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本の終活

作者: 小狐紺
掲載日:2026/03/19




 そろそろ、終活を考えるべき時かもしれない。


 人には人生があるように、本には本の本生がある。工場生まれ書店育ちの私も、この棚に納まって以来、それなりの年月が経った。気づけば天と背はすっかり焼けてしまっていた。

 

 しおりに寄る虫を追い払い、糸のたわみを揃えてそんなことを思った。餌の姿は、他の餌が運び出して以来、見ていない。窓の桜はそれから三度ほど散っていた。


 我々は中身を武器に、人の好奇心をちょいとばかりいただき、生きていく。しかし、中身に何が詰められていて、どれが餌の好みに合うかは分からない。

 

 書店に行く前の倉庫時代、偶々企画展帰りの糸綴りの先輩と言葉を交わす機会があった。昔は己の内面を磨き、皆の為に祈り動くものが産みの親だったそうだ。それが今の形になったのは比較的最近だそうで。この小島の餌共は、私が生まれる少し前まで縄張り争いをしていたらしい。

 

 それでも先輩達は地道に活動を続け、少しずつ生存圏を増やしてきたのだとか。先輩の活躍で、我々に興味を持つ餌達も随分と増えたらしい。今では本から進化したものも生まれ、仮想の世界にまで形を持たない本達までいるのだという。まさに本のカンブリア紀。ホンブリア大爆発だ。だがその分、餌の分配競争は高まった。

 


 私の知る限り、今時は工場でまとめて産卵され、金銭で売買されてようやく孵化する。本を開けば、読者という奴は好奇心という餌を差し出してくる。献身的な餌もいれば、使えない餌も、破壊の限りをつくす悪魔のような餌もいる。どんな餌がかかるか運次第。書店時代は、ただよく売れていく奴と模様がどれだけ似ているかで、仲間と一喜一憂したものだ。 


 我々の中には餌を上位に見るものもいるらしい。だが、餌候補との初顔合わせで、手に取るなり、つまらなさげに平置きに放り出されたことで、私の中で、餌は餌と呼称することに決めた。それでも最終的な私の餌が違っていたら、また色々違ったのかもしれない。

 

 私を買った餌は、不人気組のなかでも有名なほどよく現れる奴だった。無表情で私を取りあげると、更に幾つかの本と一緒にまとめてレジに出された。手に取られ、孵化する瞬間まで、どきどきしていた。


 その一度きり。あとはずっと棚のここで日に焼けてきた。


 ここの居心地は悪くない。両側から押され、形も工場から出てきた時のままだ。だが、それでいいのだろうか。


 三日月の光を前に、抜け出すことにした。


 最初に向かったのは古本屋。こっそりと忍び込むことを許してくれると本棚仲間から聞いていた。しかし、なんとか辿り着いたそこは、餌たちが過ごす場所になっていた。


 建物の角から見上げた場所に仲間がひとりもいないことを確認した。私はその場に崩れ落ちた。本は動くものではない。春の夜に踊らされてここまで来たが、日がのぼりもう動くことはできなかった。


 我に返った時、目の前にはうず高く平らに積まれた仲間達と一緒だった。ここはどこか。何やら不穏な機械音がしている。

 

 目の端に動くものがはいる。餌だ。餌は大きな唸り声をあげて震える四角い箱の前に立っていた。手には仲間の薄い本。傍らには装丁を剥がされ、バラバラにされた仲間の残骸がある。


 餌は残骸を四角い箱の薄くあいた口に流し込む。バリバリと狭くはない部屋中に響く音を立てて仲間が飲み込まれていく。ここは葬儀場か。恐ろしい。嫌だ、そう思った。もうこんなところにいたくない。


 目指したいのは時折読んでもらえて、きちんと仕舞ってもらえる場所。そうか。私は終活ではなく、新しい場所が欲しかったのか。

 

 音が止まり、餌が箱に構う隙を見計らって、仲間たちの間から抜け出した。とりあえず今はここから離れよう。なにしろ元は動かない本の身だ。早くはない。だが今はあの場に戻されたくない。見つからないよう、慎重に、静かに進む。


 建物から抜け出せば、夜闇に紛れて走りだした。繊月を背負った桜が舞い散る。迷いこんだ川べりは、湿気てうまく動けない。私は賑やかな光が集まる方向へと駆け出した。走った。ひたすら。


 辿り着いたのは静かな建物。段差はなく、扉の開閉が頻繁でよく餌が出入りしている。だが一様に静かで挙動も小さい。病院といっていたか。よく餌からこういう匂いがしていた。


 奥を覗き込めば、小さな棚にしっかりとつめられた仲間たちがいる。3段棚はほぼ満席だったが、いちばん下の棚の端は空いていた。あの隙間であれば、私が10冊は入りそうだ。餌のタイミングを見て飛び込んだ。本棚におさまった途端、眺める小さな餌と目があった。

 

 小さな餌は己の指をくわえて、大きな餌に寄りかかっていた。無垢な目は一瞬まんまるになったが、私がそこから動かないのを見ると、手を叩いて笑い出した。

 

 大きな餌たちはそれを見て微笑んでいた。


 どうやらここは餌たちが途切れることはないらしい。時折手にとられ、少し読まれては、棚に戻される。得られる好奇心はそこまで大きくないが、以前得たより多く得た。ここは私に合っていたらしい。

 

 昼間はずっとここにいる餌が、いつのまにか潜り込んだ私に気づいた。だが彼女は首を傾げて、私に仲間についてるのと同じ模様を書き込むと、そのまま棚に戻した。いいのか、それで。

 はじめて見る餌が、知らない古い仲間を私の隣におき、呼ばれた部屋へ消えていった。……いいのか、これで。


 ここで過ごせるなら、第二の本生も悪くないのかもしれない。


 


  

 

  

 

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