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イル

とまぁ最高級の料理を食べられるようになったのはいいが、最高級のホテルといっても宇宙空間以上に安心できる場所などあるまい。というわけで、久々の宇宙空間だ。


「こんなところが安心できるのかの?おとんは変わっておるのじゃな」


が、ミレイユには不評だったようだ。なんせ、大地がない。地龍であるミレイユには完全なるアウェーなのだろう。公転するようで気に入ると思ったのだが。


「む、あれはアヴールトーランじゃな。こう見るとかなりの大きさなのじゃな」


と同時に、かなりの速さで動いている。台風と同じような早さで大陸が動いているとなると、かなりの速さだろう。さて、と。龍玉回収がてら観光して、観光がてら壊滅させましょうかね。




「いらっしゃいませ~」


ノースブラントの主食はパンだ。小麦が育ちやすい気候なのだろう、地球でいうヨーロッパに本当ににている食文化をしている。良い場所なのだろうが、やはりインヴィクルが原因か、道行く人の表情には陰りが見えていた。渡された地図をみれば、なるほど。ここらに一つ、拠点があると判明している。偵察をして情報収集をすれば、すぐにでも攻勢に出られるだろう。

と、考え事をしながら歩いていると直ぐとなりからビチャ、という音が聞こえた。どうやら手を繋いで歩いていたミレイユから発せられた音だとは思うが。


「……」


ミレイユは頭からスープを被っていた。周囲をみてみれば、転んでいるこどもが一人。それ以外の異常はこれといってなかったため、おそらくスープを持った子供が転んだ拍子にミレイユの頭に飛んでいってしまったのだろう。


「こら、だから落ち着きなさいと…ああ!」


すぐさま駆け寄ってくる女性はおそらく転んでいる子供の母親だろう。ミレイユは無言で転んでいる子供に歩みより、脇を掴んで起き上がらせた。すると、見えなかった顔が見えるようになる。どうやら八歳くらいの人種の男の子のようだ。


「大丈夫かの?」

「うぅ…」


溢れそうな涙を頑張って流さんと耐えている様子。ふむ、と一息、ミレイユはまず手を差し出した。


「妾はミレイユなのじゃ。主の名は?」

「……イル」

「良い名じゃの、イル。転んでも泣かぬ根性は見上げたものじゃが、おなごの顔を汚したのじゃ。なにか言うことがあるじゃろ?」

「…ごめんなさい」

「うむ、許すのじゃ。して、イル。女性が差し出す手をいつまでもとらんのは、男として失格なのじゃよ?」


握手という習慣は、おそらくシホンにしかないだろう。だがそれでもミレイユが差し出す手の意図を汲み取ったのか、イルと名乗る男の子もミレイユの手――の甲を己の甲で弾き、そしてすぐさま肘をたてて迎えるミレイユの手をガシッとつかんだ。ミレイユも弾かれた瞬間に今度は肘を立てて勢いよくイルの手を迎える。形容すればどこか間違った握手の仕方だとは思うが、まぁ、親しさも合わさったものであることは間違いない。


「ほれ、涙を拭くのじゃ幼児(おさなご)。そんなものでは女子も守れぬぞ」

「…うん」


ぐしぐしと腕で涙を拭うイル。そのやりとりを見ていたイルの母親は一段落ついたのだと判断し、ミレイユに話しかけた。


「ごめんなさい、うちの子供の不注意で服をよごしてしまって。すぐに新しいものを用意しますので…」

「良いのじゃ。汚れなぞ、そう大したものでもないのじゃ」


と綺麗に汚れだけを魔法で拭き取るミレイユ。意識すれば魔素の流れが見える俺から見れば、それはそれは大層美しい魔法だった。だが魔素の流れを見れないイルやイルの母親もミレイユの魔法の美しさに惹かれている様子だった。


「…きれい」

「ふふ、それは妾が、かの?」

「…どっちも」

「ふっはっは、言うではないか子童。気分がいいのじゃ。おとん、妾はイルが食べていたスープが欲しいのじゃ。イル、案内するのじゃ」

「うん」

「で、では私が代金を」

「気にしなさんな、お嬢さん。うちのミレイユが食べたいと言っているんだ、遠慮しないでくれ」


と、イルの手を繋いで歩くミレイユ。相当気に入ったのだろう、顔には綺麗な笑顔が浮かんでいた。しかし、このイルと母親はどうみても裕福そうには見えない。かなり困窮した家庭なのか、はたまた国自体がやばい状況なのかどうかだ。ちなみにここはリュノンから離れた小さい国だ。


「ここだよ」

「ほう、これじゃこれじゃ」


ミレイユは心底嬉しそうに言うが、値段を見れば3ウェイズ、日本円にすれば300円の安いスープだ。具もそれほどなく、内陸国なため塩気もそれほどない。貧乏人からすればちょっとした贅沢というやつだろうが、こういう店からは貴重な情報が得られるというものだろう。


「4つ頂く。…店主、最近塩の質が悪くなってはいないか?」

「あいよ。…実を言えば、最近市場にはなんの肉かもわからないものがそこら中に出回っている。もちろん、塩の質もだだ下がりだ。変な奴らがここいらに居座るようになったせいで、行商人も寄り付かなくなっちまった。この店はじいさんの代から受け継ぐもんだしここいらの住民に親しまれてるもんだから意味もわからんものに手を染めたりはしないが、これ以上悪くなるもんだったら休店しようかとも思っている」


と、渡すは10ウェイズ硬貨。情報量として、この情報料は妥当だろうと判断した。

品物を受け取り、いまかと待つイルとミレイユに手渡す。もちろん、母親にもだ。


「私まで、そんな」

「遠慮しないでくれ。ミレイユが大層気に入っているんだ。未来への投資ってことで、どうか」

「…そうですか。なら、遠慮なく頂きます」


人類に親しくなるようなきっかけは多いほうがいい。そんなきっかけが1ウェイズで買えるとなると、これほど安いものはないだろう。だって、こんなにも笑うミレイユは見たことがない。もしかしなくともこれは、恋に落ちてるんではないか?食パン追突から始まるラブコメならぬ、スープ被りから始まるラブコメか。なかなかに新しい。


「ミレイユ知らないの?」

「うむ。どれ、教えてみせるのじゃ」


とやって見せるのはそこらに落ちてる石ころでやる蹴鞠…というかリフティング。イルくんは一回、二回、三回とリフティングを続けていき、そこで子供らしく石ころを高く蹴りあげてしまった。…と思いきや頭で受け止め、そのまま華麗なリフティングパフォーマンス。まさかのフリースタイルフットボール。俺、唖然。


「おお、凄いのじゃ。妾の魔法よりもずっと綺麗じゃな」

「ミレイユのほうが綺麗だよ」

「ふふ。して、その遊びはどういうものなのじゃ?」

「タイマンでどっちのほうが綺麗な技を決められるかで勝敗を分けるんだ。これでも僕、結構強いんだよ」


いや、あんな縦横無尽に飛び回って、本当に人間かってくらいのパフォーマンスしてればそりゃ、ね?逆さトリプルアクセルしながらリフティングとか、本当、人は見かけによらないな。

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