噴出
噴出
重機によって抉り取られた大量の土砂から、黒い液体が垂れてくる。それは黒い中にも虹色があり、石油のようであった。
「なんだぁ、石油か?」
たった今掘り返されたその場所には、黒いその液体が染み出し、溢れ、さざ波立っている。草加は驚き、それをよく見ようと近づき始めた時だった。
「待て!」
より一層強くなった匂いに抗いながら、鳳はそれに近づこうとする草加の服を引っ張る。次々と他の作業員はそれへと集まる中、草加だけを止めるのに精いっぱいだった。
「いったい、どうしたんですか?」
半分イラつきながら、草加は尋ねる。振りほどこうとする彼を掴んだままに、鳳は声を荒げた。
「ここに風は吹いていない。なのに、なんであれは波うっているんだと思う?」
その瞬間、黒い水たまりは針のように変形し、周囲を無差別に貫いた。集まっていた多くの作業員は体を貫かれ、即死した者から、運よく致命傷には至らなかった者まで様々だった。
静寂が、周囲を包み込む。その直後、誰かが上げた悲鳴を合図に、パニックに陥った作業員たちが一斉にエレベータへと駆けだした。黒い水たまりは空へ向かって零れ落ち、ちょうど人間の頭くらいの高さの位置で、見えない容器にとどめられるかのように宙に溜まっていく。それはゆっくりと人の姿を象っていき、真っ黒な影法師が三人の目の前に立っていた。
「なんだよこれ……実はさっきので死んじまったとか、か?」
恐怖に笑いながら、草加はじりじりと後ずさりしていく。黒色のその人影は相変わらず光が当たった表面だけは虹色に輝いており、その顔に人間らしいパーツは何一つとして存在していなかった。
「草加さん、鳳君、逃げるわよ!」
川端は二人の手を引き、エレベータに向かって走り出す。エレベータは沢山の作業員が既に乗っており、周囲にはそれが動く警報音が響いていた。
「あいつら、俺たちの事見捨てるつもりか?」
走る三人の前に、もう一つの黒い人影が地面から姿を現す。前後にそれぞれ、それを迎え、三人はもう助からないかに思えた時だった。
巨大なエンジン音を轟かせ、一台のブルドーザーが目の前の影を引き飛ばす。丁度三人の前でピタリと止まると、見知った顔が中から出てきた。
「鳳、川端、早く乗れ! エレベーターに間に合わなくなるぞ!」
黒い排気ガスを立ち上らせるそれに、三人は慌てて捕まった。すぐ後ろの影は形を崩し、ゴムボールのようにうねりブルドーザーへと飛び掛かる。
「弘樹!」
「任せろ!」
川田が運転するそれは急発進し、ゴムボールの直撃を避けた。黒い液体はこうしている間にどんどん地中から溢れてきており、少しづつ引き離してはいるものの、止まってしまえばすぐにでも捕まってしまうことは明らかだった。
「全員、屋根に上れ! このまま突っ込ませる! エレベータに跳んでくれ!」
エレベータは既に上昇を始めており、跳んでも届くかどうかが分からないほどになっている。
「鳳君、沼子ちゃん無事で良かった」
強い風のせいか、内海は目を細めている。狭いうえに高速で動き続けているブルドーザーの上にいるは、それだけでも至難の業だった。
「なんとか、だな。弘樹、内海、助かった。ありがとう」
「うちからもお礼を言わせて」
川端も感謝の言葉を述べた時、アクセルから足を離した川田が昇ってくる。鳳と川端はそれを手伝い、跳ぶべき足場をしっかりと見据えた。
「二人とも、あとできっちり話を聞かせてもらうからな。あと、お前もだな。知っている事は全部聞かせてもらうからな」
草加を見ながら川端が言うと、ブルドーザーは大きな音を立てて壁に激突した。