初クエストは100+俺vs1000の集団戦!
討伐クエストが始まった。討伐対象はゴブリン。
お馴染の低級モンスターだから余裕だろうとか、ちょっと思ってた。
もしかしたら格闘戦だったら俺でも何とかなるかもしれない――……そんな甘い考えはクエスト開始直後に吹き飛んだ。
敵のゴブリンの総数は2000匹を超え、もはや討伐クエストと言うより戦争だったのだ。
戦場で陽気に小太鼓と笛のマーチが大音量が演奏されて鳴り響いてる中、俺は塹壕の中で、黒奈とかおっさんたちの邪魔にならないようぽつーんと体育座りしてる。
遠くから指揮官のおっさんが声を張り上げて号令をかける。
「魔法部隊、魔弾を放てええええええっ!!」
ドドーン!!
「弾幕薄いぞっ!? 何やってんの!? ……ちぃ! ゴブリンの一斉射撃がくるぞっ!! 塹壕から頭出すなよっ!?」
ヒュン! ヒュン! ヒュン!
ドピュン!!
ぎゃああああああああ!!
俺のすぐ隣で魔法詠唱をしていたおっさんが塹壕に身を隠すのにワンテンポ遅れ、ゴブリンが撃った『鉛玉』がおっさんの左胸にヒットして出血する。
「ああああっ!!?? あっ、撃たれたぁ!!? あっ、撃たれたぁ!!?」
「おいおい、おっさん! 大丈夫か!?」
俺は倒れ込んだおっさんを支えて、ゆっくり寝かす。
そして、薄い鎧を脱がせて撃たれた傷を見る。
「……悪いなおっさん、これ致命傷だ。俺じぁ、どうすることも出来ない」
俺は無意識に、出血を止めるためにナスクからもらった白ニーソをおっさんの傷に当て、止血の応急処置をしていた。
ヒーラーの黒奈は塹壕の中で他の負傷者の傷を癒やしているせいで近くにいない。
探して呼びに行ったとしても、おっさんは後、……持って10秒くらいだろう。
到底間に合わない。
「応急処置なんて無意味か……。おっさん、その止血に使った布は、使用済みのロリの白ニーソだ。せめて、それ持って安らかに死んでくれ」
「に……ニーソ……? ……ロリの……はぁはぁ……ニーソ……?……ありが……ありが……」
おっさんは血で真っ赤になったニーソを自分の鼻に押し当てて、最後の力を込めてクンカクンカする。
「遅くなりました!! 今、治療します!」
「のわっ!? く、黒奈!?どっから!?」
俺は邪魔にならないよう、素早くおっさんから離れる。
黒奈はおっさんの元に駆け寄って詠唱を始めた。
「大丈夫ですっ! まだ間に合いま……す?……あ、あれ?傷が、ふさがって治ってる……?」
黒奈はきょとんとしながら、本当に傷が治ってるかペタペタと触って確かめている。
おっさんは謎ハイテンションになっていた。
「ふおおおお!! ロリの使用済みニーソ! ロリの使用済みニーソ! なんだか元気がわいてきたあああああ! ヒャッホーイ! 生き返るぅ!!」
「うーん、私は何もやってないのですが……もしかして杉山さんが治療を?」
「いや、俺もマジで何もしてないから……。一体何が起きたんだ?」
さっきまで死にかけていたおっさんがピンピンしている。
そしてキリッとした顔で俺に礼をする。
「杉山くんだっけ? なんだかよく分からないけど私は治ったよ。ありがとう、これ返すよ、ニーソ! ロリのニーソ! ミニマムニーソ!」
「どうやら頭は治ってないようだな。可哀想に」
おっさんからニーソを返却される。
どうやら異世界の死にかけのおっさんに、ロリの使用済みニーソを与えると自然回復するらしい。
すげぇな、異世界のおっさん。
血まみれで真っ赤だったニーソは元の純白な白ニーソに戻っていた。
気がつくとゴブリンたちが撃つ弾幕が薄くなっていた。
すると指揮官おっさんが反撃の号令を出す。
「今だ! 弓隊、矢を放てええええっ!!」
スパーン! スパーン! スパーン!
俺は土のうの隙間から敵の様子を見る。
「なぁ、黒奈。何でゴブリンが『マスケット銃』を持って陽気なマーチを演奏しながら横一列で歩いて向かって来てるんだよ? 討伐クエストって、剣とか装備してばばばばーん! カキーン! カキーン! みたいなもんじゃないの?」
「そういえば、杉山さんはとても田舎に住んでいたのですよね?」
「ああ、しかもすごく遠い所から来たから一般常識がまるでない」
「へへっ……でも、杉山さんは何だか戦い慣れてるよくな気がしますよ? 普通の人なら血を見ただけでも気が動転しちゃいますよ? なのに、杉山さんはすごく冷静です」
「…………ビビって思考停止してるだけだ。それより、敵の情報について教えろ」
「は、はいっ! そうですよね、申し訳ありませんでした! ゴブリンたちが使ってる装備と戦術は異世界から伝わったものです!」
「異世界……?」
「はい、私達が住んでいる世界とは違う世界で、とても高度な文明を持っています。昔から何かしらのきっかけで異世界からやってきた人間はごくまれにいたらしいのですが……ここ10年近くは何故か異世界からやってくる人間や異世界の記憶を持った人間がとても多くて……」
「……」
「しかもその異世界の人間たちは、特別な力……『チート』と言うスキルを持った人間が多く、私達の世界を好き放題に引っ掻き回すのです。チートスキルのおかげで私達の世界にもたらした恩恵も大きいのですが、失ったものもとても多くて……。なのでこの世界は、色々バランスがおかしくなっているのです……」
そうか、だからアメを商人に食べさせても大して良い反応がなかったんだ。
きっと俺と同じ考えをした奴が、アメを流通させまくったせいで、既に珍しいお菓子じゃなくなってしまったんだろう。
つまり、オンラインゲームの正式サービスから始めて、先行スタートして有利だと思ってたら、オープンベータの奴らが実装されているコンテンツを既にしゃぶり尽くしていた世界ってことか……。
隙間からゴブリンの様子を伺うと、数は減っているがさっきよりも大分近づいてきた。
「敵さん大分近づいて来たんだが、この後どうなるの? 回れ右して帰ってくれるの?」
「それはもう、杉山さんが望んでいた剣を持ってのカキーン! ビシバシ! デュクシュッ! みたいな白兵戦になります。」
「俺たちの戦力って、おっさん100人くらいだろ? 遠距離攻撃で数は削ったとは言え、、ゴブリンは少なく見積もってもまだ1000はいるよな? かなり戦力差があるんだが……俺たちのおっさん、そんなにクリーク大好きな一騎当千の強者なの? エイメンッって言いながら異種族の敵を殲滅してくれる頼もしい奴らなの?」
「私達は異世界の勇者様が来るまでの間、ゴブリンたちの足止めをしてるのが仕事です。なので時間稼ぎさえできたら十分です……へへっ。」
ドン! ドン! ドン!
ゴブリンたちが一斉にマスケット銃の銃剣を向けて、雄叫びを上げながら走ってくる。
ウラアアアアアアアアアアアーーー!!!
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
「いやいやいや!? そんなにやる気があるんだったら初めから走って来いよ!? 歩いてきた分、無駄じゃん!?」
「私もいつも思っていました。異世界の人たちはどのような考えでこの戦略を編み出したのかよく分かりません」
指揮官のおっさんも声を張り上げて、号令を出す。
「接近戦だ! 行くぞ! バンザイアタックだ!!」
「いやいやいや、それ駄目だから!? そのアタックはとても駄目だから!! 最上級死亡フラグだから!!」
「へへっ、だったら私が杉山さんに異世界のおまじないをかけてあげます。異世界の人はみんなやってるらしいので、きっと効果はあるはずです。人差し指を私の方に向けて指してください」
「異世界のおまじない……? そんなの知らないんだが……? こう……?」
「では、いきますよ〜。ゼロ災でいこう! ヨシ!」
それ違うからあああああ!!
◇◇◇◇◇
黒奈がどのおっさんよりも先頭に立ち、ゴツい盾を前に構えながら突撃をする。
何発もの鉛玉が先頭の黒奈めがけて撃たれたが分厚すぎる盾が全て防ぐ。
そしてお互いの陣営がぶつかり合い、ついに接近戦が始まった。
ゴンッ!
「ぐえっ!?」
黒奈は先頭にいたゴブリンにシールドバッシュをする。
分厚くて重い盾なのに黒奈はそれを軽々と扱う。
そのあまりにも素早い動作のシールドバッシュはゴブリンに回避する暇を与えない。
頭に直撃したゴブリンはまるでヒキガエルのような声を出して地面に倒れ込んで痙攣した。
カチャ!
シュン! シュン!
「がうっ……!?」
盾の内側に取り付けられていた手投げナイフ2本を、黒奈に銃口を向けてたゴブリン2体の喉に向けて投げて命中。
ササッ!
投げナイフを投げたのと同時に黒奈は盾をその場に置き、一気に距離を詰めて手投げナイフが突き刺さったゴブリンが持っていたマスケット銃2丁を奪う。
「うがああああ!!」
「げえええいい!!」
左右から挟むようにして2体のゴブリンが黒奈に斬りかかろうする。
カチャ…
パーン! パーン!
「危ない――……えっ?」
俺が注意を促すよりも前に黒奈はゴブリンを見もせずに、持っていたマスケット銃をそれぞれのゴブリンの頭向けてゼロ距離射撃。
「ぴゃ!」
ゴブリンは小さい悲鳴をあげて頭がパーン。恐らく即死。
さらに黒奈はマスケット銃を捨て、頭がパーンのゴブリンが腰に装着していた片手斧を奪うと、舞うように他のゴブリン3体を切り捨てた。
「ふぅ……後992体……」
黒奈はシールドバッシュを決めてから、わずか10秒足らずで8体のゴブリンを葬り去った。
ん? 実況してる俺はどこにいるかって?
黒奈のすぐ近くにいるよ?
俺はNPCのように黒奈の後ろについてきて、戦場のど真ん中で黒奈が戦ってるのを何もせずに直立姿勢で見てるんだが何か?
ヒュン!
「浮遊魔法……」
ゴンッ!
盾が黒奈の浮遊魔法で浮き、俺を守るように置かれる。
ゴンッ、て音がしたのはきっと俺めがけて撃たれた鉛玉を盾が防いだ音だろう。
「えへへっ……これがヒーラーです……どんな感じか大体分かりましたか?」
「まだヒーラーって言い張るのか(震え声)」
「杉山さんの前で情けない姿を見せられないと思って、いつもよりがんばっちゃいました」
俺と話している際にも4体のゴブリンが黒奈に向かって突撃するが、黒奈は全ての攻撃を最低限の動作で回避したり受け流したりしている。
ザシュ! ザシュ! プシュー!
「ごぶっ!!」
そして俺の周りに床ペロするゴブリンが増えた。
カキーン! カキーン!
「うおおおおおお死ねゴブリン!」
「あまり前に出すぎるな! 死んだって退職金も労災も下りねぇんだぞ!」
「黒奈さん!こっちのフォローもお願いします!数が多すぎる!」
「はい!行きます!」
おっさんたちも奮闘している。
黒奈みたいにゴブリン無双をしている訳ではないが、
10倍近い数のゴブリン相手に拮抗状態を維持している。
てっきり名もなきモブおっさんなんて虫けらのように死んでいくのだと思ったら、上手いように連携が機能している。
そのおかげでまだ死んでるおっさんはいなさそうだった。
黒奈が近くにいないから、少し後退してもっと周りを見てみよう。
100人のおっさんの内、およそ70人のおっさんがタンクとアタッカーの前衛職で構成され、戦線を維持している。
そして20人のおっさんが魔法使いやヒーラーなどの後衛職だ。
既に乱戦になっていて魔法攻撃だと味方を誤射してしまう事を考慮してか、後衛はバフや回復などの支援魔法に徹しているようだ。
「敵に光を!! マスターッ!!」
例外としてニーソを与えて生き返ったおっさんは容赦なしにレーザーみたいな範囲魔法をブッパする。
ビュン!
レーザーはゴブリンを10体を焼き尽くす。
一瞬で丸焦げにされたゴブリンは断末魔すらあげずに死んだ。
そしてあの乱戦の中、腕が良いのか運が良いのかは分からないがレーザーは味方には直撃しなかった。
しかも、どうやら仲間のピンチも救ってるようだった。
「た、助かった!ありがとう!」
もし今のレーザーがなかったらゴブリンの横からの不意打ちで首が飛んでいたであろうおっさんが大声で感謝する。
「ああっ!? 髪が!? 髪が!?」
しかしゴブリン10体を焼き尽くす功績をあげた代償として、前衛でタンクをしていた別の禿てるおっさんの頭にレーザーがかすり、頭のてっぺんの髪も焼き尽くしていた。
「ああ、自分の髪すら守れないタンクが味方を守るだと? ……滑稽だ……滑稽だ…」
「ヒール!」
黒奈がおっさんの頭に向けて黒いオーラを放つ。
見れば見るほど闇属性にしか見えないが、本人はヒールだって言ってるからヒールなんだろう。
ふぁさー
黒いオーラが頭を包み込む。
するとおっさんの髪が再生されて、何十年も売れてないバンドのヴォーカルのような長髪になっていた。
「黒奈さん……き、貴重なMPを私の髪なんかのために!しかもこんなに!」
「だ……大丈夫……へへっ……やっぱり髪がある方が素敵ですね……はぁはぁ……」
さっきまで息切れ一つしていなかった黒奈がヒールを使った瞬間、膝をついて苦しんでいるようだった。
やっぱりヒーラーじゃないよな?
ドッ! ドッ! ドッ!
「……しまっ!? 杉山さん逃げて!!」
「ウラアアアアアアアアアアア!!」
剣を持った2体のゴブリンが前衛の防衛ラインを突破して俺の方に突撃してくる。
ザクッ!!
多分、黒奈が投げた斧がコブリンの背中に命中してその場に倒れ込む。
しかしもう1体はそのまま突っ走ってくる。
「嘘だろ!?」
俺が今いる立ち位置は前衛職と後衛職の中間地点。
10人のおっさんが後衛に向かってくるゴブリンを迎撃するポジションだ。
なのに、その役目のおっさんが見当たらない!
きっとこのラインには黒奈がいるから他のフォローに行っているのだろう!
ドッ! ドッ! ドッ! ドッ!
ゴブリンが走ってくる!
このまま何もしなければ数秒後には殺される!
「ああああ!! 嫌だ!! まだ死にたくない!! 助けて、助けてえええええ!!」
俺は『冷静』に叫んだ。