クリュフ
「人間は見かけによらないものだな…よろしく、ミレイユ」
「よろしくなのじゃ」
と、ここで漁師たちの掛け声が響き渡る。全ての参加者が戻ってきてから時間が経ったのだろう。休憩時間を挟んで、いよいよ種明かしだ。
「それじゃ、説明するぞ。全員、体験が始まる前に渡した道具を見てくれ」
渡されたときは気にしていなかったが言われてふと、そういえばと思い出した。この道具を使って漁をする、と。どうせ力ずくでできるだろうとたかをくくっていた結果がこれだ。身をぼろぼろにして、切り離しただけ。ミレイユのように剥いた感じはない。というか、ミレイユは渡された道具を使っていたようには見えなかった。どうやって荒牡蠣をとったというのだろうか。
「まずはこの杭で荒牡蠣と岩の間に隙間を作る。次にこのポンプで作った隙間に水を入れる。手順はこれだけだが、最初のうちは荒牡蠣と岩の間に杭を入れるところに時間がかかってしまう。俺たち熟練の漁師でも1分はかかってしまうから、最初のうちは1時間粘っても入れられないだろうな!」
ドヤっとした顔で笑う漁師。これがかなりうざい。大人げないが、すこしイラッとしてしまった。
ふと隣を見ると、ミレイユが不思議な顔でぽかんとしている。なにか問題があったのだろうか。
「どうした?ミレイユ」
「いやなに、どうしてそんなしちめんどうなことをするのかと不思議に思ってじゃな。もしや、乱獲を防ぐためにわざと効率の悪い方法で漁をしてるのかの?ならば殊勝なことなのじゃが」
ミレイユは心底不思議だというような顔できょとんとしていた。それはまさしく、四足歩行をする生物がお前は本当は二足歩行する生物だと言われ、相手はそれが正しいことだと盲信しているように。例えがわからんか。
「というと、ミレイユはどんな方法で?」
「荒牡蠣という生物はその名の通り、殻が荒波のように荒れておるのじゃ。そこで思い出してほしいのじゃが、おとん。一体の荒牡蠣の波に、同じ高さのものがあったじゃろうか」
記憶を手繰り寄せてみれば、なるほど。一つとしてない。ではどういうことだろうか。
「いや、なかったな」
「一体の荒牡蠣の波の中で一番小さいものから順に、指でなぞる。そうすれば荒牡蠣の側面に1つ、魔素を補給するための穴が開くのじゃ。それをふさいでしまえば簡単に採れるのじゃ」
ほほう…そんな裏技が。というよりも、こっちが正規の取り方なんだろうな。
そんなこんなでミレイユの地母神としての片鱗を再確認しつつ、大量の牡蠣を大漁したのだった。
「ヴァーン、ちょっといいか」
船から降り、さて次はなにをしようかと悩んでいたところにクリュフが話しかけてきた。
「どうした?」
「どうだ、この後、一杯」
「ん~…いいや、着いていこう」
心臓に悪いおっちゃんと一杯やったあとなんだがな、酒はいくらあっても足りん。というわけで近場にあった居酒屋へ入り、適当に一杯頼んだ。ミレイユにはもちろんジュースを。すこし不満そうな顔をしていたが、運ばれてきたジュースにストローをさしてちゅるちゅると吸えばその顔はすぐに輝いた。
「して、本題は?」
「分かっていたか…隠し事はだめだな」
はははと苦笑いするクリュフは頭ほどもある酒瓶を豪快にあおった。
「身分を明かそう。俺はクリュフ。北の大地を統括する冒険者ギルドのサブマスターをしている。この大陸には北の大地を荒らすある組織の情報共有と壊滅作戦の救援要請をするために来たんだ」
ほほう…そんな大役を任されてきたのに荒牡蠣漁で遊んで、しかも危うく命まで落とすところだったと?ふっふっふ…これはいい弱みを握ったな。
「通信機でのやりとりでは敵に傍受されるから俺がこうして来ているというわけだ。そして先日話を聞いてみたところ、ヴァーンという新人の冒険者が有望だという。あんたのことで合ってるな?」
「ふむ…低位竜を単独で討伐した、という付属情報があるなら俺のことであってる」
「正直、小さい女の子を連れていたときは違うかと思ったりもしたが…合っていたようで安心したよ。ミレイユも相当な実力を持っているようだしな。ここで会えたのは本当に幸運なことだった」
顔色を見るに、本当に切羽つまっていたのだろう。荒牡蠣漁は息抜きだったのだろうな。死んじゃ意味ないが。
ふう、と酒をあおる俺たち。ミレイユはもう三杯目を飲み終え、いま店員を呼んだところだった。なんだ、龍種というのは人間の作る飲食物を暴飲暴食するならわしがあるのか。
「ここで本題に入らせてほしい。恩人から冒険者へのヴァーンへと改まって、依頼したい。どうか俺と北の大陸、ノースブラントへと来て敵組織への対抗策の切り札になってくれないか」
…ふむ、俺としては断る理由はない。だがその敵組織にも正統性があるならば俺は味方にはなれないし、むしろその敵組織に加担さえしてしまう可能性もあるだろう。ひとまず、旅の主目的である龍玉あつめもとい子作り(?)ができるかどうかという視点でみてみよう。
…ふむ、超光速で動き回ってる龍玉は依然としてあっちこっちいっている。アルヴテリアのど真ん中に鎮座している龍玉は最初に感知したときと比べても一ミリも動いていないようだ。そして世界全体に気配を感じられる龍玉もはっきりとした核は感知できないし、世界全体に曖昧な気配を散らしているほうの龍玉もクリュフが指しているであろうノースブラントでの反応が若干大きい。しかし決定的なものが一つ。ノースブラントのさらに北。地球で言う北極点のど真ん中にアルヴテリアのど真ん中に鎮座する龍玉のように、北極点から一ミリもぶれない龍玉が一つ。これの回収を建前にクリュフについていくのもいいだろう。優先順位的に言えば、北極点の龍玉、アルヴテリアのど真ん中の龍玉、超光速の龍玉、そしてこれが悩みどころだが俺はめんどうなことは先にやるたちだから反応が曖昧なほうの龍玉を優先し、最後に存在を誇示する龍玉だ。
「次の目的地は北の大陸だったからべつに構わないが、敵の組織はどんなことをしているんだ?場合によっちゃ、俺は敵になるが」
ごくり、とクリュフは喉を鳴らした。だが目の力は失っておらず、その目を見るだけでなにも後ろめたいことはないのだと察せた。
「敵組織は人間を無差別に誘拐、何らかの施設で何らかの実験をし、惨殺している。壊滅させた施設には実験によって狂った人々が塵のように集められ、収監され…殺し合いをさせられていた…中には、生まれてから数年しか経っていないような子供もいた」
決まりだ。この目で見なければ敵組織に殺意が沸くほどではないが、動機は上がった。
周囲を見れば、この話に耳を傾けているものはいなかった。ということはクリュフが何らかの魔法かなんかで防音をしているのだろう。隣をみればミレイユが八杯目のジュースを飲み終えていた。
「敵組織の名前は?」
「インヴィクルと名乗っている。星神話上に登場する邪神デシングの瞳からこぼれ落ちた神、冥府と負の感情を司るとされる女神インヴィクルからだろう。冥府とは、生前犯した罪の贖罪と魂の洗礼をする場所と言われている」
星神話という興味深い言葉が出てきたが、後々調べることにしよう。いまは敵組織の目的と規模、力をはっきりさせなければならない。
「目的は?」
「邪神の復活を目論んでいるそうだが、それも残った実験書類からでしか判断できていない。だがおそらくは邪神復活で合っているだろう。インヴィクルという名前からも合致する」
復活ってことは、邪神デシングとやらは星神話で一度封印ないしは殺されているのか?星神話を一度調べてみないといかんな。おそらくこれはアルヴテリア上では子供に読み聞かせるくらいに一般的なものだろう。
***
ある日ある時ある場所で、創造神、アルスが生まれた。アルスは自身の体から順に空間を、時を、炎を、大地を、氷を、生物を作った。そしてそれぞれの管理を任せるために、それぞれを司る自身の分身を作った。全てはうまく回り巡り、平凡で平和な時が過ぎた。だが平凡で平和な時に飽きた生物たちの心は薄汚れていき、どす黒くなってしまう。その感情を強く受けてしまった生物を司る神も次第に染まり、やがて限界を迎えて邪神になってしまう。それに嘆き悲しんだ邪神は頭から一体、瞳から二体、口から一体、胸から一体、腹から一体、手から一体、神を産み落としてしまった。そして産み落とされた神々は嘆く邪神の代わりに生物への復讐のため世を荒らしまわった。アルスはこれに怒り邪神を封印し、産み落とされた神々は現世ではない異界へと飛ばされてしまった。管理者を失った生物たちは自由を得て、発展していった
***
というのが邪神デシングについての記述の一部である。これを見る限りでは、邪神デシング悪くなくね?って思う。むしろとんだとばっちりだろう。そしてこれは完全なる蛇足だが、インヴィクルは左目から産み落とされた女神で、右目から出た神は男神アセロラース、死と希望を象徴するそうだ。頭口胸腹手の神の名前と象徴は割愛する。
「なるほどな。規模はどれくらいなんだ?」
「西ノースブラントのビギナー冒険者のほとんどがやられたといえば、その規模がわかるだろう?」
ついでに力もわかるな、それは。規模については、ノースブラントの大きさはジュエ大陸の2/3、大きさでいえばユーラシア大陸まるまる+アフリカ大陸いったところか。ヨーロッパ全域を侵略したとなればかなりの規模、そして力だろう。これはかなりの長旅になりそうだ。
「了解だ。その依頼、引き受けよう。ちなみにクリュフが勤めている冒険者ギルドはどこら辺にある?」
「リュノンという国は知ってるかい?」
「いや、しらん」
「かなりの大国なんだが、まあ仕方ない」
とクリュフは懐から地図をとりだしリュノンとかかれたところに指を当てる。大国といってもファランやリディルほどの大きさでもないみたいだが、かなり技術が進歩しているのだそうだ。
「ここがリュノンで、俺が勤めているのはリュノンの冒険者ギルド本部だ」
ちょっとまて?このクリュフ、実はかなりの高官ではなかろうか。これはこれは…海老で鯛を釣りましたな。しっかしまぁ……となりに三十ほど積み上げられたジュース瓶の山から目をそらしつつ。
「さて、そうと決まれば即出発しよう。おやっさん!お題おいとくよ!!」
少し渋い顔をしているのは気のせいではないと思う。ミレイユは放っとかれている間に三十四杯ジュースを飲んだようだ。普通のジュースだが気に入ったようで、ずーっと同じものをのんでいたのは俺も驚いた。
さて、と。俺もミレイユもクリュフも立ち上がり、店から出るためにドアを開ける瞬間に場所を確認した瞬間から準備していた転移を実行、扉をあければ広がる海…ではなく街並み。奥にどーんとそびえ立つはクリュフが勤めている(であろう)冒険者ギルドだ。
「う…っそだろ……」
観光を楽しみながら来たかった節もあるが、それは後々やればいい。だが敵組織の壊滅は早めにしなければ被害が広がってしまう。だから少し飛ばした。それに対し、ミレイユの一言。
「寒いのじゃ」
赤道少し上から北の地ですもんねごめんなさい。
左目の涙と右目の涙では意味が違うそうです。頭、口、胸、腹、手の神の名前はすでに考えていますが本編で出すかどうかは未定です。それぞれの象徴もまだ未定です。
2020年1月8日
「アセロラースと名乗っている。星神話上に登場する邪神デシングの瞳からこぼれ落ちた神、生前犯した罪の贖罪と魂の洗礼をするため死後に行くとされる冥府と負の感情を司るとされる女神アセロラースからだろう」
以上の一文がわかりづらいと思ったので修正致しました。




