凱旋
あきるかも?
凱旋
良く晴れた空。
雲一つなく、絶好のフライト日和だ。本当はこういう日にこそ飛びたいものだと、自分が空を舞う様子を想像する。
風を越え、音をも超える高揚感。地を離れる緊張感。どれも彼女にとって昔からの憧れであり、夢であり、そして今である。
無機質で機械的な空への港は、今日も多くの人でごった返していた。そんな雑踏をかき消すように、大きなエンジン音が彼女のいるロビーに響き渡る。ふと目をやると、一つの旅客機が空へ上がるため滑走しているところだった。
携帯を確認し、時間を見る。時刻は大体午前十時ごろ。そろそろ来るころだろうと、携帯をしまいかけた時、それは高らかに着信を伝えた。
「もしもし。着いた?」
「たった今、着いたところ」
背後から聞こえたその声に、慌てて彼女は振り返る。そこには若い男性が笑顔で立っていた。
「よう、内海久しぶり。大分変ったな」
内海と呼ばれた彼女は、彼が誰なのかを理解するのにそれなりの時間を要してしまった。と言うのも、目の前の彼は内海の知っている頃と比べ、大きく変わり果てていたからだった。
「え……。まさか、おおとり?」
「そう。鳳」
久しぶりに会った旧友を、内海は改めて認識した時。止まっていたかに感じられた時間は、流れ出した。
「うっそぉ、久しぶり! さぁ行こ。みんな待ってるよ」
「分かった分かった。焦るなって」
キャリーバッグを奪うように持ち、空いた手で鳳の手を引っ張る。先ほど飛び立った飛行機は、空に、小さな点となっていた。
内海の運転する車は、三車線もの太い道路を走っていく。見たことのないビル、見たことのない店。それらが立ち並び、逆に、自分の知っている面影がどこにも見当たらないほどになっていた。
「どう。この街も大分大きくなったでしょう?」
交通量も大幅に増え、多量の車が溢れかえっている。かつて郊外だったこの場所も、日本の首都と比べても何ら見劣りしないほどの物だった。
「話には聞いていたけれど、ここまで大きくなっているとは思わなかったよ」
信号が赤に変わり、車の流れがせき止められる。信号から遠く離れた場所で、二人の乗る車は停止した。
「中学卒業して二、三年後くらいだったかな。神功市はゴルテック社のアジア拠点本部の誘致に成功したんだってさ。そこそこ大きい会社だからさ、あっという間にいろんな会社が集まってこの通りだよ」
そのことについては鳳もニュースで知っていた。医療機器をはじめとし、あらゆる業界に手を伸ばすグローバルマルチ企業、ゴルテック社。特にとりえもなかったような神功市が誘致に成功したと、特番まで組まれるほどに騒ぎになったのだった。
「ところでさ。鳳って、今は何をしているの?」
信号は変わり、再び車は流れ出す。
「今はまだ、外科医の研修生。こう見えてもちゃんとした医者見習いなんだぜ?」
「見習い、ね」
おどけたように自慢する彼に、内海は付け加える。車の間を縫うように、二人の車はどんどん追い越していく。
「まぁ、確かに。今じゃあっちよりも、ここの方が医療のメッカとも聞くからねぇ。鳳も何のためにあっちの高校に行ったんだか、って思ったりしない?」
「んー、向こうは向こうで良かったよ。それにあの時はこっちの方が発展するなんて、予想すらできなかったからねぇ……」
そっかぁ、と内海は返す。あまりの車の量にいよいよ流れなくなってきたとき、狭い路地へと滑り込む。そこからほんの十数メートルほど進むと、狭い駐車場に沢山の人が集まっていた。
「さぁ、着いたよ。荷物は帰りにも送ってあげるから、中に置いて行きなよ。私は車止めてくるから」
鳳は一言礼を言うと、その人だかりへと歩いて行く。
見知らぬ街、見知らぬ光景。
それほどまでに変わり果てた砂漠のような場所に、見知った雰囲気のオアシスを彼はようやく見つけたのだった。
「あれ、翔也じゃん!」
あっという間に彼は級友たちに囲まれる。街並みは大きく変わっても、こいつらだけは変わらないんだと、彼は彼らとの再会できた喜びをかみしめていた。