ファランとブラクティシアの国交
それから俺らは、ブラクティシアを見て回った。正直、世界の理解がここまで進んでるとは思わなかった。特に驚いたのは魔力の発生源と、新しい魔理法則などだ。
そのなかでも、魔法の構成要件と魔法の係数優位の法則の話は興味深かった。魔法は魔力係数、魔法係数、法式の無矛盾によって構成されていて、魔力係数っていうのがその魔法にどれだけ魔力をつっこんでるか。魔法係数ってのがその魔法に使うための権限がいくつあるのか。法式の無矛盾ってのが、要はプログラムにエラーがないか。
そして、魔法の係数優位の法則というのは、魔法と魔法がぶつかったとき、どっちの魔法が優先されるかは魔法の構成要件の係数の大小で決まるというもの。魔法係数が同じな場合、魔力係数が大きい方が優先される、魔力係数が同じな場合、魔法係数が大きい方が優先される。しかし、魔力係数と魔法係数がどちらも違う場合は、ちょっと複雑になる。端的に例えるなら、3x+y+1=z、3x'+y'+1=z'で、zとz'で数字が大きいほうが優先されるわけだ。そしてさらにこれに法式の強度だったり、身体に直接作用する魔法なら魔法抵抗力だったりが数式に入ってきて複雑になっていく。
正直、魔法についてここまで論理的に解明されてるとは思わなかった。その上人類では見ることができないはずの魔力についても論じられ、さらにはその発生源についても論じられてるどころか正解にたどり着いているとは…しかもその論文の著者は全てウリエラだという。魔法の構成要件の論文は10年前のものだ。ウリエラが何歳かは正確にはわからないが、少なくともいまの時点でセラスよりもちょっと下…いや、セラスが大人びて見えると考えれば同じくらいなはずだ。
…これが大天才。ブラクティシアがウリエラを中心に建国されたというのも納得できるというものだ。
して、セラスがブラクティシアに求めたものというのは人材交換だ。ブラクティシアの人材を数名こちらに派遣してもらうかわりに、ファランからも数名人材派遣をする。してて、問題は移動手段と移動距離だ。
アルヴテリアの直径は地球の11倍。星の裏側と簡単にいったって、実際に行くとしたら5年、それもブラクティシアのこの空路の技術、『ウィッチャ』を使って一直線に目指して5年だ。補給やら疲労、睡眠時間を考えれば10年は見積もっていい。国交を結ぶのにそれだけの距離は流石に遠すぎる。
ではどうするか。まぁ、うん、分かりきってるよね。
「それじゃ、ヴァーン、私をファランに送ってくれるときにはブラクティシアから。ウリエラのところに行くときにはファランから。よろしくね」
そう、俺が郵便するというわけだった。
ちなみに、ウリエラとセラスは公式な場以外では敬称を省くほどの仲になっている。上手い具合に意気投合したみたいだ。
それにしたって、あと3日で実質他国へ移住したい人募集!つって応募者があるとも思えんのだが。しかも、その3日は募集の日程と同時に出発の日程だ。そんなすぐに全てを捨ててアルヴテリアの反対側に行く人なんて…
「いや、いるんかい」
しかも5人いた。毛布ぐらいの風呂敷に本やら実験道具やらをまとめた人が5人も。
こっちである程度めぼしをつけて、申し訳ないが強制的に移住させなければならないかなとか、そのときは一人だけかなとか思っていたのに。
この人材派遣、ファランのほうが文明的に格段に劣るからブラクティシアが一方的に技術や知識を供与していると思えるだろうが、ファランはファランで優れた農業知識、さらにはワイバーンの調教という離れた技術を俺が見てない間に編み出したみたいだ。
ワイバーンとは、竜種と似てはいるが知性がない存在のことを言う。例えるなら、人間と猿のような違いだ。しかしながらその力は人類にとっては未だ強大。生物としての格も違う。
そんなワイバーンを調教する技術はブラクティシアの技術を流出させてでも欲しいものだ。それを正当に、国交として交換するということであれば是非もなし。さらにはブラクティシアの研究員を実質移住させるということなので、ファラン側からはワイバーンの調教師を調教済みのワイバーンごと、数名移住させるというもの。ブラクティシアから見ればむしろこっちのほうが特をしているのだ。
「それじゃ、リディル王国までよろしくね、ヴァーン」
「ん?なんでリディル?」
「ワイバーンの調教技術はリディルとの共同開発なのよ。調教師とワイバーンはファランの人民だからいいのだけど、技術に関してはファランだけじゃないから」
「ん?それってセラスの一存でブラクティシアに流出させるのまずくないか?」
「ええ、まずい。だからブラクティシアの研究員から得た知識をリディルにも流すということで納得してもらうつもり。その席にヴァーンもついて欲しいの」
「…まあ、いいけど…」
なんだか厄介事の気がしてきたぞ。
…案の定だ。なんだこれ。なんだこの状況は。
「…セラス。お前、分かってたな?」
「ふふ、ごめんなさい。でも、今後の発展のために必要だったの。でもこれで私の依頼は終わりだから…それで許してほしいわ」
そういうセラスは、俺の眼下で跪いている。そして俺は、よく分からない玉座っぽいものに座らせられ、吹き抜けた部屋の外にはとんでもない量の国民が…いや、信民が。
「…それで、目的は後で説明してもらうとして。とりあえず今俺はなにをすればいいんだ」
「とりあえず、バルコニーへ出て尻尾の剣でこの建物を両断して欲しいわ」
「へいへい」
俺は言われた通りに、この神殿のような建物を横一文字に一薙ぎ。両断してみせた。それを見て沸き上がる信民。
…ふーむ。さしずめ今やってることは龍神の証明ってわけか?なら。
俺はさらに、空中に飛び出し龍の姿となり、宇宙へと飛び去った後、また神殿へと戻った。
数時間経っても信民は沸いていて、ちょっとやりすぎたかなと思いつつセラスとリディルに個室に案内され、話をする。
「ありがとう、ヴァーン…いえ、アルスヴァーン様」
「俺の正体を知った上でのあれか…セラスも大概豪胆だよな」
「じゃないと国主に加えて宗教の教皇なんてできないわ。さて、今回やってもらったことの説明なのだけど、龍教の、私たちの新派閥。龍神教は、龍神が森羅万象を作ったと信じ、龍神のためになることをすれば死後その魂を無ではなく輪廻転生の環の中に入れてもらえ、次の人生では前よりも良いものにしてもらえると教えているわ。だから龍神の存在を示さないといけないのだけど――これはまあ別に、示さなくてもやりようはいくらでもあるわ。でもアルスヴァーン様があそこまでやってくれたから、これからはもっとやりやすくなる」
「言っておくが、人民を都合よく操るための龍神教だと言うんだったらセラスであっても容赦なく見捨てるからな?そもそも俺は自分が祀り上げられることにも良い気がしてない。死後どうなるのかが不安で不安で仕方がない気持ちは分かるから、それを和らげるための宗教だってことで妥協してるだけなんだ」
「ありがとう。でもアルスヴァーン様は少々誤解しているわ。龍神教は確かに私たちが教えによって操ってる部分もある。でもそれは、信者がヴァーンの助けになると同時に、人類が良くなるようにしているのよ」
「というと?」
「龍神教の教えでは、尻尾が剣で鱗が深い大海のような瑠璃色の竜人は龍神の化身だとしているの。まぁ、竜人のヴァーンそのものだからその通りなのだけど。だから龍神教の信者は尻尾が剣で鱗が瑠璃色の竜人を積極的に手伝うようになる。そして、人を手伝うということは助け合える人間になれるということよ。それが結果、人間の善性の部分を養うようになって、この先の未来、ヴァーンの助けになってくれたらなって、思うの」
「俺のためだと?」
「いいえ、こんなことヴァーンにお願いされてないし、ヴァーンは願ってもない。アルスヴァーン様が願えば全てを叶えられる力があるというのも分かってる。だからこれは、私のエゴなのよ。ただの私の願い。私が死んだあともずっと長く生きるヴァーンに、私が生きていた痕跡を少しでも残せたらなって、私の存在を少しでも忘れないでいてくれたらなって…思ったの」
………。そんな、寂しそうな顔で笑って言われたら、咎められないじゃんか。
…そうか。考えてもなかった。まだちゃんと人間と関わりだして1年も経ってない。だから、出会った人々が死んでいくことについて、頭が回らなかった。それはなんとも…寂しいな。
「信者には、ヴァーンの力により良くなってもらうために、冒険者は肉体を、学者は知識を、農民は農業を、魔法師には魔法を、それぞれ自分の役割を鍛え、鍛え鍛えて、権限を上げることを喜びとする教えにしてるわ。権限は龍神からの賜り物だって。だからヴァーン。私を救ってくれたことのお礼は、これからの龍神教でもって返すわ」
「……」
「しんみりしちゃったわね。ああ、そうそう、ヴァーン。龍となった貴方の姿、あの絵とそっくりだったわよ」
あの絵って…セラスと出会ってすぐのとき、セラスに描いて見せたやつか。あれに似てるって…
「んなわけないだろ!」
「ふふ、ああ、あとヴァーン。貴方、一応ファランの国民なのだから、ファラン次期国主である私に舐めた口きくとどうなるか、わかるわよね」
「えぇ!???」
「ふふふ…ヴァーン。あの時助けてくれて、ありがとう」
「急にかしこまるなよ…」
変に取り繕った結果だろうが…泣きそうな、寂しそうな笑顔のセラスがひどく、小さく思えた。




