地獄へようこそ
就職活動(クエスト獲得)を始めて僅か2時間ほどで内定を勝ち取った優秀な俺は、営業マンに言われるがまま俺が配属される現場に連れてこられる。
ロクな内定もなく就活に失敗したこの俺だが、異世界では超優秀な人材に早変わりだ。
どうよ? すごいだろう?
で、結局、具体的にはどんな仕事すんの?
「杉山君。ここが君の職場だ。しっかり励みたまえよ」
「え?……ここですか?」
辺りを見渡す。
モンスター退治をさせられるとは聞いていた。
だから空調の効いている綺麗なオフィスでのデスクワークなんてはなから期待してなかった。
だが、ここは何だ?
……ジグザグに長く掘られた溝。身を隠すのに丁度良さそうな土のう……。
まるで映画やFPSゲームで見た第一次世界大戦の戦場のような場所だった。
「あのあの営業マンさん!? いくらなんでも冗談きついっすよ!? ま、まさかここで塹壕戦しろとか言いませんよね!?」
「……」
営業マンは何も答えない。ただ、満面の笑みを返してきただけだった。
「あーうー」
「あー……」
溝の淵からゾンビのうめき声のような聞こえる。
恐る恐る覗き込んでみるとボロボロの剣や鎧を装備したおっさんたちがうめき声を出しながら倒れていた。
「……初めましてー杉山っす。今日から配属予定の新人ですー……よろしくっすー……」
倒れているおっさんの一人と目が合ってしまったので軽く挨拶をする。
それにしてもおっさんに生気がまるでない。
このおっさん、本当に人間なんだろうな?アンデット系モスンターと言われても納得してしまいそうだ。
「あー……あー……。はぁ……」
「あのー……大丈夫っすっか?」
おっさんは塹壕をよじ登ってきたと思うと……突然素早い動作で近づいくる。そして俺の肩をがっしり掴んで俺に向かって大声をあげた。
「どうしてこうなった!?どうしてこうなった?何が違うんだ?どう違うんだ?なぜ違うんだ?どうしてこうなった?ここはどこだ?あれはどこだ?見えない見えない見えない見えない。どうしてこうなった?何が間違ってたんだ?助けて助けて助けて!!ヒーラー!!俺にヒール!!ヒール!!ヒイイイイイル!!」
「はい!? ちょ、ちょっと落ち着いてくださ――……」
「ヒイイイイイイイイイイルルルルルrrrrrr!!」
営業マンが満面の笑みのまま俺に拍手を送る。
「はっはっはっ、さすが杉山君。さっそく打ち解けていますね~。『これから一緒にがんばっていきましょう。困った事があったら俺が助けてやるよ』って言ってますよ~。頼もしいですね~」
絶対そんな事言ってないよな!?
全然頼もしくもないし、むしろこのおっさんの方が助けを求めてるじゃねーか!?
「どうやら私の仕事はここまでのようだね。それじゃあ、私はこれで……」
「ちょ……!?」
営業マンは満面の笑みを崩さず、そのまま帰って行った。
「ルルルルルルルルルルッ!! あの世行きの特急便!間もなく出発しますっ!! 乗車のお客様は急いでください!! ダァシエリイェス!!」
おっさんはついに車掌さんごっごを始めた。
アットホームな現場だって営業マンが言っていたが、まさかこんな駅のプラットホームな現場だとは思わなかった。
「まだ乗る気はないので……」
強引におっさんを振り払うと、おっさんは『よぉーし!!』と叫びながら指さし確認をして塹壕に沿って全力疾走した。
このまま放っておいたらとんでもない事が起きそうな気がしたが……まぁ、本人が『よし』って言ってるんだから放っておいていいだろう。
俺はおっさんの方に向いて敬礼をした。
おっさんは闇に消えた。
塹壕にいる他のおっさんを見る。
手前のおっさんなんか急に服を脱ぎだしてクネクネ踊ってる。
あっちのおっさんなんはさっきから俺を見てよだれを垂らしながら微笑んでる。
……よし、帰ろう。ここに居続けたらいけない。
明らかにやばい。
ガシッ!
「まだここに来て3分も経ってないのにもう早退か? 流石は魔王を睨みつけただけで心臓発作で魔王を死なせた勇者様だ」
帰ろうとした瞬間、後ろから強い力で肩を掴まれる。
振り向くと今度は丸坊主のおっさんがいた。
どうやら他のおっさんと比べてまともに会話できるようだ。
その点には少し安堵した。
だがこのおっさんの目は完全に死んでいる。
そして表情は真顔だ。
まるでロボットが喋ってるじゃないかと勘違いさせてしまうほどの無機質に淡々とした口調で喋っている。
っと言うか――
「いつの間に俺の経歴がどんなけ盛られてるの!? もうそれチートの領域じゃん!! 俺はどこにも駆け出しの冒険者――……」
「ここで働いてるほとんどが人間以下のゴミ野郎ばかりだ。まぁ、"経歴上"ではお前が見送った車掌のおっさんはレベル3000のプロの勇者だがな」
「レベル3000!?」
レベル60の俺ですらそこそこ凄いってちやほやされるレベルなのに、レベル3000って明らかにインフレしすぎじゃね!? ドラゴンボールかよ!?
「それで、あそこでアリに話しながら泣いてるおっさんは国を3つ滅ぼした伝説の勇者。お前に隣でケツ向けて交尾したそうに腰ふってるおっさんは5000年生きてる神話の勇者だ。未経験者を現場に潜り込ませる為、とにかく経歴がすげぇことになる。もしあいつらの経歴書が全部正しかったら10年で魔王が100回以上ブチ殺されている計算だ」
そ、そういう事か……。
つまり、このおっさんたちもズブの素人ってことか。
「だからお前なんかに期待も何もしていない。他の奴より若いから少しは長持ちするかって思った程度だ。……ところで、何だこのチビは?」
おっさんは真顔のまま首だけをぐいっとナスクの方向けて喋る。
その動作はまるでホラーゲームのさながらだ。
「チビじゃないよ! ナスクだよ! よろしくお願いします!」
ナスクはおっさんに臆することなく挨拶をした。
……
おおっ、そうだ忘れてた! そういや俺には女神がいるじゃん! ちょっと色々と駄目な感じがプンプンするが一応女神!
ナスクは頭は少し弱いと言う弱点はあるが、戦闘になったらきっと超強力魔法で敵を一瞬でコロコロしてくれるに違いないんだ!
はははっ!つい場の雰囲気に流されてビビってしまってたぜ!
「……杉山。これお前の物か?」
「ああ、そうだ! おっさん、聞いてビビるなよ? 実はそいつはな――……」
「こんな所に業務と関係ない私物を持ってくるな……ほら、こっちだ」
おっさんはナスクの腕を掴んで、ナスクを引っ張り出そうとしている。
ま、まずい!?ナスクが連れて行かれるのはとてもまずい!!
「ちょっと待ておっさん!!そいつは――……」
「最近は情報漏洩対策がますます厳しくなってしまったせいで、外部の人間を通してしまうと上が五月蠅い。そしてセキュリティ事故を発生させてはならないと偉そうに命令しながら予算と人を減らす。増えた負担がセキュリティ事故に繋がるとは考えすらしない」
おっさんは無機質にブツブツと独り言を言いながらナスクを引っ張り続ける。
俺の話はまるで聞いていない。
てか、さっきからずっと俺のは話は聞いていないような気がする。
そのままおっさんはずるずるとナスクを引きずって追い出そうとする。
ナスクは連れていかれないよう必死に抵抗していた。
「何すんねん!何すんねん!」
てか、おっさんに力負けするんかよ。そして何で関西弁やねん。
って、このまま黙って見ていると本当に連れていかれてしまう。
なんとか説明してナスクを留まらせるようにしないとこの塹壕が俺の棺桶になるかもしれない。
「ちょっと待っ――……」
「杉山。初めての仕事で不安もあるだろうからここで一番有能な奴を教育係につける」
「だから俺の話を――……」
「杉山。初めての仕事で不安もあるだろうからここで一番有能な奴を教育係につける。黒奈、お前が杉山を教育しろ。杉山は運が良いな。黒奈はここで一番有能だ」
「このおっさん人の話全く聞かないし! 同じ事何度も言ってるだけど!? こえーよ!!」
おっさんは出社前のサラリーマンがゴミ出しするゴミのようにナスクをズルズルと事務的に引きずってそのままどこかに消えてしまった。
よし、逃げよう。
今の内に脇目も振らずに全力で逃げよう。
「……あのー……杉山さんですか……? 今日から杉山さんの教育係をするよう命じられた黒奈と申します。よろしくお願いします……」
「うおっ!?」
突如、耳元のすぐ近くで蚊の鳴くような弱々しい女の子の声が聞こえてビビってしまう。
声がした方を向くと、俺の体が触れるか触れないかの超至近距離に女の子が立っていた。
その女の子はとても長い黒髪をしていてとても可愛い美少女だ。
だが、美少女にはとても似合わないRPGの初期装備の布の服のような貧相な服装をしている。
そしてにへら~っとした顔をして、まるで媚びるかのように手をゴマすりさせながら続けて喋る。
「私ごときではあまりお役に立てないかもしれまんせんがしっかり頑張らせてもらいます……へへっ」