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第4話 汚物令嬢 ――清らかさの果てに。


──アルノー・クラフトの手記──


人の世というものは、なぜこうも不可思議なのでしょうか。

「赤薔薇嬢」という異名はもはや、誰ひとり口にしなくなりました。

貴族たちはこぞってお嬢様とマイケル技師に屋敷の改修を依頼し、

いまやお嬢様は“白磁器の乙女”とまで呼ばれております。

社交界での噂はもっぱら、白磁器の乙女と技師マイケルの恋の行方。

庶民の間では、二人をモデルにした舞台まで作られているという。

そして──とうとう、その日がやってきました。

王家からの召喚状。

私の執事人生で初めて見るその書類を、お嬢様に手渡しました。

あのときの笑顔を、私は生涯忘れません。

美しく、艶やかで、どこか、見る者の胸に冷たい影を落とす笑顔でした。

王城へと向かうお嬢様とマイケル技師。

まるで夢のような光景を、今も目に焼きつけております。


◇ ◇ ◇


──セレスティア──


すずめが鳴いている。

朝チュン──念願の朝チュン。

マイケルの美しい顔を見つめながら目を覚ます。

ベッドから立ち上がり、鏡を見つめる。

今日も、美しい。

公爵、貴族、城下町の人たち、そしてマイケルも──

みんな、あたしを推してくれた。

次は、王様。

もうすぐ、国中の人たちがあたしを推す。

きっと歴史にも名を残す。

すごく気持ちがいい。

さぁ、マイケルを起こして、王様に会いに行こう。


◇ ◇ ◇


──アルノー・クラフトの手記──


お嬢様の謁見は、なんとか無事に終わりました。

さすがに赤いドレスはご遠慮いただき、

先日仕立てさせていただいた真珠を散りばめた白いドレスで臨まれたのです。

もちろん、他の誰かがその装いで陛下の前に出たなら、大変なことになったでしょう。

ですが“白磁器の乙女”としての彼女には、それがふさわしかったのです。

結果、お嬢様とマイケル技師は、

新たに築城される王城の水回りを統括する責任者に任命されました。

マイケル技師は新たに爵位を授けられ、

お嬢様との将来にも明るい兆しが見えはじめたのです。

国中から技術者が集められ、

新王城の建設は六年の歳月をかけて完成しました。

その間に城下町の下水工事も進められ、

お嬢様は名実ともに国の衛生を向上させた“清廉の乙女”と呼ばれるようになっておりました。

何事もつつがなく、この世の春のように思えたのです。

──あの夏が来るまでは。


◇ ◇ ◇


あれは暑く、雨の降らない夏でした。

雨の降らぬ日々は川を干上がらせ、

干上がった川に下水から流れてくる汚物がたまっていきました。

町中に悪臭が漂い、窓を開けることすらできぬ有様。

早急に石灰を撒いて対処いたしましたが、

とても全てを消毒できる量ではありませんでした。

何より、汚物は人が生きている限り、日々増え続けるのです。

やがて、城下町に伝染病が流行りはじめたころ──

夏の終わりに、ようやく雨が降り出しました。

しかし、それは救いの雨とはなりませんでした。

お嬢様を破滅へと導く、災いの雨だったのです。

雨は二週間降り続き、川を溢れさせました。

下水に溜まっていた汚物が逆流し、

城下の家々を、貴族の邸宅を、そして王城までも襲いました。

かつて“この世で最も清らかな城”と謳われた王城は、

一夜にして汚物にまみれたのです。

その被害は甚大で、王城は廃棄せざるを得ませんでした。


──「汚物令嬢」。


それが、世に新たに広まったお嬢様の名でした。

陛下の怒りはすさまじく、

お嬢様を王城の地下牢──汚物にまみれたその地へ収監されました。

お嬢様は二度と、日の光を見ることはありませんでした。


◇ ◇ ◇


私、アルノー・クラフトは今でも思います。

お嬢様は、ただただ無邪気に人の視線を求めていただけなのではないかと。

その虚栄心を育ててしまったのは、私たちだったのではないかと。

誰よりも眼差しを浴び、

誰よりも孤独だったお嬢様。

どうか──このアルノー・クラフトをお許しください。

あなたの孤独に寄り添うことができず、心から後悔しております。

お嬢様への忠誠と悔恨の念をこめ、これを記す。


アルテン=クレスト王国歴248年 忘草の月十二日

アルノー・クラフト


◇ ◇ ◇



──居酒屋 常夜──

与太郎は新聞を置き、慣れない手つきでスマホをスクロールした。


「SNSねぇ……どいつもこいつも“見て見て”って騒いでるみてぇだな。

誰かに見られてねぇと、自分が消えちまう気がすんのかねぇ。」


女将はおでんの仕込みを終え、ちらりと与太郎を見る。


「でも与太ちゃん、見られたい気持ちって、悪いことなのかい?」


与太郎は答えなかった。

ただ、青く光る画面を見つめながら、

ゆっくりと酒をあおった。


「見られたがる奴も、見てるだけの奴も。

どっちも同じ沼に沈んでるって気づかねぇのが、一番怖ぇんだよ。」


カウンターの上、スマホに映る提灯の青い灯が、かすかに揺れた。




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