挨拶
「さてミレイユ。次はどこに行こうか」
「そうじゃな。海底の龍玉を取りに行くというのはどうじゃ?」
「さてな…海底と言っても、広い。まぁ子供の誕生に早く携わりたいというのはあるが、アヴくん、ミレイユ共に、最高位龍種が誕生するには俺が近寄るというのがトリガーとなってるようだ。だから、しばらくは観光しよう」
「わかったのじゃ」
と、ヴァーン達は次の目的地を決める。龍玉の回収は観光ついでに、と後回しにした結果が最高位龍種の誕生だと言うのに、また後回しだ。ヴァーンも神やら龍やらとは言っても、やはり自分の不利益や得ではなく気持ちで動く。
ヴァーンは少し、セラスの様子が気になるようだが、そうだ、と。そういえば、と。
「そういえば心臓に悪いおっちゃん…忘れてたな」
「なんじゃ?心臓に悪いおっちゃん?」
セラスを解放するために闘技場に行ったあと、転移する形でこの地、シホンへときた。故にあのお世話になった心臓に悪いおっちゃんには、まだ別れの挨拶もお礼もいっていない。これでは神失格というよりも、人類失格だろう。
「すまん、ミレイユ。やり残したことがあるようだ。リディルに戻るぞ」
「まぁ、妾は問題ないのじゃが。なんじゃ、何をやり残したというのじゃ?」
と、ミレイユは首をかしげてきいてくる。その仕草はとても可愛らしかった。
「少し、人に会わないと行けないんだ。アヴくん」
「はい!」
と、俺はあまり使いたくはなかった方法を使う。
それは俺がアヴくんに渡しておいた念話機器だった。機械というよりも概念といった方が適切かもしれない。
目の前に、ヴァーンの背丈に合わせた空間の歪みが出現した。それは周囲の人間には見えないようになっていて、それが見えるのは龍種だけだ。
ヴァーンは迷うことなくそれに入る。出迎えたのは高位竜を背後に控えた、アヴくんだった。
だからこの方法は使いたくなかったのだ。大仰に出迎えられるから。それと、子どもを頼る親になりたくはないというのもある。もう今さらだが。
「お父さん、どのようなご用件で?それとそちらは」
アヴくんには念話装置を使う時には、なにか用件がある時だと言ってある。だが、こんな下らない用件で呼び出されるとは思ってもいなかっただろう。俺もそう思うくらいだ。
だが、なにせ金がない。いや、あるにはあるのだが手元にない。このシホンには冒険者ギルドというのが無いそうで、引き出せないのだ。代わりに商人ギルドというのはあるが。一応登録しておいた。
米は売れない。全部食べる。ミレイユも全面的に賛成している。俺自身の転移も海をまたぐというような距離は飛べないし、俺以外の存在も一緒に飛ばせない。だから、アヴくんを頼らせてもらうことにしたのだ。
「リディル王国の王都まで送ってほしいんだ」
「リディル王国、ですか?」
どうしてまた、と視線を向けてくるアヴくん。
一度終わったと思い、もう用はないとしていたリディル王国に用があるとすれば、セラスをこっそり見ることだろうが、さすがに転移まではしなくとも、遠視…千里眼くらいは、龍としての権限でできる。俺は原初龍という全ての属性を持つ龍だからこそ時空間移動ができるし千里眼もできるし大地の権限もみれる。アヴくんも空間系の権限が豊富なので千里眼は容易いことだろう。だが、ミレイユはどうだろうか。
アヴくんの力…魔力が俺に流れていることによって、俺の空間系の権限が上がっているようだ。さらに、ミレイユにもアヴくんが用意した魔力回路に接続してもらうことによって大地系の権限も上がった。俺の魔力とアヴくん、ミレイユの魔力はかなり似ているようで、やはり効率もいい。元通りとは言わないが、確実に元に近づけるだろう。
「そう、少し挨拶をしたい人がいて。この子はミレイユ。新しい最高位龍種だ。ミレイユ、この龍は初めに生まれたアヴくんだ」
「ミレイユ・ランド・ヴィーナスじゃ。大地の最高位龍種をやっておる。よろしく頼むのじゃ」
「アヴェスト・ジ・ユレイナスです。空間の最高位龍種をやっています。よろしくお願いしますね。お父さんからはアヴと呼ばれているので、同じようにアヴと呼んでください」
「ならば妾も好きに呼んでいいのじゃ。おとんからはミレイユと呼ばれておるが」
「そうですね…でしたら、ランド、と呼ばせていただきます」
と、ミレイユも小さな亀の形態になって、アヴくんの頬と自分の頬を合わせすりすりした。
おそらく親愛の挨拶なのだろう。アヴくんと俺が初めて顔を合わせたときにも同じ事をした。
「では、送りますね」
「ありがとうアヴくん。帰りはリディルで船に乗るからいらないよ」
「了解です。では!」
アヴェストの掛け声を聞いたと思った瞬間に転移したヴァーンは、懐かしの街へと降り立った。
見渡せば右手側も左手側も建物。その路地裏は目的の人物との出会いの場所だった。
「…どっちだったっけな」
「冒険者組合、じゃったか?」
ミレイユが辺りを見回す。だがしかし、いくら地龍とはいっても目的地を特定するということはできないだろう。それこそ、アヴくんの専売特許だ。
しばらく迷って…はいなくとも、辺りを散策していると、不意に後ろから声をかけられた。それにヴァーンは、いやミレイユもびっくりした。
龍の感覚器官は鋭い。集中すれば1km圏内の音を全て把握できるほどに。だが集中していなかったとはいえ、龍種の不意を突けるもの。
「ヴァーンじゃねぇか」
「うぉい!?」
「むい!?」
「んだよ変な声出しやがって。んな驚くもんかよ」
それは無意識にでも、この存在は安全だとするものだろう。
聞こえてはいたが、害には絶対なりえないと無意識に判断していた。ミレイユも、最高位龍種もヴァーンのそういう無意識を受け継いでいる。
「び、びっくりした。心臓に悪いおっちゃんか」
「妾もびっくりして変な声を出してしまったのじゃ」
「あ?しばらく見ねぇうちになんか増えてんじゃねぇか。てか心臓に悪いおっちゃんってんだよ。俺にもちゃんとした名前があんだよ。ヘイルヴァ――」
「おっちゃん!!ここに来て間もない俺に親切にしてくれて感謝する!!」
「お、おう。まぁ、なんだ。良いってことよ。だがまぁ、俺の名前をだな」
「お礼に一杯奢らせてくれおっちゃん」
「……まぁ、いいか。そんじゃ俺が良く行く店に行こうぜ。少々値は張るがうまい酒でな。路地の奥の奥に隠れるようにあるってんだからうるせぇやつもいねぇ」
心臓に悪いおっちゃんは歩き出す。ヴァーンもミレイユの手を引き後を追う。
それは心臓に悪いおっちゃんが言った通りに路地の奥の奥、そのさらに奥と言ってもいいほどに隠れ家的なものとなっていた。
路地裏の一角に隠すようにある階段を降り地下室に出てさらに地下へ向かう隠し扉を空けその階段を下がり切らずに38段目の階段の左壁を抑えながら右壁を押すと回転扉になって、そこに入るとさらに暗い長い通路になっていて一見では先があることすらわからない道をさらに進むとやっと酒場になっている。だれが分かるというのかそんな道。
ヴァーンはそう思っていたのだが、意外にも結構客はいた。10人くらいだろうか。
「いらっしゃいませ」
バーテンダーらしき人物がシェイカーを振っている。この世界にももう、カクテルはあるようだ。
心臓に悪いおっちゃんは空いている席に迷わずに座った。そう思ったヴァーンだが、少し違ったようだ。
「この席は俺の特等席みてぇなもんでな。この日この時間は席が空くようにしてもらってんだ」
常連じゃないか。そうヴァーンは内心突っ込む。
ヴァーンは姿勢を改め、真剣な顔で心臓に悪いおっちゃんを見据える。そして、言えなかった言葉を言った。
「おっちゃんが服を買う金と装備を買う金をくれなかったら、いまの俺はないと思っている。本当に、ありがとう」
「良いってことよ。お前の冒険者になってからの活躍も聞いたぜ。単独で低位竜を仕留めたんだってな」
と、今度は心臓に悪いおっちゃんが真剣な顔でヴァーンを見据えた。
「お前、気が向いたらでいんだが俺らのパーティーに入ってみねぇか?お前ならすぐに馴染めると思うぜ」
それは、勧誘だった。
4/11日に登場人物説明、純血・最高位種族の説明という名の蛇足を消し、説明という題で血・位・権限の説明に統合しました。




