君の名は 3
目の前では最早涙をとどめることもなくひたすらハンカチで押さえる、元メイド。
かける言葉もなく立ち尽くす僕。
いや、まて。
慌てるな。落ち着け。
黒い髪は珍しく、ない。
黒い瞳も、まぁいる。
メイドを辞めて帰っていった年とその孫であろう娘の年を考えて、あの少女ぐらいだとしても!
駄目だ、確かめなければ。
「ねぇ、その子はもう来るの?」
はっと顔をあげた彼女は最後に鼻をすすり
「すいません、坊っちゃん。お見苦しいところを。えぇあの子が来るのは家の用事を済ませてからでしょうから、お昼に村を出るでしょうね。」
と言うことはまだ村は出ていない。
「そう。ところで風邪は大分よくなったんだよね?」
「えぇ。お陰さまで。」
「では、今から湯治に向かうといい。」
「え、湯治ですか?今から?」
彼女は一にも二にも風呂が好きだった。
「でも、孫も来ますし。」
「大丈夫、僕が後からつれてってあげるから。まずあなたを町にも連れていって、ほらあのリバリウスの町。あそこの湯はとても体にいいんだ。」
「はぁ。」
「二人は馬に乗せられないからね?1日ゆっくりして帰りは馬車で帰ってくればいいよ。大丈夫。お金は僕が出すから。」
「いや、でも、坊っちゃんにそこまでしてもらう訳には。」
「今まで世話になったお礼だから。」
この時の僕がどれだけ必死だったか。
あの少女でない可能性もあるのに。
大体病み上がりの彼女を馬に乗せて走る時点でどうかしているのにも気がつかないほど、僕は必死だった。
それから必死に説得して僕は彼女を町まで送り届けた。
元来た道を飛ばしながら、僕は会いたいような、会いたくないような、そんな気持ちで走った。
家の前まで来たが誰も来た様子はない。
間に合った。
僕は村への道をゆっくりとでも確実に歩いた。
手が震えてどうしようもなかったけど、歩いた。
もしかしたらあの少女かもしれない、違うかもしれない。
胃がぐるぐると回り出した。
それでも歩くことはやめなかった。