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綿毛

作者: 尚文産商堂

 春の、とても天気がいい日だった。空はどこまでも晴れている。白い薄いガーゼが張られたように、わずかな白味がある青色だ。

 背伸びしても、手を伸ばしても。どこまでも手が届かない空は、僕にとって憧れだ。きっと、その向こうには神様がいて、お母さんのお母さんや、もっと前のお母さんたちがいるんだと思う。

 その日僕は、お母さんの頭で、ふわふわと風と遊んでいた。今日もいい天気だ、そう思いながら兄弟姉妹と一緒に。グンと背が伸びたお母さんは、僕たちを太陽の下で温めてくれていた。思わず、僕は伸びをした。

 いつまでも、こんな風になればいい。そうはならないことをはっきりと知っていながらも、僕は願わずにはいれなかった。


 ある日、遠くからやってきた小鳥がお母さんと話をしていた。

「やあ、こんにちは」

「こんにちは。今年もいい天気がやってきましたね」

 お母さんが小鳥に声をかける。小鳥は、どうやら男のようだ。女の子にアピールするために、きれいな外套(がいとう)を羽織っている。まるで、これから夜会に行くかのような、ジェントルの出で立ちだ。

「そうですね。もうそろそろかしら」

 お母さんは、そう言っていた。それが何を意味しているのか、この時の僕にはわからなかった。小鳥がすぐそばにいるが、お母さんは僕たちに話しかけた。

「いいこと?」

 よくお聞きよとお母さんは僕たちに声をかける。

「これからあなたたちはみんな一人で過ごしていかないといけないの。お母さんのお母さんの、ずっとずっと前のお母さんからの伝統よ。あなたたちがみんな、一生懸命に育っていくことを願っているわ」

 風は遠くから吹いてくる。今はまだ遠いけど、しだいに近寄ってきていた。小鳥はふわりと飛び立つ。僕らの旅立ちを邪魔しないようにだ。風は、僕たちの体を一瞬で持ち上げると、すぐにお母さんが遠くなる。

「さよなら、愛しき子達。また会える時まで」

 バイバイ、ママ。と僕は小さな声で呟いた。



「あれで良かったのかい」

 小鳥が母親に告げる。

「ええ、いつもと同じですよ」

 母親は、寂しそうに首を下げた。



 僕は、ずっとずっと空を飛んでいた。周りにいた兄弟姉妹はいつの間にか見えなくなった。

 あんなに遠かった空が、今や手の届くところにある。でも、どれだけ高く手を伸ばしても、結局、そこに届くことはなかった。

「おやぁ、見ない顔だねぇ」

 のんびりと話をしているのは、大きな鳥だ。初めて見るその顔は、とても可愛く見える。

「初めまして」

「あぁ、初めまして」

 鳥は僕に挨拶を返してきた。悪い鳥では無いらしい。

「君はどこから来たんだぁ」

「下から」

「そうかぁ。下から眺める景色もいいけどさぁ。ここから見る景色も、素敵だろぉ」

「はい」

 僕はすぐに答える。下からの景色は、お母さんの背中に乗って、グンと背伸びをして見ただけだった。でも、今は違う。どんどんと高くなる空気に乗って、僕はどんどんと登っている。

「この向こうは、何があるんですか」

「向こうかぁ。いやぁ、知らないなぁ」

 下からの景色で気になっていたのは、お空がどこまであるかということだった。ずっとずっと続いている空は、僕がこんなに高いところにいるというのに、まだ僕は神様には会っていない。

「ただ……」

「ただ?」

「長老なら、知ってるかもなぁ」

「長老って誰ですか」

 僕はおもわず意気込んで鳥に聞いた。名も知らぬ鳥は、少し考えてから答えた。

「じゃあ、俺の背中に乗って行きなぁ。これからぁ、向かうところだしなぁ」

「ありがとうございます」

 鳥の背中は、羽がたくさん生えていた。そのうちの一つに掴まると、バサリと羽ばたきをする。僕は更にしっかりと掴まった。

「じゃぁ、いいかいぃ?」

 鳥はバサリバサリと更に羽ばたきを続ける。どんどんと速度を上げていくと、次第に羽ばたくのをやめた。

「ここからはぁ、先祖伝来の道を通るんだぁ」

 そこはまるで高速道路だ。たくさんの鳥たちが一方方向に飛んでいる。道が、空気の中にはっきりと見える。

「やぁ、こんにちは」

「こんにちはぁ。今日もいい天気だねぇ」

 声をかけられ、僕が乗っている鳥が、声をかけられて挨拶をしている。向こうの鳥はとても小さく見えた。それで飛べるのかと思ってしまうほどに。

「背中に載せているのは……?」

「ああぁ、旅は道ずれってなぁ」

「こんにちは」

「やぁ、こんにちは」

 向こうの鳥が、にこやかに話しかけてくれる。尾っぽが二股に岐れている。とても優しい(ひと)だと思った。

「これから、長老のところにぃ、行くところなんだぁ」

「長老にかい。最近はみんな長老のところに行きたがるからね。あの人は、これからの旅のアドバイスをくれるから。その小さなお友達がどこを目指しているかは知らないけれど、たどり着ければいいね」

「はい。ありがとうございます」

「いいえ、それじゃあ、先を急ぐから」

 向こうの鳥は、そういってわずかに翼の角度を動かした。そうすると、あっという間に風に乗って、行ってしまった。

「じゃぁ、俺たちも飛ばしていこうか」

「はいぃ……」

 僕の返事を聞くよりも先に、さっそうと翼を羽ばたかせる。すぐに速度は上がっていき、どんどんと上がっていき、僕の声よりも周りのざわめきよりも、風の音の方が聞こえるようになった。

 きっと、鳥には、僕の声は聞こえていないだろう。悲鳴にも似た周りの風の声とともに、僕の声はどうやら掻き消えて、置き去りにされているようだ。


「よぉし、ついたぞぉ……どうしたぁ?」

「いえ、何でもないです……」

 僕は思わず酔ってしまった。ただ、ふらふらと背中から這いずると、ボタンと落ちた。それを見て、鳥は笑っているように見えた。

「長老だぁ。今日もたくさん集まってるようだなぁ」

 長老と呼ばれた人がいるのは、大きな海の真ん中。まだみたことはないけれど、人間という生き物が来ないところ。そんなところにある島に、大きな大きな木があった。その木の周りに、ぐるりと輪を描いて、鳥やいろんな生き物がいた。当然、僕もその中の一人だ。

「長老様、今年の風はどうなるでしょうか」

 風が長老と呼ばれた風の周りを舞う。小さく、光る何かが見えた。あれは誰かと鳥に聞くと、驚いた眼をしている。

「驚いたなぁ。妖精が見えるのかぁ」

「妖精?」

「そうさぁ。ここ数十年、見えたっていう話はぁ、聞かなかったぁ。こりゃぁ、驚いたなぁ」

 そうかぁ、そうかぁ。と繰り返し言っていると、僕らの順番になった。長老の前には、2羽の鳥が待っている。彼らが仲介役となって、長老と話をするというシステムのようだ。

「貴殿らは、何を長老に問う」

「僕は、空の果てについてを聞きたくて、ここに来ました」

「空の果て……そうか分かった」

 仲介役は僕に何も問い返さず、長老へと呼びかけた。きらきらと、光の霧が頭を遮っていて、どこまで伸びているのかわからない。

「長老様、空の果ては何があるのでしょうか」

 さわさわと木々が揺れる。本当は長老の木一本だけなのに、まるで森全体が笑っているかのような騒ぎだ。

「長老様によれば、君のお母さんがいるところ。だそうだ。君がここに足をつけて落ち着くと、しっかりと教え込むこともできるが、どうするか。とおっしゃっておられる」

「分かりました。僕は空の果てを見に行くにはひ弱だということはわかっています。だから、子供や、その子供達が見てきてほしい。そう願っています。だから、そのために知りたいのです。僕がどうするべきかを」

「その答えは知ってるでしょ」

 風が僕に話しかけてきた。そう感じたのもつかの間。ふらふらと長老へと近寄り、僕は座った。

「教えてください。空の果ての物語を。これから、僕に」

 仲介役は黙っている。風が答えを示してくれた。妖精が、新しい仲間を歓迎しているように、木々の隙間で遊んでいる。

「長老様によれば、君がここに居てもいいとおっしゃっておられる」

言われなくても、その答えは知っていた。


 座ると、ゆっくりと長老の呼吸が伝わる。吸ってはいて、吸って吐いてを繰り返す。僕も思わず、その呼吸に合わせると、近くに妖精たちがやってくる。

 空の話はずっと聞いていても飽きなかった。夏も春も、冬も秋もないこの島で、僕はずっと座っていた。根を生やし、その話をずっと聞き続けていた。

 まだまだ先ではあるけども、僕の子供たちもこの話を聞いて、空へと飛び立っていくだろう。空へと夢を乗せ、空へと輝く太陽のように。

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