一閃
燃え盛る炎。
その炎の中心には、かつて人だったものが木製の十字架に貼り付けにされていた。
その人だったものを眺める大勢の群衆。千やそこらは軽く超えている、皆それぞれが何やら興奮した様子で何かを話しているが、浮かぶ表情はすべて同じ、恍惚とした表情だった。
――魔女狩り――
何時から始まったのかは誰も知らない。しかし、いつからか魔女狩りと称してこんな風に群衆の前で女性を磔にし、火をつけ生きたまま焼くようになっていた。この世界に蔓延する災害や疫病や飢餓はすべて魔女の仕業だと、聖教会が言い張り、魔女の疑いがあるものを捕まえては拷問し、最後には浄化の意を込めて焼き払う。
本当に焼かれた女性が魔女であったかどうかは、群衆も聖教会もどうでもいいのだろう。群衆は自らに襲い掛かる死を魔女と置き換え死にゆくさまを見て楽しみ、聖教会は魔女狩りにより信仰を高めようとする。
だから、最近は何の罪もない女性までもが、こんな風に殺される。それも、幾人もだ。
「……反吐が出そうだ」
群衆から離れた場所の細い路地で、群衆から隠れるように見ていた俺の口からは、自然とそんな言葉が出た。
この街、ダイダニルという商業で栄えた都市に来てから1週間経つが、ほぼ毎日魔女狩りが行われている。それも日に数回もだ、もう何度もこの光景を目にした筈なのに、未だに群衆の浮かべるあの恍惚とした表情が嫌で、嫌悪感で吐きそうになる。
……さっさと目的を果たしてこの町を離れよう。
火が消えてもなお、内臓は燻り、嫌な臭いを漂わせている大広間から逃げるように、路地の向こう側へと歩いていく。左手に持った杖がこつこつと乾いた音が狭い路地で反響する。
――――――――――――
路地を少し行った先、大勢の人で溢れ返っている闇市に着いた。
食料、衣服、日用品等の生活に必要なものだけじゃなく、武器や薬物、魔法に使う触媒や妖精まで取引されている場所だ。違法なものが多く出回っているが、国は闇市を取り締まらず黙認している。ここで生み出される経済効果は凄まじく、城に住んでいる貴族共の懐を暖めるからだ。
人の群れの中に入り込み、来ていたローブのフードを深くかぶり、目当ての店を探す。
闇市には、欲しいものは大体そろうがいかんせん目当ての店が見つけにくい。店と人が多すぎるのだ。汚く小さな出店の前には大勢の人が群がり、店がよく見えない。さて……どこにあるかな。
暫く歩いていると、目当ての店を見つけた。出店の前まで行き、目当ての品を探す。
「いらっしゃい、何をお探しかな?」
店の店主が、声を掛けてきた。店主の見た目は熊そのものだった。全身分厚い毛皮で覆われいる、獣人だ。昔は野や山に住んでいた種族だが、最近は獣人に限らず亜人達は人間と同じような生活をするものも多い。一食一食に困る自然的な生活より、商売をしている方が楽なのだろう。
「ナイフが欲しい」
「どんなナイフが欲しいんだい?」
「切れ味はそこそこでいい、とびっきり頑丈なやつだ。折れない、刃が欠けない。そんなやつだ」
俺の言葉を聞くと、店主は何かを思いついたような顔をして、
「それならいいのがあるぜ、これだよ」
店主はそう言いながら、黒いナイフを渡してきた。
闇のような漆黒の刃の部分は、何やら石材のようなもので出来ているが金属のようでもある。見た目より軽く、刃の部分を叩いてみるとごんと重い音がした。
「そいつは魔法で鍛えられたダマスカス鋼製のナイフだ、値段は張るが絶対に折れやしないよ」
「なるほどな……いくらだ?」
「1000ドラクマと言いたいところだが……今日はたくさん売れたんでね、俺も機嫌がいい。750でいいよ」
「なかなか商売上手だな……これでちょうどだろう」
「えーと……ああ、ぴったりだ。毎度有り」
店主に代金を渡して、俺は店を後にした。宿に行ってさっさと休みたい気分だが、まだやることがある。溢れ返る人混みを掻い潜りながら、闇市のさらに奥へと進んでいく。
さて、欲しいものは揃った。
自然と、杖を握っていた左手に力が入っていた。
後は、目的の場所に向かって、殺すだけだ。