あまいきおく 2
「うっ、痛かったよね?」
ごめんなさいとありがとうを繰り返しながらハンカチでぬぐい続ける。
あまいにおいにくらくらしながら、きちんと少女の顔を見た。
黒髪はさらさらとしてさわり心地がよさそうで、今は俯いてしまってよく見えないが、黒目がちなたれ目には愛らしさがにじみ、白い肌はシミなど見当たらない、可愛らしい唇は思わず触れたくなる。
なんなんだ?
こんな子どもに僕は一体?
自分の腕に触れている彼女の手をとって抱きしめたき衝動にかられる。
胸がどくどくと音をたて耳まで上がってくる。
「騎士様?」
何も言葉を発せず固まってしまった僕を心配したのか顔をあげる少女。
「君は‥‥」
「あ、血も大分止まってきたみたい!私お母さんとこに戻らないと。」
「あ、あぁ。気をつけてお帰り。」
「はい、騎士様もお気をつけて。」
触れられいた腕をみるとハンカチが巻かれたまま。
名前も聞けなくて、
胸だけがどくどくと音をたてたまま。
僕はしばらくそこにいた。
その後一年かけて正騎士になるための訓練が続き忙殺される。
それでも時々あの少女を思い出してはハンカチを見つめる。
たった一度会っただけの少女がどうしても忘れられない。
やっと正騎士になって時間にも余裕が出来た。
その時また思い出すのはあの少女。
休みや遠征のたびその少女がいないか探したが、見かけることがなかった。
近くの村や町に手紙や使いをだしてもいい返事はなかった。
自分ももう成人して両親や兄からも結婚を進められる。
だが、全く心が動かない。
美しい貴婦人たちと語らっても、それ以上も
心はそこになかった。
いつもそこにあるのはたった一人
あの黒の少女