2 欠けた月夜に
オルファ香は深山に生える。簡単には手に入らない。
その後、二人は一旦出直し、旅支度をすることにした。
「……急いては事をし損ずる、もう少し落ち着けよな。」
心なしか、アリアの手が震えている。
「……あたし、間違いたくないんだ。人を死なせたくない。わかるでしょ?」
「なら、焦るな。……なんだよ? あんな昔のこと、まだ引きずっているとか? らしくないぜ?」
「……間に合わせたいの。人が死ぬのはもう嫌なのよ」
「なら、急げ。ほら!」
ヴェルゼは荷造りを終えると、アリアを手伝った。
「オルファ香の生えるイルヴェリア山脈までは遠い。今日はもう無理だ。しっかり寝ておくんだな」
「うん……」
お休み、と声をかけ、ヴェルゼはさっさと自室に退散する。
……慰めるのは、苦手だ。
不器用な自分に、姉貴は何を求めている?
人は間違える存在。依頼が失敗し、ときには人が死ぬこともある。
それを今更、なぜ恐れる?
すっきりしないままに、ヴェルゼは自室で月を仰いだ。
どこか欠けた、うつろな月。
満ちるのは、いつの日のことだろう。
その頃には、自分たちも満たされているのだろうか。
――遠い、遠い昔。
シドラという少年にはめられて、ふるさとの村を追放された。
信じていたのに。シドラにとっては、裏切りは「ゲーム」でしかなかった。
それに激怒したヴェルゼは、あの日、暴走し、アリアの心を消し去った。
その後、ヴェルゼの死霊術で、アリアの心は復活したけれど……。その代償として、ヴェルゼは五年の命を失った。
あの日、ヴェルゼは人を信じられなくなった。
――もしかして、あの日。
自分のことにしかかまけていられなかったけれど。アリアも等しく傷ついていたとしたら。
――間違いたくないんだ。
シドラの言葉を鵜呑みにし、間違ったことを行って 禁忌を犯し、挙げ句の果てにはふるさと追放。それは、誤った行動の生んだ悲劇。
アリアの気持ちが、わかったような気がした。
「……下らんトラウマだ」
けれども、その過去は。あまりにも悲しく、憤ろしくて。トラウマと知りつつも、決して手放せないもの。
「カルダン……」
ふるさとに残してきた、唯一無二の友のことを想う。
「あんたは今、元気でいるか……?」
悲しみだけではなかった、ふるさとでの日々。
遠ければ遠いほどに、まぶしくて、直視できない思い出。
「疲れた、眠ろう」
いつの日か、過去に向き合う日は来るだろうけれど、今は、まだそのときではないから。
眠りについて、依頼のことだけを考える。
雑念なんて、要らない。
まだ続きます。