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私の名前は―――

あけましておめでとうございます。

大晦日の晩にふと書き上げたこの短編小説。これ書いてたら年越してました。

何か反応があれば続編を書く……かも?

 そろそろ時計の針が二つとも真上に到達する頃だろうか。私は懲りもせずに国道の真上に架かる歩道橋の真ん中で、座り込み夜空を見上げている。


「こんばんは。こんな時間にこんなところでどうしたの?」


 ボーっと曇った夜空を見上げていたらいきなり降りかかる澄んだ声。声のする方向を見てみれば整った顔立ちの私と同じくらいの年齢の女子がいた。


 確かこの子は―――


「……別に。あなたこそ、こんな時間にこんなところでどうしたの?」


「挨拶されたら返そうよ。それに質問に質問を返すのはどうかと思うよ?」


「……こんばんは。ただ感傷に浸りたくなっただけよ」


「そっか……私も同じ」


 はじめはむくれた表情だが、その仕草に嫌味は見当たらなかった。私が渋々と応えると、彼女はどこか影のある笑顔を見せた。


「あなたは……2組の竹原さんよね?」


「うん、そうだよ。もしかしてあなたも同じ学年の?」


 どうやら私と同じ学校の同じ学年の有名人で間違いなかったようだ。彼女―――竹原さんは私の言葉を聞いて、初めて私を同じ学校の生徒だと認識したようだ。


「えぇ……8組の堀川よ。まぁ、あなたほど有名人じゃないから私の名前なんか知りもしないでしょうけど」


「……ごめんなさい」


 入学当初から上級生の注目を浴び、それに伴って同じ新入生からも注目を浴びた竹原さんが頭を下げる。私は思わず目を見開いた。


 学校の中でも有名人の竹原さんに頭を下げさせたなど知られたら……と思うところに私の人間性が出るなと感じた。


「別に謝らなくても……ただのいけ好かない女子の僻みだと思ってくれていいのに」


「ううん、私ってあまり人の顔と名前を覚えるのが得意じゃなくて……だから、それで気分を悪くさせたなら謝りたくて……ごめんなさい」


 もし明日にでも竹原さんが友達に「昨日8組の堀川って子に難癖つけられて―――」みたいなことを言われるんじゃないかと思った自分が恥ずかしい。


「……頭を上げて、竹原さん。そんなに気にしてないから」


「うん……」


「私がイメージしてた竹原さんとは随分とイメージが違うわね。もっと―――」


「もっと?」


「ううん。人の噂なんて所詮噂なんだと思っただけだから。竹原さんは竹原さんよね」


 私自身が良く思ってないはずの噂話なんかを信じてどうする……


「そっか……うん。私も、私を私って見てくれて嬉しいよ。周りの人は私のことを……あの竹原和磨かずまの妹って見るからさ」


「立派な兄を持つと苦労するのね」


 確か前生徒会長だったはず。学業優秀で数々の行事で学生の意見を教師に認めさせたとか……それに見たことはないけど、かなりのイケメンだったとか。


 目の前の前生徒会長の妹を見れば最後のやつも信憑性はありそうだ。


「ううん。兄さんは私の憧れだから。それに誇りでもあるしね。苦労は……少しはあるけど、それも私が兄さんの妹だからって思えば、ね」


饒舌じょうぜつね。お兄さんのことが本当に好きなのね」


「うん。兄さんは私の全部だったから……」


 思わずブラコン? とも思ったがそれより―――


「……だった?」


「ひと月前に事故でね。短い人生だったなー」


 竹原さん私の隣に座り込み、夜空を見上げながら呟く。


「それは……ごめんなさい」


「ううん。気にしないで」


 今度は私が謝る番だ。しかし、竹原さんは笑顔で応える。


「えっと、あなたのお兄さんのご冥福を祈るわ」


 その笑顔を見て私は月並みなことしか口にできなかった。


「ありがとう。兄さんもきっと天国で喜んでるよ。こんな美人さんに祈られてるんだもん」


 けど、竹原さんは嬉しそうにしてくれた。最後の言葉には同意しかねるが、今はそれに触れないでおこう。


「……強いのね」


 ただ、心からそう思った。


「どうかな……強くありたいとは思ってるけど。じゃなきゃ輝けないから」


「輝く?」


 私は思わず言葉を返す。


「うん。まだ私が小さい時に兄さんが話してくれたんだ。煌めきは一瞬で、輝きは永遠だって。わたしはまだ小さくて、その意味がわからなくて、だから……そうなんだって笑顔で言ったの」


「……」


「そんな無知だったわたしを兄さんは咎めることもなく、優しく頭を撫でてくれたの」


「優しいお兄さんね」


 今度も心からそう思った。昔を懐かしそうに話す竹原さんからはお兄さんへの愛情なんかが滲み出ていた。


「でしょ? 私の大好きな兄さんだもん。兄さんはね、学生時代は色んな伝説を残していったけど、体が弱かったの。長生きはできないだろうって言われてたんだって」


「え……」


 直接は知らないが、それでも新入生でさえ知っている伝説を残した人間が?


「だからかな、兄さんは煌めきの中に身を投じることを選んだの。出来るだけ体を大事にして少しでも長く生きて輝いた人生を送って欲しいっていう両親の願いを振り切ってね。短くても……刹那でも自由でありたいと煌めきを手にした。その結果が永遠の闇へと向かい、帰らぬ人になったんだけどね」


 随分と詩的な表現をするなとも思ったが、柵に背を預けて指弄りをしながら、澄んだ声でどこか歌うような竹原さんの語りは、女の私が見ても綺麗だった。


「……」


「だから、私は永遠に輝くの。兄さんがいる永遠の闇を照らせるぐらいにね」


「……あなたは羨ましいぐらいに充分輝けてるわ」


 そう結んだ竹原さんの話を聞いて思わず零れる私のホンネ。


「本当? それならこれからも輝き続けなくちゃね」


「応援してるわ」


 竹原さんの嬉しそうな顔を見たら心からそう思えた。


「へへ、こんな美人さんに応援されたら私も頑張らなくちゃね」


「そんな……私は美人じゃないわ」


 先ほどは否定しなかった身に余る賛美に私は目を伏せる。中学時代の嫌な思い出が甦りそうになる。


「なら私が何度でも言い続けるよ。堀川さんが自分に自信を持てるように」


「どうして私に……自分に自信が無いって―――」


「ひと月前の私と同じ顔してる。でも、大丈夫! 私が一か月でこうだもん。堀川さんも羨ましいって感情があるなら大丈夫! 羨ましいって思うなら自分もそうなりたいって思ってることだもん! だから―――」


 私の言葉を遮った竹原さんが、自信満々の顔で大丈夫と言われると心が少し楽になった。


 最後の言葉で一区切りした竹原さんは立ち上がると私に手を差し伸べた。


「―――まずは立ち上がろう!」


「えぇ!」


 だから、私は今までのしがらみを振り払ってくれるそのを力いっぱい掴んで立ち上がる。


 竹原さんの手に引っ張られて立ち上がったら、私の心を雁字搦がんじがらめにしていた柵が引き千切れた気がした。


 いや、きっとそれは気のせいじゃない。


「あ、あらためまして私の名前は和泉いずみ。竹原和泉だよ」


 丁度、握手をした感じだったからか竹原さんが自己紹介をしてくれた。


 だから、私は親が自分の名前に込めただろう想いに応えるために―――


「私の名前は堀川(しょう)です」


 ―――笑顔で自己紹介をした。









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