表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真実の人形師(パペットマスター)  作者: 慈架太子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

4章:過去の清算と慈愛の系譜


王宮魔導騎士団を退けたノアールたちの前には、静寂を取り戻した『忘却の渓谷』が広がっていた。しかし、その静寂は嵐の前の静けさに過ぎない。


「次はどこへ行く? 王都の中央魔導院を叩き潰しに行くか?」


師匠が面白そうに問いかけるが、ノアールは首を振った。彼女の視線は、かつて自分が閉じ込められていた北方の地、火魔法の大家「ロレーヌ家」の方角を向いていた。


「いいえ。まずは、私自身の過去を清算するわ。あの家は、この世界の『属性の嘘』を最も強く信奉し、それを誇りとして他者を虐げてきた。そこを崩すことが、世界への一番の証明になる」


ノアールの背後で、自律型人形「エクリプス」が静かに頷く。彼女の幽質銀の身体は、工房の魔力とノアールの意思を吸い上げ、常に最適な戦闘形態を維持していた。


一行は、ロレーヌ家の領地へと向けて移動を開始した。「深紅の薔薇」の面々も、ノアールの決意に共鳴し、その足取りは軽い。道中、彼女たちは野営を繰り返したが、そこでもノアールの変革は続いていた。


「『生活を豊かにする闇』、だったわね」


ノアールは指先を微かに動かし、闇の魔力を「薄く、広く」空間に展開した。これまでの彼女なら、魔物を探知するために糸を張っていたが、今は違う。闇を「毛布」のように周囲に敷き詰め、外気の寒さを遮断し、焚き火の熱を効率よく内側へ反射させる。


「ほう、闇の『吸着』と『反射』を使い分けたか。飲み込みが早すぎて、教えることがなくなっちまうな」


師匠がエールを片手に感心する。ノアールは、闇が単なる破壊の力ではなく、温度を保ち、音を消し、安らぎを与える「器」であることに気づいていた。


数日後、ついに視界にロレーヌ家の巨大な城塞が見えてきた。その塔の頂には、不自然なほど赤々と燃え盛る「永遠の火」が掲げられている。それは一族の繁栄の象徴であり、同時に「火こそが至高」と謳う傲慢な看板でもあった。


城門の前には、異変を察知したロレーヌ家の魔導師たちが立ちふさがった。その中心にいたのは、かつて人形を壊し、リィネを「おぞましい」と突き放したあの母親だった。


「またあなたなの、リィネ。いえ、ノアールと言ったかしら。聖女の振りをしていたかと思えば、今度は騎士団を傷つける大罪人として戻ってくるとは……。やはり闇に染まった者は救いようがないわ!」


母親の手から、凄まじい熱量の火球が放たれる。だが、ノアールは眉一つ動かさない。彼女が指をパチンと鳴らすと、エクリプスが前方に立ち、鎌を一閃させた。


「……その火は、あまりに熱すぎるわ。少し、頭を冷やしなさい」


エクリプスの鎌が空を切ると、そこには漆黒の「穴」が穿たれた。母親が放った火球は、その穴に吸い込まれると同時に、反対側の城門の上空から「冷たい影の礫」となって降り注いだ。事象の反転。火というエネルギーから熱を奪い、闇という静寂に変換して送り返したのだ。


「そんな……私の火が、凍りついている……?」


母親が絶望に顔を歪める中、ノアールは静かに城門へと歩みを進める。彼女の周囲には、いつの間にか十体、二十体と、影から這い出した「幽質銀」の予備人形たちが整列していた。


「ロレーヌの火が照らしてきたのは、真実ではなく、あなたたちの虚栄だけ。今夜、その火を消しに来たわ」


城塞を包み込むように、巨大な「夜」が降りてくる。それはノアールという一人の少女が、世界を縛る嘘の糸を断ち切り、自分自身の物語を書き換えるための、真実の夜の始まりだった。





城壁に掲げられた「永遠の火」が、激しく揺らめいた。ノアールが放つ圧倒的な「夜」の重圧に、燃料となる魔力そのものが恐怖しているかのようだった。


「防陣を敷け! この不浄な闇を焼き払うのです!」


母親の絶叫とともに、ロレーヌ家の精鋭たちが一斉に杖を掲げた。幾重にも重なる巨大な火柱が城門前にそり立ち、夜空を赤く染め上げる。それは、一族が数百年守り続けてきた「光の盾」だった。


しかし、ノアールは静かに一歩を踏み出す。

「エクリプス。あんなに騒がしい火はいらないわ。この場所にあるべき『静寂』を教えてあげて」


エクリプスが影から滑り出し、手にした黒鎌を地面に突き立てた。瞬間、城塞全体を覆う影の波が、物理的な津波となって押し寄せた。

ロレーヌの魔導師たちが放った火柱は、その影に触れた瞬間、爆発することもなく「吸い込まれる」ように消えていった。熱も、光も、音も。すべてがノアールの闇という、無限の容量を持つ器に収められていく。


「な……魔法が、消えた……?」


呆然とする母親の前に、ノアールが辿り着く。

かつて見上げた時、あれほど大きく、絶対的だと思っていた母親の背中は、今やあまりにも小さく、震えていた。


「お母様。あなたが信じてきた火は、世界の一部でしかないわ。火が燃えるためには、それを受け入れる空間……つまり『闇』が必要なの。私を捨てたその瞬間に、あなたは自分たちの火を支える器を、自ら壊してしまったのよ」


ノアールは指先を動かし、影の中から一体の小さな、けれど精巧な人形を取り出した。それは、かつて母親に壊されたあの「踊る人形」を、幽質銀で完璧に再構築したものだった。


人形が、母親の足元で優雅にダンスを始める。

かつては「おぞましい」と切り捨てられたその動きは、今や空間そのものを調律し、周囲の荒れ狂う魔力を穏やかな静寂へと変えていく。


「この子は、あなたを恨んでなどいないわ。ただ、こうして踊ることで、世界がどれほど調和に満ちているかを示しているだけ」


ノアールがそう告げると同時に、城塞の頂で燃え盛っていた「永遠の火」が、音もなく消灯した。

城内は一瞬にして深い闇に包まれる。だが、それは恐怖の闇ではなかった。火傷のような熱に晒され続けてきた一族にとって、初めて訪れた、魂を休ませるための「夜」だった。


「ああ……ああああ……」

母親は崩れ落ち、その闇の中で嗚咽した。自分が守ろうとしてきたものが、いかに独善的で、偏った「うそ」であったか。そして、自分が捨てた娘が、いかに深く、強大な真実の中に立っているかを、その身で理解したのだ。


「師匠、あとの始末は任せていいかしら。……私は、この家の地下に眠る『火の起源』の記録を確認してくる」


「おう、好きにしな。このババアたちの説教は、深紅の薔薇の連中がたっぷりやってくれるさ」


師匠がニカッと笑い、アイリスたちが「お任せあれ!」と頼もしく腕を回す。


ノアールはエクリプスを伴い、もはや抵抗する者もいない城の奥底へと歩を進めた。

過去との決別は終わった。

今、彼女が手にしているのは、一族の恩讐を超えた、世界を救い、縫い直すための「真実の糸」だ。


地下への階段を降りるノアールの背中は、もはや「捨てられた娘」のものではなく、新たな時代の夜を統べる、一人の気高き人形師のそれであった。





ロレーヌ家の地下深奥、そこは歴代当主すら立ち入りを禁じられた禁域だった。壁面には火の魔力を増幅させるための「赤輝石」が埋め込まれ、中心部には巨大な魔法陣が脈動していた。


だが、ノアールの瞳が捉えたのは、一族が誇る「神聖な火」の美しき源泉ではなかった。


「……これが、ロレーヌの火の正体?」


魔法陣の中央に、一人の男が封印されていた。肉体はミイラのように干枯らび、四肢は無数の「光の楔」で地面に打ち付けられている。その男の口からは、絶え間なく純粋な魔力が吸い出され、それが上の階の「永遠の火」へと変換されていたのだ。


「ああ、やっぱりな。案の定『電池』かよ」


背後から追いついてきた師匠が、呆れたように鼻を鳴らした。


「ノアール、これが中央魔導院が広めた『属性魔法』の完成形だ。特定の属性に特化した人間を作り出し、その生命力を絞り取って『奇跡』として見せかける。ロレーヌ家は、先祖代々この男……おそらくは数千年前の火の魔導師の成れの果てを、生贄にして繁栄してきたわけだ」


ノアールは吐き気を覚えた。

自分がおぞましいと蔑まれた理由。それは、この不自然な「搾取の循環」に、彼女の闇の力が干渉し、システムを壊しかねなかったからだ。闇の「受容」は、無理やり引き出されるエネルギーを中和し、静止させてしまう。


「もう、終わりにしましょう」


ノアールがそう呟くと、エクリプスが音もなく前へ出た。漆黒の鎌が、男を縛る「光の楔」を一つずつ、優しく断ち切っていく。楔が壊れるたび、城全体を支えていた偽りの魔力が霧散し、壁の赤輝石がパリンと音を立てて砕け散った。


最後の楔が外れた瞬間、男の亡骸は塵となって消え、地下室は完全な静寂と闇に包まれた。


「これでロレーヌの魔法は、ただの技術に戻ったわ。誰かの命を糧にする『うそ』の奇跡じゃなくてね」


ノアールは、もう地下に用はないとばかりに背を向けた。

地上に戻ると、そこには自分の過ちを悟り、虚脱した表情で座り込む元一族の者たちがいた。ノアールは彼らに言葉をかけることすらしない。


「師匠、中央魔導院へ行きましょう。あそこには、まだこういう『電池』がいくつも転がっているはずよ」


「おう、世界中の『うそ』をひっくり返しに行くか。ノアール、あんたのその闇の糸なら、世界を縛る鎖を全部切り刻めるぜ」


ノアールの周囲には、幽質銀で構成された六体の人形に加え、さらに数体の影の人形が自律的に浮遊していた。彼らはもはや武器ではない。偽りの夜明けを拒み、真実の夜を運ぶ「執行者」たちだ。


「深紅の薔薇」のメンバーも、それぞれの武器を担ぎ直し、不敵な笑みを浮かべていた。

「次は世界一の悪党退治ね。腕が鳴るわ!」


ノアールは、空に浮かぶ冷たい月を見上げた。

かつては自分を呪ったその月光が、今は進むべき道を白く照らしている。

「漆黒のパペットマスター」とその軍勢は、偽りの光が支配する王都へと向けて、静かな、しかし確実な進軍を開始した。


歴史の裏側に隠された、すべての「うそ」を断ち切るために。

少女の指先から伸びる目に見えぬ糸が、今、世界そのものを縫い直し始めていた。





王都へと続く街道を、ノアールの一行は静かに、だが圧倒的な威圧感を伴って進んでいた。

かつての彼女は、人目を避けるように影に潜んでいた。だが今、彼女の背後には幽質銀の光沢を放つ六体の人形、そして師匠と「深紅の薔薇」の精鋭たちが並び、道行く人々がその異様な光景に息を呑む。


「見て、ノアール。あの空を」

アイリスが指差した先、王都の空には、不自然なまでに巨大な五色の魔導光が渦巻いていた。それは中央魔導院が維持する「世界守護結界」――その実態は、各地から吸い上げた「電池」たちの魔力を循環させ、民衆に偽りの安寧を見せつけるための巨大な虚飾の蓋だ。


「あんな風に、無理やり色を混ぜ合わせるから濁るのよ」

ノアールは冷徹に言い放った。彼女の指先が微かに動くと、随伴する人形たちが一斉に空を仰ぐ。パペットマスターとなった彼女にとって、空の魔力流は、解きほぐすべき「絡まった糸」に過ぎない。


王都の正門に辿り着いた時、そこには数千の魔導師軍団と、自動迎撃用の魔導ゴーレムが壁のように立ち塞がっていた。

「止まれ、異端の人形師! これ以上進めば、王都全土の魔力を用いて貴様を消滅させる!」


魔導院の長老たちが、城壁の上から高らかに宣言する。彼らが杖を振るうと、空の結界から極大の光線が降り注いだ。大地を抉り、万物を蒸発させるはずの光。


だが、ノアールは歩みを止めない。

「エクリプス、幕を引いて」


エクリプスが前方に躍り出ると、その小さな身体を起点に、漆黒のドーム状の闇が爆発的に広がった。光線は闇に触れた瞬間、パチパチと音を立てて「吸収」され、ノアールの魔力へと変換されていく。


「な……!? 王都の結界出力を、ただの闇が喰らっているというのか!」


「いいえ。ただ、あるべき場所へ返しているだけよ」

ノアールが両手を広げると、彼女の背後の影から、数千、数万という「闇の魔力糸」が触手のように伸び、空の結界へと突き刺さった。


事象改変の真髄。ノアールは結界の構造を瞬時に読み解き、その「継ぎ目」を闇の糸で縫い合わせたのだ。

強制終了シャットダウン


ノアールの呟きと共に、王都を照らしていた五色の光が、ガラスが割れるような音を立てて崩壊した。

光が消え、王都に数百年ぶりの「本当の夜」が訪れる。街の人々が驚愕して空を見上げる中、ノアールは混乱する魔導師たちを無視し、魔導院の本部へと真っ直ぐに進んだ。


「さあ、始めましょう。この世界の動力源いのちを、すべて解放するわ」


師匠が背後で「よっ、世界一の人形劇の開演だな」と楽しそうに口笛を吹く。

ノアールは知っていた。この魔導院の地下には、ロレーヌ家とは比較にならない数の「犠牲者」たちが、世界の維持という名目で繋がれていることを。


彼女の指先から伸びる糸は、もはや人形を操るためのものではない。

それは、偽りの世界というマリオネットの糸を一本ずつ切り裂き、真実の夜を紡ぎ直すための「変革の針」だった。

王都の石畳に、六体の人形たちの硬質な足音が響き渡る。漆黒のパペットマスターによる、世界再編の最終章が、今まさに幕を開けた。




中央魔導院の最深部、通称「ことわりの檻」。

そこは、物理的な壁ではなく、純白の魔力繊維によって編み上げられた巨大な繭のような空間だった。ノアールが足を踏み入れると、その中心には、数千、数万という「糸」に吊るされた、無数の人々が浮かんでいた。


「……これが、世界の平和の代償。あまりにも醜いわ」


ノアールの呟きに呼応するように、空間の奥から一人の老人が姿を現した。中央魔導院の総帥。彼は杖を持たず、しかしその全身から発せられる魔力は、これまで出会った誰よりも濃密な「うそ」を纏っていた。


「人形師の娘よ、お前がやろうとしていることは世界の崩壊だ。この者たちの魔力があるからこそ、天災は防がれ、大地は実っている。お前は、真実という名の絶望を民に与えるつもりか?」


「いいえ。私が与えるのは、『自分の足で立つ権利』よ」


ノアールは静かに宣告し、自身の指先を天に向けた。

「エクリプス、他の五体と共鳴を開始。――全界展開フルワールド・リンク


六体の人形がノアールの周囲で輪を作り、幽質銀の身体が漆黒の炎を上げ始めた。ノアールの意識は、師匠から授かった「事象改変」の極致へと至る。


彼女の指先から放たれた闇の糸は、吊るされた人々を縛る魔力繊維の一本一本に絡みつき、その「属性」を中和していった。

火、水、風、地、光。強制的に分類されていた偽りの色が、ノアールの闇という母胎に飲み込まれ、純粋な、名もなき魔力へと還っていく。


「やめろ! その繋がりを断てば、世界の均衡が――!」


「均衡なら、私とこの子たちで支えてみせるわ。……偽りの犠牲ではなく、私の『闇』という技術でね」


ノアールは、自身のMP(魔力)のすべてを、世界そのものと「接続」させた。

かつては五体の操作でさえ喘いでいた彼女が、今や世界という巨大な人形の糸を握っている。師匠の教え通り、彼女は支配するのをやめ、世界の一部……「真実の夜」そのものになったのだ。


バチン、と空間を揺らす音が響き、数万の糸が一斉に弾けた。

吊るされていた人々が、エクリプスたちの優しい影に抱かれながら、ゆっくりと地面に降り立つ。それと同時に、王都を、そして世界を覆っていた「属性の檻」が完全に消失した。


総帥は、杖もつかぬまま膝をつき、呆然と空を見上げた。

そこには、属性の色のない、ただどこまでも深い、本物の星空が広がっていた。


「……終わったわ」


ノアールは、精根尽き果てて倒れそうになる身体を、エクリプスの小さな肩に預けた。

魔力は空っぽだった。だが、不思議と心は満たされていた。


「へっ、よくやったな、ノアール。これで世界は、今日から自分たちの足で歩かなきゃならねえ。……まあ、案外なんとかなるもんさ。魔法が無くたって、飯は美味いし、腹は減るんだからな」


師匠が歩み寄り、ノアールの頭を乱暴に撫でた。「深紅の薔薇」のメンバーたちも、解放された人々を介抱しながら、晴れやかな笑顔で彼女を見ている。


ノアールは、自身の傍らに立つ六体の人形たちを見つめた。

彼女たちはもはや、戦うための道具ではない。

新しい世界で、共に生き、共に笑うための、たったひとつの「本物の家族」だ。


王都の夜明けは近い。

だが、その夜明けは、誰かに与えられた光ではない。

人々が自ら灯す、小さな、けれど確かな光の物語の始まりだった。


漆黒のパペットマスター、ノアール。

彼女が編み上げた真実の糸は、今、世界という広大な布地を、美しく、自由な模様へと縫い変えていった。





ノアールが「黄昏の工房」で師匠から授かり、自らの闇で完成させた三つの真理。それは、これまでの魔導体系を「うそ」と切り捨てるに足る、残酷なまでに効率的で美しい理論であった。


1. アンデッドの完全殲滅:属性の反転と「存在定義」の抹消

レイスやゴーストが物理捕縛をすり抜けるのは、彼らがこの世の「物質」ではなく、未練や魔力で構成された「事象」だからである。これに対し、ノアールは糸で縛ることをやめ、闇の本質である「受容」を用いた。

闇の魔力糸を極限まで細分化し、霧のように対象の空間へ散布する。霊体の波長に自身の魔力を完全に同調シンクロさせると、アンデッドはノアールの闇を自分自身だと誤認する。その瞬間に闇の性質を「静止」へと転換すれば、霊体を構成する魔力の結合が解け、彼らはただの自然な魔素へと還る。あるいは「幽質銀」の刃でその存在の「核」を物理的にではなく概念的に断ち切ることで、二度と再構成できない形でこの世から消滅させるのである。


2. 戦士型自律人形の製作:幽質銀による「疑似神経」の構築

ノアールが辿り着いた戦士型人形は、もはやマリオネットではない。

まず、骨格に魔導金属と幽質銀を配合し、主の魔力に即応して硬度と形状を変える流動的な肉体を作る。次に、人形の胸部に「疑似魂」となる魔力のコアを埋め込む。ここにはノアールが戦場で培った「剣技」や「身のこなし」の記憶を事象として刻み込む。

最大の特徴は、外部からの糸を廃し、人形の内部に魔力糸を「神経網」として張り巡らせたことだ。これにより、人形は主の思考をラグなしで受信し、自立した「個」として、敵の攻撃を反射的に回避・反撃することが可能となる。もはや「動かす」のではなく、人形が自ら「在るべき姿」へと躍動するのだ。


3. 無限魔力の取得:世界を「器」とする循環回路

「MPが足りない」という悩みは、自身の体内にある小さなタンクから魔力を汲み出しているからこそ生じる「うそ」の限界だった。

師匠が教えた真理は、自身を「発電機」ではなく「導管」に作り替えることである。ノアールは自身の魔力回路を全開放し、周囲の空間、特に「闇」に満ちる無限の魔素を常に人形経由で取り込み、そのまま現象へと変換する循環システムを構築した。

人形たちが動けば動くほど、その摩擦で周囲の魔素が活性化し、さらにノアールへと還元される。自身のMPは単なる「呼び水」に過ぎず、一度回路が回り始めれば、世界そのものが彼女の魔力タンクとなる。これにより、百体、千体の人形を二十四時間展開し続けても、彼女の疲弊は皆無となったのである。




師匠から授かった「真実の魔法」は、既存の魔導書が定義する属性の壁を軽々と飛び越えていく。ノアールは、自身の闇の糸に七つの「事象」を編み込み、人形たちに万象を操る力を与えた。


七属性の真理と具体的運用

水は流転るてん

水は形を持たず、あらゆる器に馴染む。人形の関節に水の魔力を纏わせれば、敵の剛腕を柳のように受け流し、その力をそのまま回転エネルギーへと変換して投げ飛ばす「柔」の防御が可能となる。また、幽質銀の刃に流転を乗せれば、切断した箇所から敵の体液を強制的に引き抜き、循環を狂わせて内部から崩壊させる。


風は加速かそく

風は抵抗を消し、速度を限界突破させる。人形の背後や四肢に極小の風の渦を発生させ、大気の抵抗をゼロに固定することで、常軌を逸した「瞬身」を実現する。加速の事象を刃に乗せれば、風の断層が真空の刃となり、間合いの外にいる敵をも一瞬で両断する。


土は剛健ごうけん

土は不動であり、万物を支える基礎となる。「守護者」の盾に剛健の事象を刻めば、それは単なる金属の塊ではなく「大地の重み」そのものへと変貌する。物理攻撃はおろか、高出力の魔導砲ですら、大地に根を張る巨木を揺らすことすらできず、無力に霧散する。


光は浄化じょうか

光は不純を焼き切り、秩序を戻す。アンデッドや呪いの霧に対し、光の粒子を闇の糸で「散布」する。それは闇を照らす光ではなく、対象の汚染された魔力組成を「正常な状態」へと強制的に書き換える消しゴムとなる。触れた瞬間に、腐敗した肉体は塵となり、呪われた魂は解放される。


闇は隠匿いんとく

闇は存在を消し、認識を遮断する。単に姿を隠すのではない。対象の「存在感」そのものをゼロとして定義し、世界から一時的にログアウトさせる。この事象を纏った「狩人」は、敵の目の前に立っていても認識されず、心臓を貫かれた瞬間に初めてその存在を「思い知らされる」ことになる。


雷は貫通かんつう

雷は最短距離を走り、あらゆる障壁を無視する。光速に近い速度で魔力を一点に収束させ、極細の雷槍として放つ。それは物理的な盾や魔法の障壁を「通過」し、標的の内部にあるコアだけをピンポイントで焼き切る。防ぐ術のない一撃必殺の「矛」である。


重力は制圧せいあつ

重力は世界の重みであり、抗えぬ支配である。巨像の足元に重力の事象を展開すれば、半径数十メートルの敵は大地に縫い付けられたように平伏し、指一本動かせなくなる。それは戦う意志すらも圧殺し、戦場そのものをノアールの「支配下」へと強制的に固定する絶対的な檻となる。





ノアールが「深紅の薔薇」の規格外な魔法行使を目の当たりにし、師匠の「事象改変」の真髄を自身の闇に取り入れたことで、彼女の魔法は戦闘の域を超えた。

闇属性の本質である「受容」と「再構築」を用いた、精製・治癒・回復の具体的運用は、既存の聖職者たちが涙を流して悔しがるほどに合理的かつ絶対的なものとなった。


1. 精製せいせい:不純物の排除と「純粋なる形」の抽出

既存の精製魔法は、魔力で物質を物理的に濾過する手間のかかる作業だった。だが、ノアールにとっての精製は、対象の事象から「不要な定義」を闇に沈め、必要な要素だけを浮かび上がらせる作業だ。


具体的運用: 泥水を闇の糸で包み込み、「毒性」や「不純物」という概念だけを影の底へ隔離する。すると、残された水分子は瞬時に再結合し、最高純度の蒸留水へと変貌する。


応用: 地中の鉱石から「不純な岩石」の定義を消去し、純度100%の「幽質銀」や「金」を直接抽出する。これにより、彼女は戦場であっても、破壊された人形のパーツをその場の土くれから即座に「精製」し、新品同様の予備を造り出すことができる。


2. 治癒ちゆ:欠損の否定と「最適状態」への回帰

一般的な治癒魔法ヒールは、細胞の活性化を促し、自然治癒を早めるだけの「加速」に過ぎない。しかし、ノアールの治癒は、傷を負ったという「事実」そのものを闇で上書きする。


具体的運用: 傷口に闇の糸を這わせ、肉体が「損傷する前の記憶」を世界から引き出す。闇は欠損した部位を「あるべき形」として受容し、事象を固定する。これにより、本来なら再生不能な四肢の欠損や、呪いによる組織の壊死であっても、まるで時計の針を戻すかのように瞬時に完治させる。


パペットへの適用: 生身の人間だけでなく、人形の破損箇所にも「健全な状態」のイメージを流し込むことで、戦闘中に自己修復リペアを行う。


3. 回復かいふく:エントロピーの逆転と「活力」の再充填

魔力不足(MP切れ)や肉体的な疲労は、事象の「磨耗」である。ノアールは、世界(闇)という無限の貯蔵庫から、対象へと活力を「還流」させることで回復を行う。


具体的運用: 疲弊した対象の周囲の空間を「静寂(安息)」の闇で満たす。闇にはあらゆる可能性が眠っており、そこから「純粋な生命力」を抽出し、対象の魔力回路へと強制的にバイパスを繋ぐ。


自己循環: 自身に対しても、外部の魔素を「回復」という事象に変えて吸い込み続けることで、一切の睡眠や休息を必要とせず、常に全盛期のパフォーマンスを維持する無限のスタミナを実現した。


「治癒も回復も、結局は世界の歪みを正す作業に過ぎないわ。闇はすべてを許容し、元に戻す場所なのだから」


ノアールが指先で描く黒い弧は、ある時は敵を滅ぼす刃となり、ある時は絶望的な怪我人を救う奇跡の杖となる。精製・治癒・回復の三要素を手に入れたことで、彼女の「軍勢」は不滅となり、彼女自身は生命の理さえも指先で操る、真なる「創造主」の領域へと足を踏み入れたのである。



ノアールは「黄昏の工房」の静寂の中で、次なる「家族」の核となる幽質銀を宙に浮かべていた。ロレーヌ家での決別、そして中央魔導院の地下で見た「搾取される生命」の惨状。それらを経て、彼女が必要だと確信したのは、破壊のための刃ではなく、すべてを包み込み、元に戻すための「慈愛」を体現する存在だった。


聖女型自律人形「セレナ(静謐)」の誕生

ノアールは自身の闇を、これまでになく穏やかで深い波長へと調整した。

「セレナ。あなたは私の慈愛。傷つき、摩耗した世界を縫い合わせるための指先よ」


まず、素体には極めて純度の高い幽質銀を使用し、その表面を「治癒」と「浄化」の事象を刻んだ白銀の法衣で覆った。セレナの内部には、先ほど習得した精製・治癒・回復の三位一体の術式を「疑似魂」として組み込む。


セレナの手元には、武器の代わりに一本の「逆理の錫杖」を精製した。これは敵を打つためのものではなく、周囲の魔素を吸着し、純粋な生命力へと変換して散布するためのアンテナである。


「慈愛の闇」による運用

セレナが戦場に降り立つと、そこには漆黒の、けれど温かな「夜」が広がる。

彼女が錫杖を地面に突くと、波紋のように広がる闇が、傷ついた味方の傷口を優しく包み込む。それが「治癒」の事象展開だ。細胞を無理やり活性化させる光魔法とは違い、セレナの闇は傷を「なかったこと」として受容し、本来の健全な姿へと事象を巻き戻していく。


また、激しい魔力行使で枯渇した仲間のMPに対しては、セレナが空間から抽出した純粋な魔素を「回復」の雨として降らせる。これにより、ノアールの軍勢は戦えば戦うほど活力を増し、疲労という概念から解放される不滅の集団へと変貌するのだ。


さらに、セレナの真骨頂は「精製」による戦場維持にある。敵の放つ毒霧や呪いといった負の事象を、セレナはその闇で丸ごと飲み込み、内部で「精製」して無害な魔力へと分解してしまう。敵の攻撃が、セレナを通ることで味方の栄養源へと変わるのだ。


「……完璧だわ。これで誰も、不当な犠牲を払う必要はなくなる」


ノアールの傍らで、セレナが静かに目を開けた。その瞳には、夜空を映したような深い紺碧が宿っている。

エクリプスが「死」を司り、敵を無に帰す「動」の闇であるならば、セレナは「生」を司り、すべてをあるべき姿に留める「静」の闇。


師匠はそれを見て、満足げに笑った。

「よっ、いい家族が増えたな。破壊と再生。その両輪が揃ってこそ、本当のパペットマスターだ」


ノアールは、セレナの白い手を取った。

偽りの光が支配し、綻びだらけになったこの世界を、彼女たちはこれから、慈愛の糸で丁寧に、美しく縫い直していく。




ノアールが聖女型自律人形「セレナ」と共に完成させたのは、単なる術式の行使ではない。それは、自身の意思を世界という巨大な楽器に響かせるための「鍵」??魔法のトリガーワードの体系化であった。


本来、師匠の教えによれば「詠唱は不要」である。しかし、広大な戦場において複数の人形に、多層的な事象を瞬時に、かつ誤りなく実行させるためには、自身の意識を極限まで集中させる「引きトリガー」が必要だった。


ノアールが編み出した「慈愛の闇」におけるトリガーワードは、既存の魔導師たちが唱える仰々しい呪文とは対極にある。それは、事象の本質を突き刺す、短くも鋭い「言霊」である。


「慈愛の闇」:三つの深淵なるトリガー

1. 精製:『帰結リザルト

不純物を影に沈め、純粋な理を取り出す際の鍵。

ノアールが「帰結」と呟くとき、セレナの周囲にある混沌としたエネルギーは、一瞬にしてその「正解」の形へと収束する。例えば、猛毒の雲に包まれた戦場でこの言葉が放たれれば、毒素という「誤った定義」が闇に吸い込まれ、残された空気は瞬時に清浄な酸素へと「帰結」する。それは過程を飛ばし、完成された結果だけを現出させる断定の言葉である。


2. 治癒:『追憶メモリア

損傷した肉体を、傷を負う前の完璧な状態へと巻き戻す鍵。

「追憶」の言葉がセレナの錫杖から放たれると、闇の糸は対象の細胞一つ一つに、過去の「健やかな記憶」を想起させる。光魔法のように無理やり肉体を接合するのではなく、肉体自身が「私は元々こうであった」という正解を思い出すことで、事象そのものを修正する。欠損した部位が、まるでも最初からそこにあったかのように影の中から「生えてくる」様は、見る者に畏怖さえ抱かせる。


3. 回復:『静謐スティルネス

枯渇した魔力と精神を、母なる闇の抱擁によって満たす鍵。

戦場という喧騒の中で、ノアールが「静謐」と囁けば、セレナを中心に半径数百メートルの空間が、物理的な音を超えた「絶対的な静寂」に包まれる。この静寂こそが、世界に満ちる魔素を対象へ還流させるためのバイパスとなる。磨耗し、熱を持った仲間の魔力回路は、この静かな夜の抱擁に触れることで冷却され、無限の活力を再充填されるのだ。


トリガーワードの真髄

ノアールにとって、これらの言葉は魔法を発動するための条件ではない。

「言葉を口にする前に、すでに事象は完了していなければならない」

それが師匠の教えだった。トリガーワードは、ノアールの脳内で完成した「確定した未来」を、現実という物質世界に定着させるための「最後の一刺し」に過ぎない。


「帰結、追憶、静謐……。この三つの言葉が響くとき、戦場はもはや地獄ではなくなる。私の闇が、すべてを救済の揺り籠に変えるから」


セレナの錫杖がカランと音を立て、ノアールの唇から「静謐」の言葉が零れる。

その瞬間、荒れ狂っていた戦火は凪ぎ、傷ついた兵士たちは自らの身体が奇跡のような温もりに包まれるのを感じた。


それは、捨てられた少女が辿り着いた、世界への復讐ではなく「再編」のための調べ。

漆黒のパペットマスターが奏でる言葉は、偽りの光が作り出した綻びを、一枚の美しい夜の絹織物へと縫い直していくのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ