱系、運動系、物質系、精神系、空間系、時間系。権限が下がったのはこの六つであるが、将来生まれるであろう子供達も含めて、俺には俺にしかないものがある。万能系…つまり強化魔法と回復魔法だ。そしてもうひとつ、俺の尻尾、星刻剣ヴァーンとも言うべき絶対の武器がある。自己強化を重ねて、ついでにミレイユのお陰でできるようになった尻尾の切れ味増強もすればこれだけでもう強い。そしてアヴくんから流れてくる空間系の魔力で空縮をしながら闘えば相手はなす術もないだろう。…大丈夫だ。ミレイユが洗脳を無力化できるというのなら、大丈夫。弱体化した俺であっても、並みの存在よりかは強いはずだ。
「おとん、準備ができたのじゃ。合図をした瞬間に束縛を解除するのじゃ」
「了解だ」
まずは自己強化だ。特にこれといった名前はないが、一応名前を言うなら…筋力増強・体力活性・魔力活性だな。体力活性の中に視覚強化、認識能力強化、記憶力強化などいろいろなものがつまっている。魔力活性は体内の魔力を活性化して循環効率をよくさせ体の調子を上げている。これをすれば一応魔法の出も速くなるがコンマ何秒かの差だ。
「よし、こっちも準備完了だ」
「では…解除したのじゃ!」
「応や!」
まずは小太刀をイルがギリギリよけれる具合に投げつけ、ウシャンとイルを引き離す。突然の乱入者に驚き足を止めたイルだが、直ぐに立て直すだろう…なにかイルを束縛できる方法はないか…
と一瞬で考えているところ、ミレイユが声を上げ魔法を使った。
「妾が使うは物質系だけではないのじゃ!」
そうか!物質系物質系と言っていたが、ミレイユは地龍。大地魔法のスペシャリストだ。大地魔法とはつまり、物質、植物…そして重力!
「ミレイユ、どうして!」
「イル、妾はお主を人殺しにするのがなんか嫌なのじゃ!」
「あいつはお母さんとウルを殺して…!!」
「見ていたのじゃ。しかし、いまはとにかく黙っとれ小童!!」
「くっ!?」
イルはミレイユがなんとかしてくれている…俺はウシャンに集中できる!!
「…ふふふ…ふっはっはっはっは!!やはりあなた方は危険な存在だった!私の判断に間違いは無かった!!魔人よりも強い存在…選ばれし存在!!魔王、剣王、冒険王、発明王…そしてあなた方勇者!そう、あなた方は勇者と呼ぶにふさわしい!」
「うるせえちょこまかとかわしやがって…小太刀!」
投げつけた小太刀を重力魔法で手元に戻し、尻尾の剣と合わせた連撃を繰り出す。しかしそのどれもがかわされ、強固に作られた実験施設の壁に切り傷が刻まれていく。
「くっ―やはり私1人じゃ厳しいですね。逃げることも叶いそうに…」
「なにを遊んでいる、フォーティエイト?」
「―!?」
俺の剣を、受け止めた!?
突然虚空から浮き出るように湧いて出てきた男。そいつは俺の小太刀を素手で受け止めていた。男の容姿は真っ黒。かなり大きいフードつきのコートを着ていて、声以外に分かるものはなかった。
「このままだとフォーティエイト、貴様準幹部からの格下げになるぞ?」
「格付けなど些末なことですよ、フィフス。私はついに魔人の成功体を作ったのです!」
「…ほう?」
ウシャンが準幹部…?もしかして、俺らは敵の偽の情報をつかまされていたのか…?そしてウシャンはフォーティエイトと呼ばれ、この男はフィフスと呼ばれている。これが意味するのが組織内の序列だとするのならば、フィフスと呼ばれるこの男、油断できない。
「ほう…あれがそうか」
「ええ。彼らにも分かりやすく説明するならば、邪神様の魔力に適合する人間を人工的に作る。あぁ…羨ましい。邪神様の祝福をその身に宿すなんて!!」
「まぁいい。成功体は持ち帰るか?…いや、あの少女の目が怖い。手を出したら殺られそうだ。今回は置いていくか」
「そうですね。持ち帰る必要もありませんし」
クソ、逃げる気か!?どうにかして一矢報いなければイーとウルが浮かばれない!!
どうにかしてグッと足を踏み込んだ俺。だが幸か不幸か…いや、幸だったのだろう。それはきっと、イーとウルが背中を押してくれたからに違いないからだ。そう…俺は盛大に踏み込んだ足を滑らせ、転んだ。足を濡らす真紅の血によって滑らせたのだ。そしてその拍子に両手に持っていた小太刀を勢いよく投げ飛ばしてしまう。真っ直ぐと、敵達に。
「くっ!?…まさか武器を投げて寄越すとは…しかも転んだと見せかけて。…見事に魔力回路の大動脈を一本やられたよ。回復に5年はかかりそうだ」
「こっちも駄目ですね…まさか最後にやってくるとは、やはりあなた方は危険な存在です。幹部様方に知らせなければなりませんね」
「待て!!…クソ!!」
苦い顔をして、登場時を逆再生するように虚空へと消えた男達を、俺は追い切れなかった。




