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とりあえず思いつきで書きました。イベントの趣旨とはズレてるかもしれませんが、大目に見てもらえないでしょうか。

 「どーも、小春と言いまーす!お役所勤めの29歳でーす!」

 小春ががつがつと自己紹介をした。


 4月になったというのに、日本にはまだ春は来ていなかった。外国の冬はとっくの昔に終わってしまっている中、何故か日本だけ雪が降り続いていた。気象庁は毎日のように春の気配を探し回り、気象予報士は首をかしげながらお天気情報を発信し、陰謀論者は大国からの攻撃だと怯え、一般市民は連日報道される異常気象に右往左往となっていた。そんな、世間が「日本がやばいのでは」と騒ぎ立てている中、東京タワーの地下空間の一室が即席の居酒屋に作り替えられた。そしてそこで男女8人での飲み会が開催された。俗にいう合コンである。


 「はーい、次わたし―!」日焼けした健康的な褐色の肌の女性が快活に手を上げる。

 「夏海って言います!小春の同僚の28歳です!よろしくっす!」夏海は大きくお辞儀をしながら、室内に響き渡る声で挨拶した。

 「あ、えっと・・・千秋と申します」夏海の隣にいた、茶髪の女性が挨拶する。消え入るような声で、前者とのギャップからか元気がなさそうに見えてしまう。

 「それからえーっと、一応幹事やってます、冬華と言います。よろしくです」同僚たちのはしゃぎっぷりに恥ずかしさを覚えながら、私は自己紹介した。

 こめかみが痙攣しそうなのを何とか抑え、笑顔だけ取り繕いながら、事の経緯を思い出す。まったく、何もかも全て小春のせいだ。




 1月も終わりが近づき、私は東京タワーから出るための準備を始めた。毎年恒例のことだ。ただ、タワーから出ると言ってもエレベーターで降りるわけではない。私が今いるのは東京タワーの下、地下室とも言える場所である。この場所がいつからあるのか、正式な記録が残っているわけではないようだ。ただここははるか昔、江戸がただの野原であった頃からあるらしい。東京タワーはいわば後付で建てられた電波塔。だから東京タワーから出る、という言い方には語弊があるかもしれない。しれないが、私たちはそう言う。


 私は公務員である。私の仕事は住民情報の管理運用業務、それから立冬と共に東京タワーに入り、立春と共に出る。ただそれだけ。

 私の肩書きは「冬の女王」となっている。平成29年にもなったというのに、私の名刺にはこの肩書きが大きくプリントアウトされており、名刺交換の際にはいつも気が滅入ってしまう。役職の名前を変えてほしい。飛んだ中二病である。しかし、これは代々私の家系が継いできた役目であり、そう易々と変更できるものでもないらしい。このジレンマにはいつもため息が出る。


 ここに来た日に広げた書類を段ボールに放り込む。それから備え付けのノートパソコンに差しっぱなしにしていたUSBメモリを引き抜き、同じように仕舞った。このパソコンは仕事用である。地下室にこもっている間も事務処理作業をしなければならない。税金で養ってもらっている身としては当然の義務である。


 女王は全部で4人いる。それぞれが春、夏、秋、冬を司り、順番にタワーに入る。そうすることでこの国では季節が移り変わってきた、らしい。真偽のほどは分からない。分からないが「冬の女王」たる私は東京タワーに入る。何故ならそれが仕事だからだ。私がここを出られるのは「春の女王」が来た時だけ。それ以外では外出禁止、近所のコンビニに行くことさえ許されない。


 片付けも一通り済み、私はしばらく滞在した地下室を見渡した。ここへ下るための階段と部屋との境にある扉を玄関とするならば、玄関から廊下を通りその先に洋室と、その左手に和室がある形となっている。洋室と廊下の床には明るい茶色のフローリングが敷かれており、天井は高い。洋室には廊下とは反対の壁に備え付けのテレビが置いてあり、その手前にテーブルとイス、ノートパソコンが置いてある。キッチンは廊下からの入り口からすぐ右手に、申し訳程度に備えてある。和室には洋服ダンスと、押入れに敷布団がある。浴室やトイレは廊下から繋がっている。形としては一般的な一人用マンションの一室に近い。窓があればそのままマンションである。居心地の良し悪しは特にないが、女王の住処としては不適切な気もしないでもない。

 昔はもっと厳かな雰囲気の部屋だったらしい。祈りを捧げるための祭壇や、火をくべるための場所があったようだが、今となっては廃れてしまったようで、有難味も何もない部屋となってしまった。胡散臭さの塊のような仕事である。


 お茶でも飲んで休憩するか、そう思いキッチンに向かおうとした矢先、スマートフォンが着信を知らせてきた。発信先を確認しようとスマートフォンの画面を見ると、「王」とある。この古くから続くお役目を管理している役職の人だった。見た目は温厚な熊のような、眼鏡をかけたおじさん。女王も嫌だけどこの肩書きも嫌だな、と思いながら電話に出た。


 「ああ、雪城くん?すまないね、休みの日に」王様はせわしなく私を労わってきた。

 「いえ。おつかれさまです。どうされたのですか?」

 「君の方から桜井君に連絡着くかな?」

 どういうことだ。私は眉をひそめた。どうしてこんな連絡が私に来るのか。

 「小春と連絡が取れないのですか?」

 「実はそうなんだ」王様は取り繕う様子もない。

 「ほら、もうすぐ立春だろ?彼女も準備してるだろうけど、一応確認しとこうと思ってね。それで連絡したんだけど繋がんなくてさ」着拒されてるのかな、などと笑いながら話してくる。

 愛想笑いをしながら、「では、一応私の方からも連絡入れてみます」と了解する。

 「悪いね。連絡着いたら私にも掛けるように言っといてくれる?」そう言って王様は電話を切った。


 やかんに水を入れコンロにかけると、スマートフォンを操作して小春に電話をかけた。出ないだろうと思っていたが、2コールで繋がった。


 「はいはーい、どうしたの、冬ちゃん?」軽快な声が右耳に響いた。

 「どうしたというか、王様が小春に連絡着かないって愚痴ってきたからさ」

 「あー、そうだね、電話あったね」途端に歯切れが悪くなる小春。

 「連絡してって言ってたよ」とりあえず伝言を済ませる。

 「いやあ、まだタワーに入りたくないんだよねー」小春がぶっちゃけた。

 「・・・え?」何を言っているのだろうか、この子は。

 「だってさ、まだ冬を満喫してないんだもん」

 「でも仕事なんだし、来てくれないと―」私も困る、と言いかけたところで小春が、

 「20代最後の冬だよ?なのにクリスマスを彼氏もなしに過ごしたんだから!冬ちゃんは知らないだろうけど」と切実な声を出す。

 そんなこと知らないに決まっている。冬の間この部屋に閉じこもっていたのだから。むしろ私がここにいるから、クリスマスが来た、とも言えるかもしれない。しかし、クリスマスを彼氏なしに過ごしたのはあなただけではない、とも思った。

 やかんがけたたましく鳴り始め、火を止めた。

 「だから、ボイコットするね」突然、声が明るさを取り戻した。

 「・・・はい?」思わぬ言葉に絶句してしまった。

 「大丈夫だよ、どうせ私が行かなくったって、春は来るって」そう言って、私が制止する間もなく小春は電話を切ってしまった。


 小春の気持ちは分からないでもなかった。自分と季節の関係性なんて全く思い当たらない。でも仕事なんだけど。

 とりあえず、と私は王様に連絡した。事の経緯を聞いた王様は、それは困った、と全然困っていないように言った。


 「私の電話には出てくれないみたいだから、雪城くんからまた説得してくれる?」

 王様の声には焦りも何も滲んでいなかった。恐らく彼も昔からのしきたりに懐疑的なのだろう。私も軽い気持ちで了承し、その後も何度か小春に連絡した。しかし彼女の意思は固く、結局立春の日も彼女は来なかった。



 そして、「春」という季節もついに来ることはなかった。


ご精読ありがとうございました。一応続きます。

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