2日目の冒険者区域で3
割り込みし忘れです。申し訳ない
「次はどこへ行くんだったかしら」
セラスが微笑みながら聞いてくる。その微笑みに、耳にキラリと光るピアスがよく似合っている。
セラスもよく笑うようになった。少しのことでもクスリ笑い、いままで笑ってなかった分も笑うように。この笑顔を見ると、どうしてもまだこの世界にはいない家族のことを考えてしまうが、それでも、悪い気はしない。
「午後は冒険だ。その下準備に、回復薬や増強薬とかを買っておくぞ」
回復薬とは、純度100%の真水…聖水に万能魔法の回復効果を持たせたものだ。不純物が一切ない聖水は回復効果を滞りなく持つことができるが、少しでも不純物が紛れていれば回復効果が乱れ、水はただの水となる。例えれば、白いガラスに白いペンを当てステンドグラスを作ろうとしているが、一点でもガラスが黒ければ黒さが目立ってしまう。そんな感じだ。増強薬もこれに同じ。回復効果があるか、身体能力向上効果があるかの違いだけだ。
セラスが今日の予定を忘れるとは、これまでのセラスからしてあり得ない。とすれば、嬉しくてなんども聞いてしまうのか。少し、可愛いと思ってしまう。
「へぇ、回復薬といってもこんなに種類があるのね…あ、これは知ってるわ!小さい頃、風邪を引いたときによく飲まされたものよ」
とセラスが指差すのは人差し指と親指でつまめるくらいの量で、10000ウェイズの回復薬。日本円にすれば、100万円だ。…王族というその血筋はどうやら隠しているようだが、いろいろとガードが甘いというか、無防備というか。隠しきれていないのはわざとなのかはわからないが、きっと俺が信頼されてきたのだろう。そう思いたい。でなければ、あまりにも王族としては残念すぎて…
回復薬、増強薬は効果によって色が違う。これも、万能魔法として、千差万別な色の違いがあるためだ。例えば、火属性の魔法ならば赤、氷属性の魔法ならば水色、土属性の魔法ならば茶色、風属性の魔法ならば黄緑色といった具合にだ。それぞれの魔法に、それぞれ特色を持った色がある。目に見えるものではないが、それが見えるようになるのは刻印と、この聖水に付与したときだ。刻印魔法は刻印された魔法を発動するとき、発動する魔法の色に発光する。聖水にエンチャントされたときは魔法の属性色に染まる。だが回復魔法は効果量で色が違うのだ。体力の10%を回復するのが青色、20%が緑色、30%が黄色、40%が橙色、50%が紫色、60%が黄土色、70%が深緑色、80%が赤茶色、90%が薄紅色、100%が赤色だ。そして、セラスが手に取ったのは赤色。つまり、そういうことだった。
回復薬や増強薬は魔法を使えない、誰でも手軽に回復できることが利点だ。だが、その逆に聖水に付与しないといけない、そして効果が現れるのに時間がかかるという点がある。これは刻印魔法にも微妙な差だが、同じ事が言える。付与しない通常の魔法は構築→成立→魔力補充→放出という4段階があるのに対し、刻印魔法の場合、最初の構築は前もってやっておくために省くとして、魔力補充→展開→構築2→成立→魔力補充2→放出という6段階で発動される。コンマ単位の秒違いだが。
回復薬や増強薬に関しては、外傷にかけるのならば即効性があるのだが、服薬するのならば、瓶を開ける→展開→構築2→成立までは刻印魔法とおなじように0.01秒くらいの次元なのだが、そこから服用→体内に吸収→循環→効果表面化と、効果が現れるのに時間がかかってしまうのだ。故に、かけるのか、飲むのか。使い分けが必要なのだ。
「とりあえず、これを沢山買いましょう。1万個あれば足りるかしら?」
とセラスが指を指すのは先ほどの赤い回復薬。一つ百万だとして、一万個ともなれば千億だ。とっさに、俺を破産させる気か!と叫ぼうとしたものの、そういえば前世では株で百億の取引など常日頃だった。しかし、今の持ち合わせは5億弱と、全くもってない。ついでに在庫もそんなにない。おそらく、国家予算並みだろう。
「すまんがウェイズはそんなにない。1万も使うほどでもないし、あっても、赤色は5個で十分だ。他には青20、緑10、黄5あたりでいいんじゃないか?」
「そう、流石のヴァーンでも百億ウェイズは持ってないのね。まぁ、世間知らずっぷりから見てもそうだとは思っていたわ」
お前に言われたくないわ!!という言葉をぐっと、ぐっと喉に押し込め、飲み込む。危うく出てきてしまうところだったが、セラスも悪気があって言ったのだろう。ここは大人の男として、華麗に受け流すとしよう。
「セラスに言われたくはないけどな」
おっと口が滑ってしまった。
「ま、回復薬と増強薬も買えたし、軽く食べ歩きながら昼食済ませて冒険に出るか」
「ええ、楽しみだわ」
売店が立ち並ぶ、鍛冶区と同じような飲食区を歩いていると、セラスがあちらこちらと輝く視線を向けていた。だが、ひときわ大きな輝きを送っていたのは、低位竜の串焼きだった。低位竜といえば、結構大きめの村が六時間くらいで壊滅するほどの存在だ。まぁ村といってもおそらく人間の村だろうが、殲滅力と火力ともに高いのが竜というものだ。そんな低位竜の串焼きが限定で売っている。値段としては5000ウェイズと、お高い。だがその戦闘能力からすれば、これでも安いほうかもしれない。
こちらを振り向いたセラスに頷き、低位竜の串焼きを二本買う。ついでに飲み物も買って、用意されていた椅子に座ってその肉を口に入れた。
「ん!んいしい!」
「だんだんと染まってきているぞセラス、飲み込んでから喋んなさい。でも、そうだな。これはうまい」
鶏肉のような淡白さがありながらも、牛のように染みでる肉汁。風味豊かで、ここに食物連鎖を感じることができるほどだった。これまた気に入ったチレンボーレで流し込むと、その濃厚さで麻痺した舌をリセットして、もう一度味わう。
「ん、美味しかったわ。そうだ、少しお花摘に……ねぇ、ヴァーンもついてきてくれない?」
「ん、いや、俺はいいよ。ここで待ってるから」
セラスの申し出は、流石に男として少し困るものだった。それに、龍種は排泄という概念がない。摂取したエネルギーは全て魔力へと還元するためだ。加えて、目についた別大陸の衣服や装飾品も気になっていた。セラスがトイレにいってる間にサプライズとして買っておきたい。
少し困った顔のセラスを何かあったら行くからと言って見送り、俺は行商人から気になった着物を買ってセラスの帰りを待つ。
…どう考えても、遅い。二十分経った辺りで軽く疑い始めたが、万が一ということもあり動くに動けなかった。だが一時間は、流石に遅すぎる。十中八九、なにかあった。
―俺は荒れる心を落ち着けるため、一度深呼吸した。




