秋
続きです。今回は秋です。インドア派というやつですね。
「秋、合コンだよっ合コン!合コンするんだよ!」
電話の向こうで夏海が騒いでいる。
月日の流れは早く、私が東京タワーから出てもう4ヶ月も経っている。今頃は冬華もタワーから出ていることだろう。にもかかわらず、一向に寒さは収まらず、居間に出した炬燵も仕舞うタイミングを計りかねている。そう思いながら私は自宅のその炬燵に肩まで浸かり、ぬくぬくとした。
私は冬があまり好きではない。寒いのは苦手だった。しかし冬は毎年、私がタワーから出ると同時にやってきて、私を苦しめる。もういっそタワーの中に閉じこもっていたい。どうせ私の行動に関係なく季節は回るのだろうから、問題ないのではないだろうか。来年タワーに入るときは、暖かくなる春先まで籠っていようか、そんな想像をするとおかしくなって顔がほころんでしまう。まあ、仕事だからそのような事はしないのだけれど。
私はお役所勤めの公務員である。経理を担当している一般職員。そしてもう一つ、「秋の女王」である。この役職は私の血筋が代々担当してきたもので、日本に秋を連れてくる役割があるそうだ。昔ながらの祭事のようなものだから科学的根拠など全くない。しかしそれでもこの行事は今後も続いていく。何故なら文化だからだ。お正月になれば初詣に行く、それと同じ。信仰心のあるなしではなく、文化として根付いているから続いていく。そして私は毎年初詣に行くように、毎年立秋に地下に籠った。そういうものだと思っていた、この日までは。
もう3月なのに、早く暖かくならないかな。金曜日の夕方、仕事から帰宅したものの夕飯の準備が面倒臭く、炬燵の中でだらだらとそう思った。いつまでもだらしがない。軽い自己嫌悪。私は自分の性格があまり好きではなかった。もっとしゃきしゃきできないものか。例えば、夏海さんみたく。
夏海は「夏の女王」の肩書を持っているわたしの同僚だ。まさにその名がふさわしいくらい、夏が似合う女性だ。褐色の肌は健康的で、短い黒髪は爽やか。いつも笑顔で性格も明るく、裏表がないさっぱりした人。私とは真反対。私には彼女は時々、眩しく見えた。
考えても仕方ない。私はこれ以上私をどうすることもできないのだから。炬燵の上に置いてある読みかけの小説が目に入り、続きを読もうと手を伸ばす。途端にその手前にあった携帯電話が振動し始めた。まるで行く手を阻まれたような気分になり、鼻から深い息が漏れた。表示画面を見ると「夏海さん」とある。
先程まで頭にあった人からの電話とは、ドキッとした。そして「花の金曜」だからとまた食事の提案だろうか、と推察する。夏海からそう誘われることは度々あった。私も夕飯を作るのが面倒なので、いつも誘いには乗っている。
今日もそうなら手間が省けるな、と私は電話に出た。
「秋、合コンだよっ合コン!合コンするんだよ!」開口一番、夏海はそう言った。
予想外の言葉に呆然とした。え?合コン?言葉が出ない。
「だからさ、秋が文言考えてよ!」こちらの反応にお構いなく、彼女は続ける。さながら夏の蝉時雨のような強引さだ。
「ちょ、ちょっと待って、夏海さん。訳分かんないよ」狼狽えながらもそう言った。
「へ、訳?」ようやく彼女は止まった。
そして「あ、そっか。王様が合コンOKしたの言ってなかったか」と一人合点した。
王様が合コン、とはどういうことだ。私は暗号でも解読しているような気分になる。
「王様って王子係長のこと?何で係長が合コン?夏海さんも行くの?」と自分の推理を披露する。
「え?違う違う。あ、いや、王様は王子係長のことだけど、合コンするのは私と冬と春と、あと秋ね」また思わぬところからボールが返ってきた。
「え、合コン、4人でするの?というか私も入ってるの?」
「そうだよ。春をタワーに連れてくためにね」
私は夏海から事の顛末を聞いた。そして驚いた。まさか小春がボイコットし、冬華が未だタワーに閉じ込められているとは。予想外すぎる。しかも小春の要望を叶えるためにするのが合コンとは、無茶苦茶な話だ。物語にでもしようものなら、陳腐すぎて誰も見向きもしない展開である。
「で、その合コンを係長がOKしたっていうのは?」わたしは恐る恐る尋ねる。まさか王様までこの素っ頓狂な計画に加担するというのだろうか。
「うん、最初提案したときは却下されたんだけどね」夏海が説明を始めた。
夏海が合コン作戦を提案したとき、王子係長は当然のごとく切り捨てた。夏海が言うには、やるなら勝手にやってくれ、という感じだったそうだ。まあ真っ当な判断である。
ところが3月に入ってから事態が変わり始めた。一向に冬が明けないのである。気象庁は原因を究明できず、新聞や報道番組には連日異常気象の文字が乱立した。誰にも春が訪れない理由が分からない。やがて作物が冷害の煽りを受け物価の高騰を招き、日本経済に暗い影が落ち始めた。そしてようやく王様は事の原因に思い当たった。そう、もしかして「冬の女王」が東京タワーから出てないからなのか、と。そして王様は季節が変わるのだとすれば何でも良いから、と合コンの開催にGOサインを出し、その場所の手配、参加者の募集、それらにかかる経費を保証した。
まるでミュージカルでも拝聴しているかのような気分だったが、要約すれば夏海の話はそうだった。そして一般男性の参加者を集めるための広告を私に作ってほしい、ということだった。
「ちょっと待って、何で私?」当然尋ねた。合コンなど参加したこともないのに、その広告を作れ、と言われても。
「だって秋、文面とか考えるの得意そうじゃない」
何と言う浅はかな人選だろう。理由があやふやすぎる。先行きの悪さに私は頭を抱えた。
「夏海さんは突拍子がなさすぎる」
「あ、なんかそれ、冬も言ってたよ。たしか、突然2階から落ちてきてもおかしくないくらい、とか」夏海はあっけらかんと言う。
「それは夏じゃなくて春だと思うけど」とりあえず突っ込む。
「ああ、そうそう、それ」夏海はからからと笑った。
じゃあ来週頭にでも王様から詳細の話があるだろうから、と彼女は電話を切った。反論する暇もなかった。
合コンへの参加、しかもその広告の作成。思い出しただけでも気が重たくなる。深いため息が出てしまう。
しかし、これもいい機会かもしれない。今まで好きになれなかった自分の性格を変えられるかもしれない。そう思いながらも、私はいつまでも炬燵の中でぬくぬくとしていた。
ご精読ありがとうございます。次が最後になるかなと思います。